2/プロローグ
二話目
「何よアンタッ、邪魔するならぶっ飛ばすわよ!」
ついに堪忍袋の緒が切れた私は青筋を露わにする。
邪魔してきた本人であろう金髪の女性を睨み、脅すかのように御祓い棒を向けた。
下で佇む金髪の女性は〝人間〟では無かった。
それを決定付けさせたのは、女性の背後から伸びる金色の大翼。
加えてその身から溢れ出ている『神力』。
詰まる所――――〝神〟。
『失礼しました博麗霊夢。丁重にお詫び申し上げます』
「・・・何よ。謝るくらいなら、最初から拉致なんてしないでくれる?」
変わらず厳しい目で睨み続ける。
相手が〝神〟だろうと何だろうと、私には関係ない。
どんな時でも強くなければ、優位に立つなど出来やしない。
「大体ね、神様が庶民の私に何の用なのよ?」
『庶民、ですか・・・私を〝神〟と解っている時点で、庶民ではないかと』
「翼が生えてるじゃない。誰だって分かるわ」
『・・・それだけで〝神〟に成れるのなら〝天狗〟だってそうでしょう?』
絶句した。
この〝神〟の知性に驚愕して、何も言えなくなった訳では無い。
『この〝神〟がウザすぎて絶句したのだ』。
何度も、しつこいようだが、私は面倒な事が嫌いである。
故にコイツは――――
「アンタって・・・ホントに面倒くさい奴ね」
――――面倒くさい。
『えぇ、そうかもしれませんね』
「・・・ホント、面倒くさい。他に何か言えないのかしら」
『他? それはつまり――――私の目的のこと、でしょうか?』
……つくづくイライラさせるのが得意なそうね。
今すぐにでも<夢想封印・瞬>を撃ってやろうかしら。
左手に持つ御札に霊力を込める。バチバチっと霊波が、火花のように飛び散る。
これであとは術符宣言をするだけとなった。
『・・・えっと、その御札に込められている霊力は一体・・・?』
「あら? 知性ある神様なのに、そんなことも解らないの?」
ニッコリ笑顔。それでいて目は笑っていない。
巫女の先代より教えられた顔術。
その名を――――『拳で足りねば顔で教えろ』。
これをアイツに試したところ、ものすごく引かれた。
それから数日間、何か異物を見るような目で見られたのは、決して良いとは言えない思い出だ。
「さぁ吐いてもらいましょうか? 私を此処に連れてきた理由を」
陰陽玉にも、限界突破させる量の霊力を込めた。
どうみても妖怪退治の開始十秒前の姿である。
……実際に戦う意思は無いが、とりあえず今は『そういう意思』を見せておこう。
『言わなかったら撃つ、と?』
「分かってるじゃない。・・・ほら早く!」
威嚇射撃に霊弾を放つ。
霊弾は〝神〟の横を通り、その背後で爆発を起こした。
コイツに、考える暇なんて与えないわ。
『ふぅ・・・では話しましょう。どうして貴女を此処に連れて来たのか、を』
観念したのか、女性は割と素直に話し始める。
『貴女を転生させるためです』
「――――は?」
いやちょっと待って。コイツは今、何と言った。
『転生させるため』……何故?
まったくもって意地が読めない。コイツに何の得があると言うのだろう。
『貴女を転生させ、次に生まれるのは《幻想郷》建立より前の時代ですね』
「つまり・・・私を過去へと送るってこと?」
『その認識で構いません。転生するといっても、容姿が変わったりする訳では無いですし』
何を考えている?
