05
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話をしようと決めれば後は学院から屋敷に帰るだけだ。
わざわざ呼び出す必要もない。
(やっぱり……)
応接間の扉を開ければ、お父様とオズウェルがチェスを指している。ここ数ヶ月、毎日こんな後継が続いている。
理由は簡単。
とてもくだらないから、ふたりが勝負をしているときは近づきたくない。
「ねえ、オズウェル」
「…………。ごめん、少しだけ、待って」
いつもは最優先してくれるけれど、このときばかりは違う。
顔をチェス盤から上げることなく、真剣に考え駒を動かす。わたしは肩か息を吐き出し、ふたりの邪魔をしないように少し遠くの椅子に腰を下ろした。
(まったく、ふたりともどうかしてるわ)
オズウェルがわたしのデビュタントと同時に籍を入れたい、と父に申し出をしてきた。一応学生の身である上、いくらなんでも早すぎる。
お父様のそれに対しての返事も常軌を逸している。
わたしが三十歳ぐらいになったら許可をする、と言ったのだ。
どちらも極端すぎる。
揉めるかと思えばお互いが納得する形として、ゲームで勝った方の言い分を一つ聞き入れるというものだった。
「……チェックメイト。これで一年早めてもらいますね」
オズウェルは笑顔でお父様に告げた。
父はといえば、悔しそうに歯をむき出しにしている。
「くっそう! お前は目上の者を立てるということを知らないのか」
「この件に関しては一切ありませんね」
こんな所から察するにふたりは意外と気が合うように思える。お父様も息子がオズウェルじゃなくなったら悲しむだろう。
「……レイ、そんな熱い眼差しで見つめられたら照れちゃうよ」
「見てないわよ……」
オズウェルは立ち上がり、わたしの前まで移動し片膝を付き手を差し出す。どういうわけか、最近こういう格好を良くしたがる。
「あの、どうしたの? 普通に椅子に座ればいいのに」
「練習だよ。君をエスコートするのに失敗は許されないから。僕は、ほら……」
肩をすくめながら、頬に赤みが差す。
「種しか能の無い男だから、何度も練習しないとね」
「…………あ、あのね、何度も言うけど、その単語止めない?」
「うん、止めない」
清々しいほどハッキリと言われてしまうと、口をつぐんでしまう。
ここで強く言えればいいんだけど、彼が譲らない物は『種馬婚約者』という言葉。知っているからこそ、何も言えない。とはいえ、オズウェルは意外に強情だから、簡単に引き下がらない。十分すぎるほど身を以て知っている。
「それで僕に用事はなんなのかな?」
お父様がいる前で言うのはなんとなく憚られる。
ちらっ、と横目で見れば父は察してくれたようで部屋から出ていく。変わりにメイドが入ってきて、壁と一体化した。
(オズウェルはなんて言うのかしら……)
今から告げる言葉を聞いた時の反応が想像つかない。
すぐに頷くか、頷かないか。
どちらだろう。
でも、これも全てオズウェルの将来のためなのだから、と自分に言い聞かせ口を開いた。
「あのね、落ち着いて聞いて欲しいの。オズウェルが望むならわたし、婚約破棄をしてもいいと考えているの」
「………………」
オズウェルは完璧な振る舞いを崩し、その場にお尻を付く。
何が起きたのかわからず、声を掛けようとすれば瞳を瞬き喘ぐように唇を動かしている。
「オズウェル大丈夫? ちょっと待って、お水を――っ!?」
立ち上がろうとした瞬間、彼がわたしの腕を掴んだ。
「嫌だ、絶対に僕はそんなの認めない」
さっきまで喘いでいた人とは思えないほど、はっきりと告げた。
今度はわたしが言葉が思うように出てこなくなる番だった。
「あ、あの……だって……」
「僕は君の種として不足なの? ああ、ずっと前に相談したことを気にしている? 大丈夫だってここで証明してみせようか? すぐに証明することができる」
オズウェルは何を思ったか、立ち上がりベルトに指をかける。
目の端ではメイドが慌てて近づいてくるのが見えたけれど、静止するべきなのか助けを求めるべきなのか分からない。
ひとまず、彼を止めることに集中する。
「ひぃぃぃっ! 何言ってるのよ! やめて、ベルトを外さないで!!」
手で押さえようとするけれど、オズウェルは恥ずかしそうに腰を捻る。見上げると頬を染めている。なぜだ。わたしの方が何かしたみたいに感じるのは。罪悪感がどっと押し寄せてくるのはどうしてなの!?
「破棄がしたいわけじゃないの! ちょっと確認しただけだから!!」
「本当に?」
「本当よ!」
「種馬は僕がいい?」
(だ、だから、その単語を止めてって……)
「…………レイ、僕でいいんだよね」
オズウェルは片膝をついて、わたしに手を差し出す。この格好をされてわからないほど鈍くない。
五日後に控えたデビュタントのエスコートだろう。
しかし、ベルトに手をかけたまま言われて、頷く他、誰ができる!
「レイのお婿さんになることが僕の望みだよ。この気持ちを疑わないで」
「う、疑っているわけじゃないの……」
「本当に?」
「うん」
ただ、確認したかっただけなのに。こんな大事になるなんてと半ば嘆きながら、オズウェルの言葉に頷いた。
でも、まだ胸にはもやもやしたものが残っていた。
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