名もないお伽話
「むかしむかし、あるところに」
暗い部屋の中。
茜色のランプが周囲を仄かに照らす。ランプはベッドの脇にある、机の上に置いてあった。ベッドに横たわるものには光が当たらないよう、考えられた配置だ。
ベッドに寄り添うように一人の男が座っていた。背もたれのない簡易な椅子は、体格の良い男には小さすぎた。
しかし男は慣れていた。不安定になることなく、むしろ自然に座っている。
そして男は手元の本を読む。優しく聞き取りやすいように、本の内容を朗々と語る。
毎晩行われるこの朗読会は、男の日課であり大切な息抜きであった。
「めでたし、めでたし」
物語は終わり、決まった文句を告げて男は本を閉じた。
そんな男にベッドの主が声を掛けた。
「ねぇ、なんで王子様は力を失くしてしまったの」
幼く高い声は舌足らずに問う。
心から疑問に思っている訳ではない、どこか諦めを含んだ声。
答えは決まっていて、それに納得出来なくて。
そんな気持ちは男にはお見通しだった。
それでも答えを変えるつもりはなかった。
「力なんてない方が幸せだからだよ」
『力を失くした王子様は平凡な人になってしまったけど、受け入れてくれる仲間がいるからそれで良かった』
『過ぎた力は身を滅ぼしてしまうから、失くなって良かった』
「でも力がないと魔王は倒せなかったよ。その方が不幸じゃない」
【力がない者は淘汰される。力こそ正義である】
【力のカタチは変わろうと、不変の理だろう】
【力がないことこそ、悪なのだ】
「そうだな。そうなんだけどな」
男は泣きそうな顔で笑う。
納得いかないのは彼も一緒だ。
飲み込めない疑問は沢山あるけど、全て押し込んで笑う。
「大丈夫だよ。アデルは何も気にしなくていい」
「僕が、アデルが笑っていられる世界を作るから」
「アデルが笑っていることが、僕の幸せだから」
《力がある者を、周りの人は決して許容しない。
口ではなんと言おうと、そう潜在意識にこびり付いている。
力を持った王子が悪しき魔王を倒すお伽話。
王子が力を失ったことも含めてめでたしめでたし。
それが幸せと、誰も彼も疑問に思いやしない》
【世界は理不尽で溢れている。そう思う自分ですら理不尽なのだ】
「だから、大丈夫なんだ」
男は笑う。優しく、穏やかに。
夜は更けていく。
月は上り、空に浮き上がった。
静かな暗闇は黙して語らない。
ただ全てを包むだけ。
***
時が流れ、刻は来る。
英雄が旅立ち、竜は爪を砥ぐ。
叶えたい望みがあって、掴みたい願いはあった。
結局正義が勝って、悪は負けた。
誰もが望む結末になった訳だ。
なんて素晴らしい茶番だろう。
竜の傍らで泣く少女など誰も気にしやしないのだ。
昔考えた物語の序章。
竜×少女のほのぼの切ない物語が始まる。
なお最初と最後しか考えない癖によって続きは時空の彼方です。
リハビリの稚作を読んで頂きありがとうございます。
伏線を張るだけ張って回収しないというゴミで申し訳ないです。
こんな話でも読者の方が楽しんで頂けたら幸いです。