私は「ちっ」と舌打ちし、怒りを溢れさせる。
「・・・」
目を細め、女性の意図を読み取ろうとするも――――失敗。
全てを見通すかのような瞳でジッ……と私を見ている。
……今のコイツに対して、脅迫の手も通じないだろう。
この〝神〟は、それほどまでに真剣な顔つきで佇んでいるのだ。
何かを訴えるような瞳で、何かを耐えようとしている唇。
女性に根負けした私は、渋々ながらも口を開く。
「私を転生させる、と。そう言ったわね?」
『はい』
「それは何故? ・・・別に言いたくない、言えないってんなら良いわ」
巫女らしく、祈るような思いで女性を見詰める。
私は「これで答えてくれれば、精神的にも少しは楽になるのだが」、と。
そんな考えとは裏腹に『話してくれないだろう』と予想していた。
ソレを肯定するように、目の前の〝神〟は首を横に振った。
『やっぱり』と落胆した気分になるが、あえてソレを顔に出さずに了解の合図を零す。
「・・・そう」
『すみません、事情は話せません』
「良いわよ別に。ハナから話してくれるとは思ってなかったわ」
『本当に、申し訳ありません』
女性は深く頭を下げた。
慌てて「頭を上げて」と言って止めさせる。
『・・・理由も言えずに図々しいとは思いますが、転生して頂けないでしょうか?』
「――――」
何故だかは分からないが、「嫌だ」とは言えなかった。
《幻想郷》に残してきた皆と会いたい。
家である<博麗神社>に帰りたい。
そしてゆっくりと、変わらぬ日常を過ごしたい。
ここまで未練があるというのに、何故か私は『嫌』と言えない。
勘が『転生した方が良い』と告げている影響もある。
ここで断ったら面倒くさい事になりそう、というのもある。
しかし違う。
私が感じているのは『《幻想郷》に何かしらの異変が起きるのではないか』ということだ。
だからこそ〝神〟は私を過去へ転生させ、チカラを付けさせようとしているのではないか、と。
「・・・良いわ。転生してあげる」
『ほ、ホントですか!?』
真剣な顔は一転し、嬉々とした表情に移り変わった〝神〟。
……悪いけど、タダでは無いわよ?
「代わりに」
『えっ?』
「幻想郷に何かしらの影響があるから、私を転生させる・・・合っているかどうかを答えて」
――――私は賭ける。
『転生を了承する代償』として『幻想郷に異変が起きるかどうか』を聞き出す。
たったそれだけの情報すら教えてくれないのなら、『転生の了承』をしない。
いわば脅しだ。
脅迫が効かなさそうな今の〝神〟でも、判断しかねる脅し文句。
私は不敵に笑い、驚愕する〝神〟を見る。
『そ、それは・・・』
「あら、いいの? 答えないなら、私は転生をせずに日常に戻ることとなるわね」
言葉を汚す〝神〟に対して追い打ちを掛ける。
……さっきも言ったでしょ? 『考える暇など与えない』ってね。
『・・・その、通りです。《幻想郷》は数年後、突如として大異変の災禍を最後に幕を閉じます』
……え?
「バッ、バカなこと言ってんじゃないわよ! 《幻想郷》が消えるなんてこと・・・ッ」
『詳しくは話せません。もしもこれ以上、貴女が追及してくるというのなら・・・』
〝神〟は閉じていた眼を開く。
『――――無理やりにでも転生させますッ!!』
ギラリ、と金色の瞳が煌く。
神力が倍以上に溢れだし、私を威嚇する。持ちうる霊力で対抗するも、数秒にして掻き消された。
いっそのこと此処で戦って勝ち、白状させるのも一つの手だろう。
尤も、生じる問題が『勝てるかどうか』なので無理だが。
諦めるしか手が無い私は、素直に両手を挙げる。
「あー分かったわよ分かった・・・もう追及はしない。降参よ、こ、う、さ、ん!」
『・・・本当ですか?』
「何なら御祓い棒と御札は投げ捨てるわよ? 陰陽玉は込めた霊力を抜く」
『・・・いえ、結構です。信じます』
スゥ……と神力が収まっていき、最後には当初のように戻った。
微弱ながら溢れ出ているのは仕方が無い。
「で? 転生するにはどうすればいいの?」
先程までのことを気にしてないかのように聞く。
……いやまぁ、まったく気にしてないんだけど、ね。
『直球ですね・・・そこに魔方陣を刻みましたので、上に立っていて下さい』
「りょーかい」
金色の魔方陣。神力が込められているらしい。
複雑に噛み合っている魔法線。
子供の頃だったら好奇心だけで触れていそうだ。
『もう準備は出来ているので、何時でも行けますが』
「ならさっさとして」
『本当に怖い物無しですね貴女。少しは怖がったりしないのですか?』
「怖がるだけ無駄じゃない」
『・・・そうですか』
魔方陣が輝き始める……というか元より輝いていたけど。
〝神〟が『最後に何かありますか』と聞いてくる。
言い残す言葉は?
伝えてほしい言葉は?
……ってことを聞いてるのよね、この神様は。
もっと早く言ってほしかった、と切実に思う。
「あ」
『何かありましたか?』
「アンタの名前を教えて。一々〝神〟とか呼ぶのって、何か気を使っちゃうのよ」
思えばコイツの名前は知らなかった。
『名前はありません。ただ皆からは・・・』
光で互いの姿が霞んでいく。
『――――最高神、〝龍神〟と呼ばれています』
驚く私を他所に、光は完全に満ちた……。
どうも上手く書けない。