真の敵
奈良焼失の報を受け、重衡を迎えた清盛は、
「何と言うことだ。大仏殿を焼き、罪のない尼僧や稚児までも殺してしまうとは――」
動揺を抑えかねた父の嘆きに、
「それでは私を罰してください。今すぐ、この首、討ち取ってください」
重衡は清盛を見た。
「できない、でしょう」
当然だ。合戦で敵将の息子でさえ許してしまうお優しい父であっては。
先の富士川戦でも、官軍を大敗させた大将維盛へ、
「流罪だ!」
侍大将忠清へ、
「死罪だ!」
激情に任せて口走っておきながら、結局処分を曖昧にしてしまった清盛である。
父は自分が思うほど冷徹になり切れない人だった。
しかし、大仏殿焼失は何としても重衡の不手際だった。
政敵らは、事実以上にこの機を捕らえ、平家一門を失脚させようと謀るだろう。一族を守るには、息子一人に責任を負わせ、罰するしかない。なのに、この父はできない。ならば、言い続けるしかないではないか。この度の南都焼失は平家の所行ではなく、横暴な衆徒へ御仏が罰を下したと。
重衡は燃え盛る大仏殿を前にして思った。
己れは許されざる大罪を犯した。しかし、それを罪として自覚すれば、平家一門に災厄が降りかかる。全ては御仏の思し召しとして振る舞い、懺悔の念などおくびにも出してはならぬと。
「過ちを過ちとして認めてはならないのです」
重衡の強い口調に、清盛は意外なものを見るような眼差しで息子を見た。
「そなたが、かような物言いをするとは思わなかった」
――危機に臨み、武家の血が目覚めたか。
平家は武門の出である。しかし自らは太政大臣として人臣の位を極めた際にその出自を捨てた。息子たちも公達と成り果て、重衡はその最たるものだと思っていたが。
「父上、早く手を打ってください。彼らが仕かけてくる前に」
父もまた息子の覚悟に、己れを沿わせねばならなかった。
平家政権に対抗する者は徹底的に殲滅するとの意志表明。
南都の結果はそう転化された。
清盛らの強硬姿勢は当然のように公卿らの反発を招いた。
「大仏を焼失させたと」
「万巻の経を灰にせしめたと」
「そのうち平家に、仏罰がありましょうぞ」
彼らは噂し合う。面白可笑しく吹聴する。武力を持たぬ彼らの唯一の武器。風評をもって政敵を沈めようと。
すでに同年八月、以仁王の令旨を受けた頼朝が伊豆で挙兵し、九月、彼を追うように信濃で義仲が兵を挙げた。十月の富士川戦の大敗は記憶に新しい。
「何かが起こる」
彼らは何をするでもなく、ただ期待を込めて見守った。
翌治承五年一月、高倉上皇崩御。閏二月、清盛没。
――ほら、ごらん。仏罰さ。
誰もが平氏崩壊の足音を聞く。
その後の平家の人々の度重なる不幸を招いたものは何だったのか。政敵の陥穽、源氏の叛乱、真の仏罰、それとも歴史の必然か。
「頼朝の首を我が墓前に供えよ」
清盛の遺言だったというが、生涯殺生を嫌った彼の言葉とは思えない。また生前の彼は、まさか一介の流人に平家一門が滅ぼされるとは知らず。この時期、中央への反抗は近畿を中心に頻発し、死に臨む彼の憂意は他に数多あった。ただ、頼朝に対する彼の無念は察して有り余る。二十年前、仇敵源氏の嫡男に情をかけ、その返礼が平家打倒の挙兵だったのだから。
清盛の初七日の翌日、蔵人頭平重衡は院庁御下文を胸に、一万三千騎を率いて東へと下向した。先年、兄知盛が伊勢へ発向し、源氏方を敗走せしめていたが、その兄が病に倒れたのだ。知盛に代わる者として一族を見渡せば、重衡がいた。けれど、武勇の器量に耐えうると送り出されたその陰で、人々は袖引き合って噂し合う。南都を灰にした「下手の重衡が」と。
重衡出陣。
官軍は知盛の軍兵と合流し、三万騎余りの大軍勢となる。
三月十日、尾張(愛知県西部)墨俣川の畔で、対岸に結集した源氏の軍勢と対峙する。
睨み合ったまま、両軍動かずに夜を迎えた。
帷幕の中の人々が寝静まったころ、重衡の馬丁は、ひどく興奮する主人の馬に手を焼かされていた。何かに怯えるように後ろ足で立ち上がり、首を振り、一時も落ち着かない。
「いったいどうしたんだ」
綱をひき、声をかける。
「どうどう」
その綱が馬の前足に絡まりかけた。名馬の足が折れたら大変なことになる。慌てて綱を弛めると、馬が力を込めて首を振る。
