記憶の向こうの青年
脳裏をよぎる、ひとつの記憶。否定したくてもそれはあまりに鮮明すぎて、振り払うように首を振っていた。
「鶫さん……」
瞳子の心配そうな声が聞こえてきて、少し振り返る。
「――大丈夫。宏基兄は、死んだりしない」
今の自分が浮かべられる精一杯の笑みを彼女に示しつつ走った。宏基の妖気が感じられる方に向けて、必死で。
そういう鶫を見て、いったい何を思ったのだろう。彼女はそれきり無言で鶫の後ろを走る。気にはなったものの、更に大きなことが頭の中を支配しているせいで追及できなかった。
寒露と全く同質である馴染み深い妖気は、今もなお強く肌を刺してはいる。しかし不安は消えない。完全変化をしなければならなかったということは、それなりに理由があるはずだからだ。
どうして今ほどの状態になるほどまで気づかなかった。自分を責める思いが湧いてきて、鶫は瞳子に気づかれないように唇の内側を噛む。
こんなにもはっきりと、妖気と同じぐらいの激しさで法力の気配を感じるというのに、察知が遅れた。宏基を一人で戦わせてしまった。それが悔やんでも悔やみきれない。
先日の戦いで、五人対一人でも苦戦を強いられたのだ。一般の巫女百人分である月読や瞳子と同等の力を持つ者相手に、いくら一番変化で戦うことに慣れているとはいえ、宏基が孤軍奮闘しても敵うわけがないのに。
宏基は間違いなく庸汰と交戦していて、しかも追い詰められているに違いない。
間に合うだろうか。
懸命に足を前後に動かしても、その速さは高が知れている。こうしている間にも彼は命を削っているかもしれない。
そこで再び蘇る記憶。
宏基が血を吐いて倒れる。血だまりの中に真っ青な顔で横たわっている。いくら揺さぶっても反応がない。呼びかけても言葉や視線を返してくれない。
兄のような大切な存在が死んでしまうかもしれないと恐れ戦いたあの日に抱いた絶望感や喪失感が、今の鶫にも寸分の狂いなく鮮やかに思い出せる。
「鶫さん」
ふと、思考を割って飛び込んできた優しい声。そちらを見遣ろうとしたのとタイミングを合わせたかのように、手を包み込まれる。そのことで初めて己の手が震えていたことに気づいた。
思わず足が止まり、瞳子もそれに合わせて立ち止まる。
「大丈夫です。宏基さんは死なせません。当代の国守りの巫女として、絶対に。彼もまた、私が守るべき人間の一人なのですから」
国守りの巫女。それは任された地域一帯を守護する巫女のことであり、巫女がたくさんいた時代は地域の巫女を統括する役目をも負った。瞳子の前世たる月読も、巫女全体を統べる『月読』に加え、それを兼ねていたようだ。
現代では、その役を雪代神社の娘が代々担当しているという。かつてのように地域一体に結界を張って守護するということはなくなったらしいが、今でもなお存在する、悪さを働く雑魚妖怪を退治しているのだ。
この辺りに住む者たちが平和に時を過ごせているのは彼女が陰ながらそうして守ってくれているから。
「不可視化の結界を張りましょう。貴方なら、戦いの場までは跳んだ方が早いはずです」
「え、」
「もう繰り返すのは御免だと言いました。大切な人を喪って悲しむ貴方を再び見ることになるなんて、絶対に嫌です」
目を見開く鶫に微笑んで、周囲に人がいないことを確認してから彼女は鏡を取り出している。発言の意味が呑み込めていないのを分かっていて、その上で黙殺するようにして。
月読は現在の生まれ変わりの中でも一番初めに逝ってしまった。つまりそういう久遠の顔を見る間もなく命を奪われたはずなのに、どうしてそんな発言をするのだろう。
――春永が迷ったり不安に思ったりするなら、オレらも一緒に考えてやれる。だから、自分だけで抱えるなよ。な。
――……ありがと、『 』……。
結界を張っている瞳子を見ながらも考えていると、突然にそんな記憶の記憶がよぎっていく。しかしそれはまさしく『欠片』で、どこにも繋がりが見えない。
