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05

  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇ 


 話をしようと決めれば後は学院から屋敷に帰るだけだ。

 わざわざ呼び出す必要もない。


(やっぱり……)


 応接間の扉を開ければ、お父様とオズウェルがチェスを指している。ここ数ヶ月、毎日こんな後継が続いている。

 理由は簡単。

 とてもくだらないから、ふたりが勝負をしているときは近づきたくない。


「ねえ、オズウェル」

「…………。ごめん、少しだけ、待って」


 いつもは最優先してくれるけれど、このときばかりは違う。

 顔をチェス盤から上げることなく、真剣に考え駒を動かす。わたしは肩か息を吐き出し、ふたりの邪魔をしないように少し遠くの椅子に腰を下ろした。


(まったく、ふたりともどうかしてるわ)


 オズウェルがわたしのデビュタントと同時に籍を入れたい、と父に申し出をしてきた。一応学生の身である上、いくらなんでも早すぎる。

 お父様のそれに対しての返事も常軌を逸している。

 わたしが三十歳ぐらいになったら許可をする、と言ったのだ。

 どちらも極端すぎる。

 揉めるかと思えばお互いが納得する形として、ゲームで勝った方の言い分を一つ聞き入れるというものだった。


「……チェックメイト。これで一年早めてもらいますね」


 オズウェルは笑顔でお父様に告げた。

 父はといえば、悔しそうに歯をむき出しにしている。


「くっそう! お前は目上の者を立てるということを知らないのか」

「この件に関しては一切ありませんね」


 こんな所から察するにふたりは意外と気が合うように思える。お父様も息子がオズウェルじゃなくなったら悲しむだろう。


「……レイ、そんな熱い眼差しで見つめられたら照れちゃうよ」

「見てないわよ……」


 オズウェルは立ち上がり、わたしの前まで移動し片膝を付き手を差し出す。どういうわけか、最近こういう格好を良くしたがる。


「あの、どうしたの? 普通に椅子に座ればいいのに」

「練習だよ。君をエスコートするのに失敗は許されないから。僕は、ほら……」


 肩をすくめながら、頬に赤みが差す。


「種しか能の無い男だから、何度も練習しないとね」

「…………あ、あのね、何度も言うけど、その単語止めない?」

「うん、止めない」


 清々しいほどハッキリと言われてしまうと、口をつぐんでしまう。

 ここで強く言えればいいんだけど、彼が譲らない物は『種馬婚約者』という言葉。知っているからこそ、何も言えない。とはいえ、オズウェルは意外に強情だから、簡単に引き下がらない。十分すぎるほど身を以て知っている。


「それで僕に用事はなんなのかな?」


 お父様がいる前で言うのはなんとなく憚られる。

 ちらっ、と横目で見れば父は察してくれたようで部屋から出ていく。変わりにメイドが入ってきて、壁と一体化した。


(オズウェルはなんて言うのかしら……)


 今から告げる言葉を聞いた時の反応が想像つかない。

 すぐに頷くか、頷かないか。

 どちらだろう。

 でも、これも全てオズウェルの将来のためなのだから、と自分に言い聞かせ口を開いた。


「あのね、落ち着いて聞いて欲しいの。オズウェルが望むならわたし、婚約破棄をしてもいいと考えているの」

「………………」


 オズウェルは完璧な振る舞いを崩し、その場にお尻を付く。

 何が起きたのかわからず、声を掛けようとすれば瞳を瞬き喘ぐように唇を動かしている。


「オズウェル大丈夫? ちょっと待って、お水を――っ!?」


 立ち上がろうとした瞬間、彼がわたしの腕を掴んだ。


「嫌だ、絶対に僕はそんなの認めない」


 さっきまで喘いでいた人とは思えないほど、はっきりと告げた。

 今度はわたしが言葉が思うように出てこなくなる番だった。


「あ、あの……だって……」

「僕は君の種として不足なの? ああ、ずっと前に相談したことを気にしている? 大丈夫だってここで証明してみせようか? すぐに証明することができる」


 オズウェルは何を思ったか、立ち上がりベルトに指をかける。

 目の端ではメイドが慌てて近づいてくるのが見えたけれど、静止するべきなのか助けを求めるべきなのか分からない。

 ひとまず、彼を止めることに集中する。


「ひぃぃぃっ! 何言ってるのよ! やめて、ベルトを外さないで!!」


 手で押さえようとするけれど、オズウェルは恥ずかしそうに腰を捻る。見上げると頬を染めている。なぜだ。わたしの方が何かしたみたいに感じるのは。罪悪感がどっと押し寄せてくるのはどうしてなの!?


「破棄がしたいわけじゃないの! ちょっと確認しただけだから!!」

「本当に?」

「本当よ!」

「種馬は僕がいい?」


 (だ、だから、その単語を止めてって……)


「…………レイ、僕でいいんだよね」


 オズウェルは片膝をついて、わたしに手を差し出す。この格好をされてわからないほど鈍くない。

 五日後に控えたデビュタントのエスコートだろう。

 しかし、ベルトに手をかけたまま言われて、頷く他、誰ができる!


「レイのお婿さんになることが僕の望みだよ。この気持ちを疑わないで」

「う、疑っているわけじゃないの……」

「本当に?」

「うん」


 ただ、確認したかっただけなのに。こんな大事になるなんてと半ば嘆きながら、オズウェルの言葉に頷いた。

 でも、まだ胸にはもやもやしたものが残っていた。



  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇ 


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告が出来ないので、こちらで。 『後継』ではなく『光景』だと思います。 では。
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