命のゆくえ
ゆかりには慢心があった。重衡を助けようと思えば助けられると。
己れには人外の力があると。
しかし、ゆかりは自分でも知らずに通力を失っていたのだ。
重衡の子を孕んだために。
あの夜、車宿りでの逢瀬で身ごもった子ども。
ただの女となったゆかりには、重衡が鎌倉へ護送されるときにも、黙って見送ることしかできなかった。
そして、通力を失った身で初めて知る。
どんなに自分が彼を愛していたかを。
――なぜ今なの。なぜ今、子を宿さねばならないの。
苦しみ、悶えるのは、重衡への愛を知ったから。ただの女となったから。彼の子どもを孕んだから。
皮肉な堂々巡り。
ゆかりは重衡の最後の言葉を思い出す。
「これも運命だと思って」
諦念の極地にありながら、なお彼が、この世に残そうとしたもの。
「これも運命」
重衡に愛された証し。
そっと、お腹に手を当ててみる。
――あの人の命がここにある。
そう思うと、一人でも生きていけるような気がした。
鎌倉へ送られた後も、重衡の沙汰は一向に定まらなかった。敵の頼朝でさえ、彼ほどの器量人を断罪することを惜しんだからである。
これを伝え聞いたゆかりは是非もないと思った。
誰からも愛された男は、敵将の心をも掴むのだ。
重衡は鎌倉に到着するより前、伊豆で狩りをしていた頼朝と会っている。
対面の場で彼は、
「武士であれば、敵の手にかかって死ぬことは恥でも何でもありませぬ。さぁ、存分に首を跳ねられよ」
堂々と意を述べ、頼朝を感服させた。
南都の焼き討ちについて訪ねられても、毅然として答える。
「衆徒の悪行を懲らしめようとしたことが、図らずも伽藍炎上となりました。しかし結果は結果として、己れ自身、責めを受ける覚悟にございます」
敵方の捕虜となって初めて、重衡は真実を打ち明けることができた。
大仏殿の焼失は、生まれたときから自分の望むとおりに生きてきた彼にあって、人としての無力さを突きつけた。その衝撃はどれほどのことであったろう。
昔からそこにあって当然だったものが、永遠であるはずのものが、目の前から失われていくということ。
だが、それは始まりでしかなかった。
一族の都落ちには西八条や六波羅の邸、西海へ赴く際には福原の旧都――父祖たちが築き上げたものをこの手で焼き滅ばさねばならず。
まさに、因果応報。
――この世には、本当に仏罰というものがあるのか・・・・・・
重衡は己れの犯した罪の重さに呻いた。
天意は、彼から全てを奪おうとしていた。
平家による政権、幼い天皇、一族の繁栄―――
己れの命より遥かに続くと、続かせねばならぬと思われていたものたちが、今。
自身が生け捕られた際、三種の神器と交換に、天皇と一門の安固を保証させるべくあらゆる伝手を頼った。しかし、全ては徒労に終わった。都では亡き高倉上皇の別系の皇子が天皇とされ、源氏と結んだ法皇が再び隠然たる力を発揮していた。
――もし仏罰というものがあるなら。
一族の罪業を、この身一つに背負って地獄に堕ちるのであれば、むしろ本望とさえ云えた。