顔はぼやけたようにして見えず、ただ背中を優しく叩かれていた気がする。そして、穏やかな眠気に誘われながら大事な人と言葉を交わしていたような、気がする。気がする、だけで、誰だかも分からない。
雑音が入るようにして掻き消されてしまっているのは恐らくその人物の名前だが、心当たりがないのだ。
誰も知らないはずの久遠の真名を呼ぶのは、誰なのか。印象からして、久遠はその人物の傍にいて心から安らいでいるというのに、どうして顔すら思い出せないのか。
久方ぶりに抱いた、自分自身に対する疑念。
「鶫さん」
だが、呼び声が思考から彼を引きずり戻した。
しっかりとこちらを見つめてくる目に頷き返し、今置かれた状況の方に考えを向ける。宏基の許に一刻も早く辿り着かなければならない。
この嫌な予感について考えるのは後だと言い聞かせ、変化をしつつ瞳子を抱え上げた。彼女が戸惑いつつもしっかり掴まったことを確認し、脚へと妖力を優先して込め、一気に跳び上がる。
中継地点の空気には硬化の術を叩き込んで、宏基の妖気を感じる場所まで再び一気に降下した。悲鳴をこらえるようにしながらぎゅっと目を閉じている瞳子には申し訳ないが、これが一番早く着ける。
宏基と庸汰がいるのは、雪代神社が立つ山の連なる山地の一角。状況が読めないのにピンポイントで着地するわけにもいかず、その近くへ降り立った。瞳子を気遣ってできる限り静かに。
「ごめん、瞳子……驚かせたね」
「いえ、問題ありません。参りましょう」
息を宥めるようにしてから走り出す彼女に従って、鶫も駆け出す。二人がいる場所はすぐそこだ。
茂る木々や草花が視界を遮って姿は見えてこないものの、音は聞こえる。変化した鶫の耳には、徐々に近づく戦闘音がいつもの何倍もの大きさを持って響いた。
だが不意に静まり返ったので怪訝に思うも、水面に何かが強く叩きつけられたような音が続けて聞こえてきて息を呑む。
「久遠に勝てなかった君が、僕に敵うわけないだろ」
庸汰の声。隣にいる瞳子にも聞こえたらしい。はっとして目を見張った顔を見合わせた。
「先に行ってください鶫さん!!」
瞳子の叫びを聞き取るか否かのうちに、鶫は全力で走り始めていた。
宏基の身に何が起きたかは分からない。しかし瞳子よりも遥かに耳がよくなっている今の鶫は、しっかりと聞き取っていた。
宏基の上げた、正確には声ともつかない苦悶の声を。
雨に消されてしまって、匂いが状況を掴む手掛かりにならない。もどかしい。音と匂いさえあれば、通常ならばかなり正確に何が起きたか辿れるというのに。
木々の間を縫い、必死で走り抜ける。
間に合え、間に合え、間に合え!!
祈るように頭の中で何度も繰り返し、懸命に足を動かした。
「お望み通り、君の大好きな久遠と同じ死に方をさせてあげるよ」
ようやく二人の姿を認めたのは、青く輝く法力の槍が今まさに振り下ろされようとしている、まさにその時。
「宏基兄ッ!!」
叫ぶと同時、技を放つ。それはほとんど無意識で、二人がいること以外は何も理解できていない状態に等しかった。
「――ッな、」
放ったものは、驚いたように声を漏らす庸汰を正確に捉えた。法力の槍が相殺されて爆散する。
それを確認した後になって、鶫はようやく彼らの状況をきちんと把握した。
木々が焼けたり草が泡を吹いて溶けたようになったりしていることからして、激しい戦闘が繰り広げられていたと分かる。その中に庸汰だけが立っていて、対照的に地面へと体を横たえている宏基の周囲には――血溜まりができていた。
「つ、ぐみ……?」
しかも鶫を呼ぶ彼の頭を庸汰が踏みつけるようにしているのを見、絶句して放心する。
「朝比奈、鶫……」
憎悪の表情で庸汰が呟く隙を見逃さず、鶫は一瞬で間合いを詰めて切りかかった。すると予想通り彼が何とか飛び退いて再び距離を保つ。宏基から引き剥がすことに成功した。
「……止め、刺せなかったじゃん。どうしてくれるの鶫くん」
庸汰もそれに気づいたようで舌打ち混じりに言う。いつも通り、目にはちっとも感情の籠っていない笑顔で。
