首だけで異世界にきてしまったわけだが
朝めし食ってたら森のなかにいた。
てっきり夢かと思ったがどうにも夢にしてはリアリティーがありすぎる。
周囲から聞こえる小鳥のさえずりも、肌を撫でる風の感触も、そして青っぽい草の匂いも、全てが夢とは違い現実感にあふれていた。
そして何よりもいま顔にボタボタとたれかかってくる粘性の高い液体も、夢というには感触が生々しすぎる。
さて、ではこれが夢ではないとしてじゃあどこかと問われれば、多分ここは異世界なんだろうなと漠然と思えてしまう。
そう俺は異世界にやってきたのだ! 頭だけで……
て! おい! 冗談だろ! 何だよそれ! 百歩譲って異世界召喚はゆるそう! 俺もラノベ読むしね! ゲームするしね!
でも頭だけってなんだよ! てか朝食を家族で摂ってたんだよ! なのに最悪だよ! 今頃朝の食卓の団欒は、頭だけなくした長男に大パニックだよ! 戦慄だよ!
どうすんだよ妹なんてまだ中学に上がったばかりだぞ! 色々と面倒なお年ごろなんだよ! こないだまでお兄ちゃんお兄ちゃんと甘えてきたのに、エロ本ひとつみつかっただけで汚物をみるような目を向けてくるお年ごろなんだよ! それなのにこんなの軽くトラウマになんだろ!
て、おいおい! なめんな! 目の前のなんか狼っぽいの! 俺をなめんな! はぁはぁすんな! なんなら一口齧っちゃおうかなみたいな目で俺をみんな!
て、あれ? なんか急にキョロキョロして――
「キャウ~~ン!」
あ、逃げてった。畜生意外とカワイい鳴き声してやがんな。
「ふー! ふー! ぶふぉー!」
うん? なんだろなこの後ろから聞こえる荒ぶる息と、後頭部に感じる寒気――
俺はなんとか首の力フルマックスで振り返る。
するとそこには――鉄板を組み合わせたような荒削りな鎧に身を包まれた豚顔の怪物。
うん俺これ知ってるよ。オークだね。
いやぁこれぞまさに異世界って感じだね――て、言ってる場合じゃねぇええ!
「ぶふぉおおおおおお!」
て! ガシッ! て俺の頭掴んで持ち上げて猛ダッシュ! 猪突猛進ってこのことか! てか!
「テメェ! どこ連れて行く気だ! 放せこら!」
「ふっふぉ♪ ぶっふぉ♪」
駄目だ聞いてねぇ! いやそもそも言葉が通じるかも怪しいけどね! くそ! 一体どこにつれていくきだよ!
◇◆◇
はい俺もっかピンチ中。
「ふ~~ふぉ~~ぶ~~ふぉ~~♪」
あーくそ! 嬉しそうだなこいつ! なんならその豚鼻で一曲奏でそうな勢いだこんちくしょう!
で、俺の眼下にはなんつうか深くてデケェ釜。こんなんよく作ったなと思うけどね。
そして釜の下には大量の木材。それに火を付けて轟々とよく燃えてやがる。
そんで鍋に溜まった水もぐつぐつと煮えている。
いやぁ嬉しいなぁ、異世界に来て早速お風呂にありつけるとは。異世界じゃ普通お風呂に苦労するからね。
なんか野菜とかいっぱい入った風呂。野菜風呂って奴? いやぁ健康に、いいわけねぇだろ!
やべぇよこいつ食う気だよ。俺をNABEにして食う気だよ。冗談じゃねぇぞこんちくしょう!
で、オークが釜の上から手を放す。ふっと感じられる浮遊感。俺このまま落下して熱々のODENになっちゃうよ、あはははは~て、させるかぁああぁあ!
俺は全身全霊の力を込めて頭を思いっきり撚る! 軌道も無理やり変える!
