第32話 空馬
護衛2日目、私たちは執務室に呼ばれていた。
そこには、豪勢な服装の男性と鎧を着てその後ろに控えている男性2名の計3名が居た。豪勢な服装の男性は、濃い茶色で先が軽くウェーブの掛かった髪を肩まで伸ばし、がっしりとした体付きで、口の上に髭を生やしている。
「この方は夫とともに昔から懇意にして頂いてる二級貴族のデミアルトよ。あなたたちがランク3の魔法を使えないと言うから教えてもらうために来ていただいたわ。」
「デミアルト=スタクアーシモだ。よろしく。」
どうやらランク3の魔法を教えてくれるらしい。
私たちは1人ずつ教えてもらうと、魔道具を渡され、魔力を流すように言われる。
「これは何ですか?」
「魔力で個人を識別する魔道具だ。この識別値は後で登録申請を出しておくので、明後日頃には登録されるだろう。識別値を登録しておけば各街の出入りが自由に出来るようになる。」
デミアルト様が丁寧に教えてくれた。なるほど、身分証のようなものか。
「それと、あなたたちはデミアルトの従者という形になっているわ。従者は必ずどこかの貴族に属しているものなのだけれど、私の権限ではこの家の従者にすることが出来ないの。どの貴族に属しているか聞かれるようなことがあれば、スタクアーシモ家と答えるように。」
「分かりました。」
ヴィアナ様が言うには、私たちはデミアルト様の従者、という扱いになるようだ。ややこしい。
そう言われてみると、デミアルト様の服に付いている紋章のような刺繍は、私たちが着ている鎧に刻まれている紋章と同じだ。どうやらスタクアーシモ家の紋だったようだ。
全員魔道具に流し終えると、デミアルト様が声を掛けてきた。
「女性の冒険者を護衛に雇うとは聞いていたが、随分と可愛らしいお嬢さん方だな。これで腕利きの冒険者というのだから、中々に興味深い。」
「いえ、私たちは知名度が先行して上がってしまっただけの駆け出し冒険者ですから。」
「ふむ。まぁ今度のルアノの遠征授業で実力を見れるだろう。私もその遠征には参加するのでな。」
「デミアルト様も参加されるのですか?」
「ああ。元々定期的に行っている遠征に、学院生たちが付いてくるだけだからな。」
なんと、本物の遠征に連れて行くものだったのか。
「詳しい話は聞いていないのか?」
「魔物を倒しに行く、と聞いています。」
「それだけか。遠征というのは王国の北にある魔族領へ魔物の討伐や採取に行くことだ。今度の遠征は王国の北の門から出て、2時間ほど走ったところにある岩山の洞窟で魔石の採取をする。休憩は我々遠征部隊が採取している間で、それ以外は王国内へ戻るまで走り続けることになる。魔物は次から次へと集まってくるので、進むのに邪魔な魔物だけ倒すことになる。
今回は学院生の遠征訓練も兼ねているので、途中のレベルの低い魔物は残すように遠征部隊は戦う。学院生たちは遠征部隊に囲まれるような形で配置されて、残されて中に入ってきた魔物を倒すことになる。当然、移動しながらの戦闘だ。置き去りになった魔物は無理に倒す必要はないから無視することになる。基本的には学院生だけで倒せるが、もし危険が及びそうだったら護衛が動くことになる。
特にルアノはまだランク2の魔法しか使えないからな。倒せない魔物の方が多いだろう。しっかり守ってやってくれ。」
…思っていた遠征と全然違う。私たちがやっていた討伐依頼のようなものだと思っていた。次から次へと魔物が集まってくるってどういうことよ?強い魔物の取りこぼしが出なければいいけど…。
「…ちょっと思っていたのと違いましたが、ルアノ様の護衛という役割はしっかりこなさせて頂きます。」
「よろしく頼むわ。」
ヴィアナ様…。ちゃんと説明しといてくださいよ…。
「そういえば君たちは空馬には乗れるのか?」
「空馬、というのは貴族の方が乗っている空飛ぶ馬の魔道具のことですか?」
「そうだ。ここから遠征の集合場所でもある王国の北門前まではかなりの距離がある。次の遠征は4日後だから空馬に乗っていかないと時間的に厳しいと思うのだが。」
「…あらやだ。すっかり失念していたわ。」
あらやだじゃないですから!館の雑用とかしてる場合じゃなかったんじゃないですか?
「…失念していたでは済まないだろう、ヴィアナ。君たち、空馬の乗り方を教えてあげるから付いてきなさい。」
私たちはデミアルト様に連れられて、街の外へやってきた。まだ魔力登録が済んでいなかったが、門の前で空馬の練習をするだけだからとデミアルト様の顔パスで通してもらえた。私たちが使う分の空馬3つはヴィアナ様の館から持ってきた。
まずはデミアルト様が手本を見せてくれる。空馬はまるで生きた馬のように足を動かし、空を蹴っている。魔力を流す位置によって動きが変わるのだと説明してくれる。
早速私たちも乗ってみる。
シャムが魔力を流すと、空馬は後ろ足を大きく蹴り上げ、そのまま前足を軸に半回転してしまった。シャムも頭から落ちてしまっている。
マローネは各箇所に少しずつ魔力を流して、動きを確認する。馬が歩く動きになるように魔力を流そうとしているが、生きた馬ではありえない足の動きになっている。
私はというと、マローネと同じように動作を確認した後、地面の上を生きた馬のように走り抜けた。そして空へと駆け上がる。
魔法計算機による計算によって、すぐに動きをシミュレートして操作方法を身につけたのだ。
若干チートを使った私はふふんと胸をそらしてシャムたちを見ると、シャムがすごー!って顔で、マローネは呆れた顔でこちらを見ていた。
そしてデミアルト様が驚いたといった顔で声を掛けてきた。
「まさかこんなにすぐ乗りこなすとはな。子供の頃ではあるが、2ヶ月、3ヶ月と掛けて乗りこなすものなのだが。」
「えーと…こういった緻密な動きは得意なんです。」
ちょっと調子に乗り過ぎてしまったかもしれない。
「さすが名が売れてるだけある、といったところか。とりあえず1人でも乗れるなら何とかなるだろう。」
デミアルト様がそう言うと、私がルアノ様ともう一人護衛を連れて移動するように指示した。3人乗りである。確かに普通の馬と同じ程度の大きさなので、子供2人と大人1人くらいなら乗れるだろう。
その後、デミアルト様は帰っていったが、私たちは練習を続けた。シャムは相変わらず暴れ馬のような動きをさせて振り落とされている。マローネは中々自然な動きをさせられず、うまく前に進めていない。
しばらく練習して、帰ろうとした私たちは門番の兵が見ていたことに気づき、シャムとマローネが顔を赤くして恥ずかしがっていた。私と門番の兵が優しく声を掛けてあげたが、2人とも俯いたままで、館に着くまで無言で歩いた。