第5話 出現
横断歩道を抜けると最近オープンしたばかりの小さな雑貨屋さんに突き当る。ガラス越しにはかわいらしい雑貨たちが綺麗にディスプレイされていた。
先程まで激しい勢いで地面を打ち付けていた雨も今はガラスに映る僕を優しく撫でるように流れる。
ガラスに映る自分を片目に僕はホッと安堵の息を漏らした。この天気なら後は安心しても良さそうだ。
強張った表情を緩ませつつ、家までの一本道を急いだ。
「……⁉︎ 」
暫く一本道を進んだところで僕はまた奇妙な違和感に襲われた。
おかしい。何かがおかしい。今日の朝というこの短い時間の中でこれ程までに奇妙な違和感に襲われたのは生まれて初めてだった。
しかし、その違和感の正体を知るのにそう時間はかからなかった。
空を見上げてみる。
ここで一つ目の違和感の正体を知ることができた。僕は5時くらいに家を出たはずなのにまだ空は暗いまま。いつもならとっくに日が差している時間帯だ。
というか、寧ろ出発した時よりも暗くなっている。いくら雨日和だからと言ってこの暗さは異常だ。
そして最大の違和感はこの "道" にあった。
長い。とにかく長いのだ、長すぎる。
普段ならこの一本道を通って家まで5分程度、今日は優に30分は超えているように思える。
道を間違えたのか、と何度も周りの景色を確認したが今のところ "景色には" 問題がなさそうだった。
その問題が無い、という[問題]が違和感を徐々に得体の知れない何かに触れているような恐怖へと変えていった。
歩き続けること更に約10分。ようやく家まであと10歩というところまでたどり着いた。もう大丈夫だろう、と安心した次の瞬間––
ゴォォォオ……ズザザザザザザァァァアア…… ゴパンッ……ゴパァァァン!!!
再び激しい雨風が僕を襲った。
先ほどの暴風雨が小雨程度に感じられる、猛烈な勢力を持つもので、水の塊が地面に叩きつけられるたびに鼓膜が破れそうな勢いだ。
必死に歩を進めようとするがあまりの強風に軽い僕の体は吹っ飛ばされそうになった。
すかさず、傘を持っていない片手で傍にある鉄柵をつかんで踏ん張る。
吹き荒れる暴風雨の中、鉄柵を伝いながら必死に家まで辿り着こうともがく。
1、2、3、……ゆっくりと、そして徐々に家へと近づいていく。
……4、……5、……6。
(あと4歩。あと4歩でドアノブに手が掛けられる!)
無我夢中でドアノブにすがりつくような思いで僕は手を必死で伸ばす。
………23、……68、……108
不思議だ。
もう既に10歩以上は進んでいるはずなのに辿り着くことができない。前方が傘で覆い隠されていたので閉めようとするが吹き荒れる風のせいで傘は微動だにしない。
何が何だか全く訳がわからないまま足元しか見えない状況で道を突き進む。
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どれくらいたっただろうか。
どれくらい歩いたのだろうか。
気がつくと、僕は黒っぽいゴツゴツとした岩畳に倒れ込んでいた。その岩畳は一つ一つが両手で抱えても持てなさそうな大きな岩で構成されいた。
ふと耳を澄ますと先ほどまでの激しい雨音はなく、気持ち良いくらいの小雨が降り注いでいるのが分かった。
僕は岩の一つを掴み、起き上がろうとする。
瞬間、ズザッと鈍い音を立てて下にずり落ちそうになった。
どうやら少しの傾斜がついているらしい。今度は細心の注意を払ってゆっくりと起き上がってみる。
「ハ………」
一瞬、何が起こっているのか分からなかった。何がどうなったのか分からなかった。
僕は目の前に出現した富士山の10倍はあるであろう、巨大な黒い洞窟に驚きのあまり言葉を失うしかなかった。
もう、この世のモノとは思えない、あまりにも桁外れのモノがそこにはあった。
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