そして頭の端が釜の縁に命中! て、うわ、っと! おらぁ!
よっし! 地面に落ちた!
「ぶふぉおおおおおぉ!」
くぉ! オークうるせぇ! そして拾おうとやっきになってるけど嫌なこった!
俺は転がる! 人生でこれだけ必死になったのは初めてというぐらいに思いっきり転がる。
――ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ!
うぉおおおおぉおおお! 畜生目が回った!
うぅ気持ちわりぃ……吐きそう――てか頭だけなのに吐くとかあんのか、たく――でもまぁこれでなんとか逃げれ、
「ぶふぉおぉ!」
てねぇええええ! 意外とはや! こいつ! てかやべぇ、まじもうにげらんねぇよ……あ~あこれで俺の人生も――
「ぶぎゃ!」
うん? 何だ突然オークの絶叫みたいのが……て、あれ? なんか上半身がずり落ちて――ぐしゃって、うぉ結構グロいな。てか何これ? なんで死んでんのこいつ?
俺がちょっと怪訝な顔でそんな事思ってると後ろから足音。で、ひょいと持ち上げられて振り向かされる。
その正体は――思わず見とれてしまうような美少女。サラサラの金髪に海のように蒼い双眸。小さな顔にふっくらとした唇。
胸は――そうでもないけど細く靭やかな肢体に透き通るような白い肌。
う~んこの世のも者とは思えない美しさってのはこういうのを言うのかね。
でもまぁそれでね、耳もね、随分と特徴的だけどね。なんか先が尖った長い耳。
うんエルフだねこれ。さすが異世界、オークにエルフとてんこ盛りだ。
で口を開いて何かをつぶやいてるけど、駄目だ言葉が判らない。どうやら自動翻訳は備わってないみたいだ不親切だな。
そしてひとしきりその大きな瞳で見つめた後、てか照れるなおい。
彼女は俺を抱きかかえた状態でどこかへと歩きだした。服装が袖通しの穴を開けた貫頭衣って感じだけどね。
だから後頭部に柔らかい感触が楽しめる。まぁやっぱ胸のボリュームはちょっと残念だったけどね。
◇◆◇
そして連れていかれたのは森の中にぽつんと佇む小屋。なんかログハウスみたいな造り。
ここに住んでるってことなのかね。
正直その間もどうしたもんか悩んだけどね。でもどうやらこの美少女が俺を助けてくれたっぽいし、同じ連れて行かれるにしても豚より美少女の方がいいってね。
そして家の中に入る。余計なものは一切ない簡単な部屋。木製のベッドに木製のテーブルと机。あとは本棚があるかなってとこか。
あ、一応奥には台所ぽいのもあるね。てか本はあるんだな。一冊一冊がかなりデカいけど。
で、彼女は俺を壁際の台に置かれた――植木鉢の上においた。ひんやりとした土の感触をくびのあたりに感じる。
そしてなんか鼻歌交じりに奥にいって、で、戻ってきて――て、うわっぷ! つめた! こいついきなりシャワー! てじょうろで水を掛けてきてるわけだけど。
おいおいこいつ俺をちょっと変わった植物とかと勘違いしてんのかよ……ありえないだろこんな気持ち悪い花。
けれど言葉も通じないし、一応俺も口を開けてコミュニケーションが取れないか試みるが中々うまくいかず――結局今日もじょうろのシャワーを浴びている。
二日ぐらい経ってんのかな。てか俺ってもう一生このままなんだろうか。
ふぅ参ったねどうも。そしてちょっといい臭いがしてきてる。彼女はお手製のスープを木のボウルに注いでふ~ふ~して口にしていた。
肩まである金の髪を掻き上げながら食す仕草が妙に色っぽく感じる。
正直空腹感はほぼないんだけど、やっぱ水だけだと舌は寂しいし、匂いはしっかり感じるから、なおの事気になる。
そしたら彼女は俺の様子に気づいたのか一度は首を傾げつつ、そのボウルを持ち上げて俺にみせてくれた。
欲しいの? と聞かれてるみたいだった。初めて俺の意思が届いたようでなんか嬉しい。
