第24話 魔法計算機
…シャムとマローネの私を呼ぶ声が聞こえる。
2人の声は嗚咽に塗れ、それでもマローネが私の生死を確認する。私は既に息をしていないらしい。心臓の鼓動も止まっているようだ。
私は今の状況をゆっくりと考える。
突然現れた人物は何者だったのか。そういえばシャムの両親が言っていた邪教徒があんな格好だと言っていたような気がする。
最近冒険者が依頼を受けたまま行方不明になるケースが増えていると、ギルドの人が言っていた。そうは言っても誤差程度だったので、大きな問題にはなっていなかったのだが。
もしかしたら邪教徒が冒険者を今回のように殺していたのかもしれない。
そして今回私たちが受けた攻撃、あれはランク4の魔法だと思われる。私の障壁魔法はランク3を超えている。だからランク3の魔法なら防げていたはずだ。
それにシャムが直前に叫んだのは、恐らくランク4手前の障壁魔法が突破されたからだろう。障壁魔法は複層構造にして相手の強さが咄嗟に分かるようにしてあった。シャムとマローネはランク4を超えているので防ぐことが出来たのだろう。
危険に気付いたシャムがすぐ私に障壁魔法を掛けてくれたが、それよりも早く攻撃を受けてしまったらしい。死んでしまったようだが、おかげで身体が骨だけにならずには済んだようだ。
今、こうして思考しているのは私、シルが魔力を流していたコンピュータだ。正確にはコンピュータ上に作られた人工知能である。
と言っても、自身をスキャンして仮想環境モデルの中で動かしているので、私はシルと同一の記憶や思考、感情、シルであるすべてを持っている。
このコンピュータ…魔法計算機と呼ぼう。魔法計算機は魔力、すなわち魔法エネルギーを動力源に動いている。魔力は実際に現実環境へのエネルギーに変わる時、それなりの実行時間を要する。しかしそれ以外はほとんど処理に時間が掛からない。
魔法計算機の処理速度が速いことはあらかじめ知っていたが、初めて私がこの魔法計算機上で動いた時にはまるで周りの時間が止まったように感じられた。
こうして思考している今も意図的に実行時間を要する変換処理を挟まない限り、時が進むことはないだろう。
私はもしもの時のために、こまめに自身のバックアップを取っていた。動作確認はまだ十分に出来ていなかったが、もしもの時は自立動作するようにしていた。実際こうやって自立動作するにあたって大量のバグがあったのだが、この無限に近い時間の中で修正し、自己改変していった。
ちなみに死んでも魔力が途切れないことは事前情報として聞いていた。実際に途切れないか不安ではあったが、事前情報は正しかったようだ。王族なんかはこの性質を利用して、死ぬ時はこの王国を囲む障壁魔法への魔力供給をしながら死んでいくらしい。
また、死んだ後は魔力が回復しないそうだ。なので死ぬ時に残っていた魔力を消費しきってしまうと、私は存在を保てなくなるだろう。
2人を安心…させられるか分からないが、現実世界の音に魔力を変換して声を掛ける。
「…2人とも泣かないで。」
「シルちゃん?!」
「…シル?生きているの?!」
「今2人に語りかけてるのは私が持っていたコンピュータの魔道具。ずっと魔力を流し続けていたから、魔力が途切れずに済んだみたい。…たぶん私は死んだと思う。」
「そんな…。シルちゃん…。」
「この魔道具には私のすべてが記録されて、動いてるの。だから、すぐには理解できないかもしれないけど、私はここに生きているから。」
2人はひたすら泣いていた。
しばらくして、ぽつりとマローネが呟いた。
「…これからどうしたらいいの?」
「とりあえず埋葬してほしい、かな。さすがに体が腐ってきちゃうからね?」
「…シルちゃんでも治すことはできないの?」
「うん。魔法はあくまで力を与えるものであって、何かを創り出すことはできないから。傷付いた体を、失われた体を創り出すことはできないの。
死んでも魔力が残ることは知っているでしょ?…魔力が回復することもないだろうけれど、それまではこうやって話せるからさ?ほら、下手したら皆より長生きしちゃうかも。」
私が明るく振る舞ってみるものの、2人の表情が晴れることはない。
それでも、マローネが着ていたマントを私の体に着せ、シャムが私の体を抱えた。そして2人は領都に向かって歩きだす。
その様子を見ながら、私は慌てて声を掛けた。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
「あれ?…今シルちゃんの声が後ろから聞こえたような。」
「…どういうことなの。」
私の魔力は死んだその場に固定されてしまったようだ。