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幼帝即位

 狐女ゆかりが宮中に戻ったこの年、人間たちの姦計蠢く政界は大きな転換期を迎える。

 十一月、法皇はまたも謀叛気を起こした。

 この人は父帝(鳥羽)にさえ『天皇の器にあらず』と言わしめた御仁である。しかし秀才の息子(二条)がおり、彼を天皇にと望む鳥羽院によって、仕方なしに帝位に就けられた経緯がある。皮肉にも期待された二条は夭折し、うるさい父帝が亡くなると、天皇の天皇たる『治天の君』の座が転がり込み、政治の実権を握ってしまう。

 大した才覚もないのだから、政治(まつりごと)は清盛らに任せて置けばよいものを、今回も平氏の台頭を快く思わない者たちに担ぎ上げられ、その気になってしまったのだ。


 相祖父たる法皇へ、我慢に我慢を重ねていた清盛も、ついに強攻策に出る。

 反平氏勢力に奇襲攻撃をかけたのだ。

 数千の騎兵を引き連れ、武力によって関白藤原基房を解任し、藤氏の長者をすげ替えた。法皇とて容赦はしなかった。院政を停止し、鳥羽殿に幽閉。院の近臣ら数十名から職を剥奪し、流罪や宮中追放の処分を行った。


 清盛は、翌年一月、先に解任させた貴族のうち何人かを許し、朝廷に復帰させると、二月、徳子の産んだわずか三歳(みっつ)(満一歳三ヶ月)の東宮を天皇に譲位させた。清盛は入道の身ながら、天皇の外祖父として最高権力者の地位に昇り詰めたのだ。


 同月二十一日、譲位の式典には、ようやく歩き始めた幼帝を、叔父である重衡が抱き上げて臨んだ。

 乳飲み子から漂う甘ったるい香りに、重衡はふと目を落とす。

 この国の天子を抱えているという栄誉に反して、腕の中の甥はやわやわと頼りなげだった。ひどく相容れないものを抱き締めている感覚。この幼子に一族全ての命運が委ねられているかと思うと、重衡は平家政権の危うさを覚えるのだった。


 重衡は己れの抱える不安を誰にも漏らすことなく、幼い帝の近臣として、周囲を明るく盛り立てた。

 妻も乳母(養育係)として天皇に仕え、富豪の舅は五条の邸を帝に差し出し、里内裏とした。当時の天皇や上皇は幾つも住まいを持つが、両皇の同居は障りがあると、天皇父子は別居の形をとった。

 重衡らは一家を上げて主君の養育に奉仕する。

 ゆえに、この日閑院の恋人のもとへ彼が訪れたのは久々となった。

「あら、私のことなんて忘れてしまったかと思いましてよ」

 ゆかりに拗ねられてしまったが、これも挨拶のようなものだ。

「姫とて、私の立場をご存じでしょう」

 天皇の養育の重要性。

 けれど、そんな言い訳がましいことは口にしない。

 いかに帝がかわいらしくて賢いか、王者として相応しいかを語り、

「もう我々近習の顔を見分けられてね、私の名前をお呼びになられるのですよ。すっかり慣れ親しんで、甘えられるとこちらがとろけそうになるくらい愛らしくて」

 帝に仕える臣下というより、小さな甥に夢中になる若い叔父の顔を見せる。

 そして真顔になって言う。

「私には子どもがいないからね。あなたが産んでくれるとよいのだけれど」

 ゆかりは笑って取り合わない。己れの職にかこつけて口説いているのだ。

「子どもがほしいなんて、色好みの殿方の常套句ですわ。いったい何人の方に同じ言葉をかけているのやら。そのようなお(たわむ)れ、言われなくとも大好きなお菓子は差し上げますのに」

「ゆかり姫はつれないな。私は本気で言ったのに」

 傷ついた顔をして見せ、重衡は甘えかかる。幼帝もかくやと思われるほど。

 ――本当に、天性の女たらし。 

 それが重衡の手管だとわかっていてもゆかりは陶然となる。

 男のずるさを知ってなお、許す自分がいた。


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