俺は必死に首を縦にふる。ガタッと木製のチェアが後ろに押され、立ち上がった彼女がボウル片手に俺の前まで近づいてきた。
彼女はやっぱり少し不思議そうにチョコンと小首を傾げたけど、木製のスプーンでスープを掬い取り、俺の口の前まで近づけてくる。
少し照れくさかったけど俺は黙って口を大きく開けた。気分は餌をもらう雛だ。間もなくしてスプーンが口の中に侵入してきたから、パクっと俺はそれを口に含み、モグモグと咀嚼した。
久しぶりにありつけた食事、といってもスープだけだが、なんかとてもホッとする味だった。
家庭的な味付けってやつだ。
そしてその味を堪能した後は、ゴクリとそれを飲み干した。
その後、あっ、と、このスープがどうなるのか今更ながら気になった。
だが答えはよくわからないってとこだ。別に首から漏れる事もなく、そして俺の身体にもこれといった変化はない。
不思議な気がするけど、細かいことを気にするのはやめた。そもそも頭だけで異世界にきてる時点で常識とは切り離されている。
その後も彼女はせっせとスープを口に運んでくれた。気がついたらボウルの中身は空っぽだった。
ちょっと申し訳なく思ったけど彼女はなんか楽しそうだった。
それから彼女との奇妙な共同生活が始まった。
相変わらず俺の首は植木鉢に置かれたままだけど、少しずつ彼女とコミュニケーションを取る時間は増えていった。
あるとき俺は目で本を示し、そして言葉を教えてほしいと表情や口調でなんとか伝えた。
これもわかってもらうのにかなり時間が掛かったけど、それでもなんとか教えてもらえるところまで辿り着き、必死に俺はそれを覚えた。
時間だけはたくさんあったからね。そして二ヶ月も過ぎた頃には基本的な会話ぐらいは出来るようになり。
「あなた、しょく、ぶつ?」
「違う。俺、人間」
「人? 違う。あなたみたい、知らない。いない」
うん、まぁこんな感じで最初は片言だったけどね。でもやっぱり意思疎通がとれるのは嬉しいもので――
◇◆◇
「でも本当不思議。あなたは何でその状態で生きていられるの?」
「そんなの俺にもわからないよ。いつの間にかあの森にいて気がついたらこんな状態だったんだから」
あれから早いもので半年が過ぎた。この頃にはもう会話は普通にできるようになっていた。
そして彼女の名前も知った。彼女はやっぱり予想通りエルフという種族で名前はエィリイ。彼女たちの言葉だと希望って意味もあるらしい。
「ところでショウタ、今日は何か食べたいのある?」
「あ~じゃあ、前に食べたハニーブレッドがいいかな」
既に俺の名前も伝えている。俺が人であった事に驚きを隠せないエィリイだったけど、だからって植物扱いもないよなって今でも思う。
そして現在も俺の定位置は植木鉢の上だ。そこが一番おきやすいんだと。
そして俺の回答を聞いたエィリイはクスリと眩しい笑顔を覗かせた。
半年一緒にいてもやっぱり彼女は綺麗だ。いつまでも見てても全く飽きやしない。
「前にって昨日も食べたじゃない。本当にショウタあれが好きだね」
そうだったかな? と俺も笑顔を返す。彼女はこの家で結構長い期間ひとりで暮らし続けていたようだ。
だから食事も全て自給自足。ブレッドリーフなんかも一人で育て森のなかで狩りなどをして食材は集めてるらしい。
ちなみにブレッドリーフというのはこの世界でパンを作るための材料になる植物だ。
一度見せて貰ったけど、黄金色の茎が特徴でそこから採れる実をすり潰して粉にしてるらしい。
まぁ少なくとも俺のいた世界の常識とはまるで違うわけだが、水や空気は問題ないみたいだし、地球と通じるものも多そうだから、生きていくには問題のない世界かもしれない。
まぁ首から上だけってのは不便だけどな。
