第56話 ティーブレイク
「……メヴィとシャムが静かだと落ち着ける。」
プラノが2人がショックを受けて落ち込んだことを喜んでいる。メヴィは机にうつ伏せており、シャムは椅子にもたれかかって、2人とも生気がない。
「…なんで私は抱かれてるわけ?」
ルアノちゃんはプラノの膝の上に座らせられて、ぬいぐるみのようにぎゅっと抱き締められている。
私たちは今、大通りから外れた少し静かな喫茶店に来ている。メヴィとシャムが傷心のため、たまにはゆっくりしようということでここに来た。
「いつもルアノがお世話になっているわね。お邪魔になってないかしら?」
「いえいえ、ルアノちゃんもしっかり戦力になっていますよ。」
ミリーナさんがルアノちゃんの母親、ヴィアナ様に大丈夫だと返す。
実はここ、ヴィアナ様が近所の奥様方と開いた喫茶店なのだ。以前と比べて、ヴィアナ様はだいぶ雰囲気が変わった気がする。
「ふふ。それなら良かったわ。」
ヴィアナ様がにっこりと微笑む。
「ヴィアナ様もお元気そうで安心しました。私たちのせいでデミアルト様に無理やり移住させられて、慣れない生活に苦労されているのではと心配していました。」
マローネはヴィアナ様が楽しそうにしているのを見て安心したようだ。私はこちらの生活の方が楽だろうな、くらいにしか考えてなかったが、生活が変わるというのはそれだけでストレスだと思い出した。前世の祖母がそういう人だった。
「別にそんな風には思っていないわ。私は昔から貴族社会に馴染めていなかったのよ。きっとあなたたちのことがなくても、デミアルトは私たちをこちらに移住させていたと思うわ。」
ヴィアナ様が馴染めなかったのは、魔力が低かったせいだろうか。長い間ずっと苦労してきたのだろう。
「お母様は最近ずっと楽しそうにしてるのよ。ここに来たばかりの頃はいつも疲れた顔をしていたのに。」
「あら、よく見てたのね。ルアノ。ちょっと恥ずかしいわね。」
ヴィアナ様が照れて苦笑している。
「あ、ここに来たばかりの時はやはり慣れずに苦労されてたんですか?」
ミリーナさんが申し訳なさそうに尋ねる。
「そうね。ここでも貴族として恥ずかしくないように振る舞わなくちゃって力が入り過ぎちゃってたの。
でもね、ルアノと同じくらいの子供を持つ、平民のご近所の方とお話してたら貴族らしく振る舞っているのが馬鹿らしくなっちゃって。私、小さい頃は貴族なんてなりたくないって思ってたのよ。それこそ、この堅苦しい社会から抜け出して平民になれたらどんなに良かったことかと思っていたわ。それがいつの間にか、貴族らしく振る舞わなくちゃって思い込むようになっていたの。家族のためにも世間に恥ずかしくないようにってね。でも、今はその家族も世間も私の周りにはないわ。
今、私の周りに居るのは、大切な家族のルアノと、私と同じように子を持つ平民の方々よ。今、私は子供の頃に憧れた社会に居るんだって気が付いたわ。そうしたら、ふっと肩の荷が降りた気がしたの。
最近は毎日家事もしているのよ?一緒に付いてきてくれたヴァンやケーナには悪いけど、ご近所の奥さんと話してるとついついやりたくなっちゃって。でもこの街ってとても便利でしょう?家事もすぐに終わってしまって、ご近所の奥さん方も暇を持て余していたの。それで喫茶店でもやってみない?って話になって、最近始めてみたのだけれど、これがまたとても楽しいのよ。みんなでお菓子を作ってみたり、お店を飾ってみたり。あまり人の来ないところで開いたから、お客さんの居ない時は自分たちで作ったお菓子でお茶しながら雑談してるの。最近子供がどうしてるとかお話したりなんかして、この前はルアノが街中のモニターで映ったものだから皆で大きなケーキを作って、お店を派手に飾り付けてお祝いしたわ。」
「えっ、お母様!?そんなことしていたのですか!?」
ルアノちゃんは知らなかったらしい。知らないところでお祝いされていて驚いているみたいだ。
「あら、内緒にしてたんだったわ。ルアノが知ったらケーキが食べたかったって駄々をこねそうだもの。」
「もうそんなこと言う歳じゃありません!」
いやルアノちゃんまだ8歳だし、そんなこと言う歳じゃないかな?そもそも甘いものはいくつになっても食べたかったと言いたくなるものだと思うよ。少なくとも前世の女の子はそうだった。
「今度ちゃんと作って家に持って帰ってあげるわ。まだお菓子作りを始めたばかりでうまくできないのよ。そろそろ美味しく作れるようになると思うから、そうしたら遅くなっちゃったけど、お祝いに一緒に食べましょう?」
「そ、そういうことなら…。」
ルアノちゃんが頬を赤らめ、もじもじとしながら答える。なんだかんだ食べたかったのだろう。可愛いなぁ、もう。あ、プラノが上を向いて涙を流している。一体何の涙だ?