あっと言う間もなく、綱が手をすり抜け、自由になった馬は川の方へと駆けだした。馬丁も急いで追いかける。
馬はすぐに見つかった。川岸で水を飲んでいる。それから首を上げると、ぶるぶるっと身震いし、周囲を警戒するように鼻先を左右に振り立てた。
馬丁はそっと近づき綱をとった。
馬は動かなくなった。
ちょうどよいと馬丁はしゃがみ、馬の足でも洗おうとした。
だが、どうもようすがおかしい。
馬はじっと対岸の一点を見ている。
彼もつられてそちらを見た。
暗闇に蠢くいくつもの影。
対岸の縁を数え切れない人馬が密かに移動していたのだ。
馬丁は馬の轡を取ると、敵に気付かれぬよう、こちらも密かに本陣へと戻った。
夜明け前、源氏の軍勢は名乗りもせず対岸の平氏勢へ襲いかかった。
月が西の山なみに沈んだのを合図に、ためらいもなく敵陣営へ矢を射かける。
空気を引き裂く矢音が暁闇を満たす。
敵方はまさに寝耳に水。寝ぼけ眼で応戦するか、それとも慌てて逃げ出すか。三万騎の相手方に対し、源氏の兵力は六千騎ほど。
もっとも、同じ源氏とはいえ彼らは鎌倉の頼朝とは別に旗揚げした軍勢である。
大将は頼朝の叔父行家と弟義円、二人は圧倒的な兵力の差に卑怯を卑怯と思わなかった。
しかし、間もなく、
「ようすがおかしくないか」
行家が訝る。
敵の陣営が静かに過ぎるのである。
「全員射殺したとでも?」
「まさか」
東の空が白み始めたころには、存分に矢を射尽くした。
行家は突撃の命令を下す。
浅瀬を選び、兵らが喊声と水飛沫を上げて突進した。
敵陣の垣盾を踏み倒し、帷幕を切り裂く。
そのとき、暁の光が戦場に投げ込まれた。
平氏の軍勢があるべきところに人影はなく、先ほどまで散々に射た己れらの矢が無数に散らばっているだけだ。馬の蹄がその矢を踏み折り、バリバリと音を立てた。
奥の森を見た。木立を背にした無傷の平家軍が、矢を弓につがい、こちらを狙っていた。きりきりと弦を引き絞る音が聞こえるほどに。
源氏勢は戦慄した。
――まずいっ。このままでは矢の的だ。
「左右に散開っ」
命令を待つまでもなく、兵らは身体の向きを変え、走り出そうとした。
そしてまた戦慄する。
今まさに逃げんとした目の先に、弓を構え、矢壺を絞る兵どもがいた。
――気取られていたか。
彼らがそれに気付いたとき、三方から飛箭が降り注ぐ。先の源氏方が射た数倍の報い矢をもって。
唸りを上ぐ鋼の雨。
彼らに逃げ場というものはなかった。あったとしても、それは背後の川だけだった。矢疵を負いながら必死で川を渡ろうとする。
それを見越していたかのように、両側に展開していた軍勢の中から騎馬の一団が川へなだれ込む。騎射で次々と射殺しながら、追い散らす。もはや狩りそのもの、狩人と獲物の関係である。
小勢の手負いの源氏方、それを数倍する軍勢のなお壮健な平家方。
すでに勝負はついていた。源氏は三百九十名が射殺されるか生け捕られるかした。他にも溺死した者は三百名余り。大将の一人義円は死んだ。
これほどまでの完全な勝利、あるいは完全な敗北があったろうか。
源氏の敗卒は尾張(愛知県西部)熱田に籠るが破られて敗走、さらに三河(愛知県南部)の矢作川まで退く。重衡は当地で追撃をやめ、それ以上の深追いをさせなかった。北陸の義仲の情勢を気にかけてのことだった。
堂々の凱旋。
だが重衡は、これで南都の罪が清算されるとは思わなかった。
狐女はこの戦いにも重衡のかたわらにいた。
重衡は将門と違い、自ら兵を率いて敵陣に突入する種類の武将ではなかった。多くの近習に守られながら本陣で采配を振り、兵を動かす。その戦い方に最初は戸惑ったけれど、彼の身を案じて付いてきた彼女としては、むしろ心安い。
流れ矢に当たらぬよう見えざる傘を掲げ、後は敵が自滅していくのを見ているだけだった。
合戦直前に馬を使い、敵の移動を知らせられたことにも満足していた。
重衡は勝った。生き延びた。
けれど恋人の顔に歓喜の色はない。
きっと南都のことが尾を引いているのだ。
南都攻撃の際も、狐女は重衡のそばにいたが、彼女でさえ燃え盛る大火を消すことはできなかった。
大仏殿焼失の罪業は重衡一人が背負い、あの晩の苦い勝利は、彼から笑顔を奪った。