「美味しい?」
彼女が口に運んでくれるハニーブレッドは、相変わらず甘くて美味しい。森に存在するスイートピーの巣から採れる蜂蜜を利用して作られてる逸品で、あっさりとした甘さが特徴だ。
「うん、いつも美味しいね。エィリイはやっぱり料理が上手いな」
俺の言葉に照れたようにはにかむその姿が可愛らしい。そして指に付いた蜂蜜をペロリと舐めて見せる。
……やばいな。顔だけだからいいけど全身あったら男の生理現象が起きそうだ。
まぁそんなわけで、俺もわりとこの生活を楽しんでいる。正直突如頭がなくなって地球の家族はどう思ってるか気にならないでもないけど、よく考えたら親父は普段からわりと放任的だし、母ちゃんはのんびり屋、妹に関しては難しい年頃ではあったけど、俺のエロ本は許せないくせに自分はBLとか読んでる腐女子てきな部分もあるからきっと大丈夫だろうな、うん。
そして俺と彼女の共同生活は続いていく。彼女と会話出来るようになってからは文字も覚え、本も良く読むようになった。
特に魔法関係の本は興味があって読み漁った。エィリイにも魔法が使えるの? と聞いたことがある。
その答えはイエスだった。あのオークを退治したのも風の精霊を利用した魔法だったらしい。
ただ俺が読んでる本に載ってる魔法とはまた違うらしい。エルフの使う精霊魔法はエルフにしか使えなくて本として残されてはいないんだとか。
で、俺の読んでるのはエルフの使用してるのとは違う人間の魔法で、詠唱とかして魔力を魔法に変換させるんだと。
俺も出来るのかなとか思ってちょっと試してみたけどね、やっぱそうはうまくいかなかった。
てか、大抵の魔法は詠唱と同時に印を結ぶ必要もあるようで、そもそも頭から下がない俺には使えない。
ただその中でも例外がひとつあった。これだけは出来そうかなと俺は密かに練習してたりする。
使いこなせるようになったらエィリイを驚かせてやろう。
◇◆◇
エィリイとふたりだけの生活。俺もそれに幸せを感じ始めていた。
とても穏やかな日々。もうこんな日がずっと続くのも悪くないかなと思ったりもした。
だけど――平穏は長くは続かなかった。
ある日の夜。すっかり俺の好物となったハニーブレッドを今まさに食べさせてもらえると思ったその瞬間。
小屋のドアが叩きつけるように開け放たれた。一応簡単にではあるが、閂で鍵はしまっていた筈だけど、その閂をへし折り無理やりドアが開けられたのだ。
「エィリイ、エィリイ・シルフィードだな!」
やってきたのは五人の屈強そうな男たちだ。並々ならぬ殺気を迸らせたその連中は、みな銀色の鎧に身を包まれていて、鎧には王冠と剣を交差させたような紋章が刻まれていた。
こいつらが誰かなんて俺にはしる芳もないけど、雰囲気的にどっかの国の騎士なんだろうなとは察することが出来た。
だがその騎士様とエィリイの間に渦巻く空気は明らかに険悪なものだ。
騎士たちも部屋に入るなり得物を抜いており、どうみても友好的には思えない。
「まさかもうばれるなんて……」
エィリイは怪訝に眉を顰め呟くようにいう。すると騎士の一番偉そうな奴が一歩踏み出て声を大にする。
「ふん! われわれ帝国の情報網を甘く見てもらってはこまるな! 愚蒙たるエルフの生き残りよ!」
随分とデカい男だと思ったが、声も同じようにデカい。騎士たちの中では唯一柄の長い斧、ハルバートっていうんだっけか? そんなのを握りしめて声を荒らげている。
でもあんな柄の長いの、この小屋じゃ振り回せないと思うが――
「それで私に何か用? 言っておくけどあんたらに出すお茶なんて用意してないわよ」
……いうねエィリイ。でも顔をキリッと引き締めて何か覚悟を決めたような顔だ。
で、俺に目で何かを伝えてくる。
おとなしくしててとでも言いたいのだろうか?