ヴィアナ様のそんな身の上話を聞きながら、まったりとお茶を飲んでくつろいでいると、マローネがそういえばと話し出す。
「私たち、前回親と会ってからもう1年以上経ってるわね、シャム。」
マローネがシャムに話しかけるが、返事がない。屍のようだ。ある意味死んでるけど、死んでないからね。
「親…か。わらわには親がいないのじゃ。」
まさかのメヴィから反応があった。いつの間に息を吹き返したんだ。メヴィの方を見たが、机にうつ伏せたままだった。
「私も。孤児院出身だから親の顔は知らないの。」
ミリーナさんもメヴィに追随してそんな話をする。会った時は一人暮らしをしていたが、元々親がいなかったのか…。
「シルは帰省したりしないのかしら?」
マローネが私のことも聞いてくる。私に故郷があることは前に言ったので、気になったのだろう。
「あー、うん。…信じてもらえないかもしれないけど、私、転生者なんだよね。」
「はいっ?!」
「ええっ?!」
「てんせーしゃ?」
「あらまぁ!」
ルアノちゃんを除き、みんな驚いている。ごめんね、ちょっと聞き慣れない言葉だったかな?
「そういうわけだから、あんまり故郷って感じがしないんだよね。家族もなんか他人みたいに感じちゃうし。」
あれ、でも別れの時は結構うるっときた気がするな。他人みたいっていうのは言い過ぎか。
「そう、なのね。」
マローネが事態を飲み込みきれずに返事している。
「でもまぁ、また今度落ち着いたら帰省してみようかな?」
「できるならそうした方がいいわ。あなたにはそうでも、親にしてみれば大切な娘でしょうし。」
ヴィアナ様が帰省を勧める。ヴィアナ様の言うとおり、親にしてみれば私はちゃんとした家族なわけだし、顔を見せるくらいした方が良いだろう。
「…おぬしの言っていた地元とは、前世のことだったのじゃな。前世では階段で躓きでもしたのかの?」
「そんなことで死にません!」
メヴィが机にうつ伏せたまま、横を向いてそんなことを言ってくる。ラノベの読み過ぎだ。
「…自力で転生したんだよ。こっちで言うところの魔法をいろいろとすると、できちゃうんだよ。」
「ほぅ。魔法でもできるのかの。」
「できるよ。既に構築済みだし。」
「なんじゃと?!」
メヴィが顔を上げて驚く。素っ気なく聞いといて、そんなに驚くことはないだろう。
「じゃ、じゃあおぬしを魔力ごとふっ飛ばしても転生できてしまうのか?」
「ふっふっふ。ただ転生するだけじゃなく、その場ですぐさま魔力の素体を構築して、そこに転生できるのだよ。まぁその場合、転生というか憑依なのかな?」
「す、すごいのぅ…。」
メヴィは私の話を聞いて狼狽えてしまっている。何かまずいことでもあるのだろうか。私が首を傾げていると、プラノが説明してくれた。
「……シルはメヴィより強い。メヴィはシルをどう足掻いても倒せないけど、シルはメヴィを倒せる。」
あぁ、なるほど。メヴィは自分が最強という矜持が崩されてしまったと思っているのか。だが、メヴィの魔力量を考えたら私だってメヴィを倒せない。
とりあえず私はメヴィの肩に手を置き、「ドンマイ。」と微笑む。
「うああああ!馬鹿にされたのじゃ!ぐすん…。」
メヴィは再び机にうつ伏せてしまった。
ここを書いていた時、すごく眠かったので変な方向に話が飛んじゃいました。
今日中に設定資料を上げます。