おいおい冗談じゃねぇぞ。なんだか知らないけど突然やってきたわけのわからない連中に俺の幸せを邪魔されてたまるかよ。
「口の減らないエルフめ! わかってるはずだ! エルフは一人残らず始末するのが皇帝様のご意思! 上手く逃げ隠れたつもりかも知れぬが、ここで貴様の命はおしまいだ!」
声高々に処刑宣言してきやがった。だけどエィリイは挑発するように鼻で笑い返して。
「悪いけどそう簡単にはやらせてあげないんだから! 風の精霊よ我が盟約により――」
エィリイが風の精霊に呼びかける。彼女の魔法は俺も何度か見せてもらった。特に得意としてるという風の精霊の刃は、大木だってあっさり切り倒す!
筈だったんだけど――
「どうした? 精霊魔法がお前達エルフの武器だろ? ほら、遠慮はいらんぞ。やってみろ!」
下卑た笑みを浮かべる騎士たち。そしてエィリイの顔には明らかな狼狽。
「あんたら……一体何をしたの?」
「ふん、我々がお前たちエルフを相手にするのになんの手立てもなく来るはずがなかろう? この小屋の周りに封印の術式を展開させてもらった。精霊魔法はこの中では使えん!」
そんな、と呻くようなエィリイの声。そこへ、さぁ覚悟しろ! と偉そうな男がハルバートを振りかぶって――小屋ごと斬りつけてきやがった!
「くっ!」
エィリイはそれを既のところでバックステップで躱すけど、斬撃の通った壁はまるで紙のように切り裂かれてしまっている。
どうやら小屋ごと破壊してやろうという考えなのかもしれない。
「マジックボルト!」
「きゃあぁ~~!」
エィリイの悲鳴! 騎士のひとりが右手を差し出し青白い弾丸を発射してきやがった。
確かマジックボルトは初級の呪文だったか? でも消費魔力が少なく、腕の立つものなら詠唱なしでも放つことが可能らしい。
そしてそれはエィリイの肩を掠め、彼女の白い肌に血を滲ませる。
「うん? どうして? とでもいいたそうな顔だな。あっはっは! 言ったはずだ。この封印は精霊魔法を使えなくすると。我々の使う魔法には特に影響はない!」
そういうことか……なるほどね――
「さぁどうするエルフの女よ? まぁもしそこに跪き、許してくださいと命乞いをするなら許してやってもいいぞ。エルフは基本皆殺しだが、お前ほどの容姿なら奴隷としてなら生きる事も許されるかもしれん」
顔を歪めて屑な発言をしてくる糞野郎。でもエィミイの眼はまだ輝きを失っていない。そうだ、こんな奴らに好き勝手させてたまるかよ!
「くっ! 誰が貴様らなんかに! 貴様らに従うぐらいならオークの子供でも孕んだ方がまだマシだ!」
「……ほう? よくいった。ならば望み通り! 今すぐ我が!」
「エィリイ! 俺を掴め!」
声を張り上げ叫ぶ! エィリイが俺を振り返り目を丸くさせた。いやエィリイだけじゃなく騎士の連中もだ。
「なんだこれは?」
「頭が――喋った?」
「ひっ、ひぃいい! 化け物!」
「おい! エィリイ早くしろ!」
騎士たちは驚きのあまり動きが止まっている。チャンスは今しかない!
そしてエィリイは顎を引き床を蹴って一気に俺の前までやってきて、植木鉢から俺を持ち上げた。
「はっ! えい! 何を狼狽えておる! こんなわけのわからない首ごときに!」
わけがわからなくて悪かったな! でも首だからってなめてもらっては困る!
「エィリイ! 俺を奴らに向けて! 早く!」
そうエィリイに命じる。彼女は若干戸惑っていたけど、すぐに真剣な目に戻って俺の言うとおり顔を正面に向けた。
「この! 頭野郎が!」
偉そうな騎士がハルバートを振り上げ、天井を削りながら俺の目の前まで近づいてくる。
でももう遅い。俺はとっくに頭のなかで詠唱は終えている!
「いくぞ! バーニングブレス!」
叫びあげ俺は吸い込んだ息を奴に向かって一気に吹き出した。同時に口の中から轟々と巨大な炎が生み出され、目の前の騎士を包み込む。
「な!? 馬鹿な――この魔力はいった、ぐわ、ぐわああぁあああ!」
炎に包まれた騎士が絶叫を上げ、そして更に扇状に広がった炎が残りの騎士たちも包み込む。
全ての騎士がこの世の終わりのような叫び声を上げ、床を転がり熱い熱いとのたうち回る。
炎は鋼鉄の鎧さえも燃やし、溶かし、そして中の人間ごと真っ黒い炭へと変えていく。
俺はその様子を呆然とした顔で眺めながら、思わず一言呟いた。
「ちょっと――やり過ぎたか」
◇◆◇
「本当ごめん! エィリイ!」
完全に燃やし尽くされ、消し炭に変わり果てた小屋を目にしながら、俺は必死に謝罪の言葉を繰り返した。
本当はエィリイを驚かすために、魔法を使えるようになった事を黙っていたんだけど。
よもや初披露で家を燃やす事になるとは思わなかった。物語で奴隷が嫉妬して家を燃やすってのはあるけど、よもや俺が逆に燃やすことになるとは――すっかり違う意味で驚かすことになってしまった。
だけどそんな俺に、エィリイはクスリと笑いかけてくる。思わず見とれちゃうような優しい笑顔で。
「ショウタ。私別に怒ってないよ。だってショウタは私を助けるためにやってくれたんだもの」
そういって俺を抱きしめる手を強くしてくれた。胸のボリュームはやっぱり物足りないけど、柔らかい肌の感触は心地よい。
「それにね。帝国の騎士に見つかった時点でここはもう離れなきゃなって思ってたから」
そう言ってエィリイが顎を上げて、空一面に浮かぶ満点の星空をみた。今俺と彼女を照らすのはこの星の光と遠くに見える月明かりだけだ。
「ショウタは……ついてきてくれる?」
ふとエィリイがそんな事を聞いてくれる。勿論俺の答えは決まっていた。
「それは無理かな」
え? と少し悲しい表情を見せてきたエィリイでもね。
「俺は頭だけしかないからついてはいけない。だから、これからも俺をこうやって抱きしめて連れていってくれるかな?」
ホッとしたような表情。そして微笑んで、勿論だよショウタ、と言ってくれた。俺の定位置は、やっと植木鉢から開放され、彼女のちょっぴり物足りない胸へと昇格した。
「でも残念だな」
「残念?」
「うん。だって折角のハニーブレッド食べそこねちゃったよ。好物なのにあれ」
エィミイは天使のようなほほ笑みを浮かべ、俺の頭を持ち上げた。俺のすぐ目と鼻の先にはエィミイの小さなそして美しい顔がある。
その全てを包み込むような碧眼を潤わせながら、それじゃあねぇ――といって、俺にその柔らかい唇をそっと重ねてくれた。
俺にとって生まれてはじめてのキスは、甘い甘いハニーブレッドの味がした――
読んで頂きありがとうございます。
もし気に入って頂けたならこのしたの評価を頂けると嬉しく思います。
よろしければ他にも連載中の作品や短編を掲載しておりますので、チラリとでも覗いて頂けると幸いです。