「鶫……」
鶫はそんな彼を見ながら、どうにか状態を起こしている宏基を庇うようにして、二人の間に立った。
「そんなもの、刺させてたまるか」
自然、顔が歪んでいく。
――今世では俺が、お前を殺す。
相対する庸汰も右半身が焼け爛れていて決して無傷ではなく、宏基が前回の戦いの時と同じ覚悟を以て戦ったことを物語っているかのようだった。命を引き替えにしてでも倒すと、その覚悟が聞こえてくるかのようだった。
「宏基さん!!」
背後で、遅れて到着した瞳子が半ば悲鳴のように宏基の名を呼んだ。駆け寄ってくる足音がして、鶫のすぐ後ろでそれが止まる。鶫はそれに少しは安心して、小さく息をついた。
「庸汰さん、あなた、何ということを……」
瞳子の声が震えている。一瞥をくれた庸汰は面倒臭そうにため息をついた。
二人の久々の対面に、呪いのことを改めて思い出して警戒を強める。呪いを強化するなり更なるものを追加するなりするかもしれないからだ。
「そんな怖い顔で見ないでよ。だいたいさぁ、」
「黙れ。瞳子に呪いを仕掛けただけじゃ足りなくて、宏基兄まで……!」
瞳子に向けての言葉を遮り、腹から叫ぶようにして睨みつける。
「人聞きの悪いこと言わないでよ。殺すか殺されるか、そういうシンプルなことでしょ? この傷見てよ。殺さなきゃ、僕が殺されてた」
それを聞きわざとらしく首を振る庸汰。鶫は二の句が継げなくなって唇を震わせた。
腹立たしくはなるものの、言っていることは間違っていないのだ。確かに戦いなどは食うか食われるか。宏基は負け、庸汰は勝った。それだけのこと。
前世のことだって同じ。騙され、負けたのは自分たち。双念は彼なりの信念を貫き、勝利しただけ。
久遠が「決して人間を殺してはならない」というのを鉄の掟としていたように、双念は「妖怪は殲滅すべし」を揺るがない決意としていただけ。
「ねぇ、鶫くん。味方が負けたのを認めたくないのは分かるけどさ。あまり庇うと、却って宏基くんの品位を落とすことになるんじゃないの?」
悔しいのに言葉が出てこない鶫を嘲るかのように、庸汰がゆるゆると口角を持ち上げている。
「――めろ、」
「自分たちが弱い言い訳に、僕を使わないでよ。僕は妖怪が許せないだけ。君たちを殺したいだけ。他には何もしてないよ」
「やめろよ!」
思わず叫んだところで、
「そんなの、理由になんかならないっ!!」
ひとつの鋭い声が二人の間の張り詰めた空気を割った。
目を見張って視線を勢いよく聞こえた方向へと向けたら、そこにはひな子が立っている。いや、ひな子だけではない。透もいた。
「目的のためなら何をしたって構わないっていうの? そんなの絶対に許されるはずがない!」
強い瞳で庸汰に向かって言葉を向けるひな子は、驚くぐらいに瞳子とよく似ている。
瞳子を見ると、登場には驚いたようにしつつも妹の言葉に同意するがごとく鋭い目で庸汰を射抜いていた。
「だからぁ……何べん言えば分かるの、君らって馬鹿? それなら宏基くんだって一緒だって言ってるの」
彼に視線を戻すと、珍しいほど分かりやすく顔を歪めている。今までほとんど庸汰に向かって何かを言うことのなかったひな子という、思ってもいなかった方向からの攻撃だったからかもしれない。
「違う。宏基先輩はあなたが持ってないものをちゃんと持ってる。おんなじなんかに成り得ない」
「は……? 意味が分からないんだけど」
「大切な人のために戦う人が、あなたと同じところにまで堕ちたりなんかしないっつってんのよ!!」
周囲の空気を切り裂く怒鳴り声。
大きく目を見開く庸汰だけではない。鶫も、透も、瞳子でさえ度肝を抜かれていた。
「……つまり、久遠が抱いてた考えの方が正しいって? みんな幸せに生きましょ、争いごとなんてひとつもないようにおてて繋いで仲良くしましょうっていうのが正当だって?」
頬を引きつらせるようにして笑いながら、冷えた目で庸汰はひな子を見遣る。明らかに殺気立った様子だ。
先日のようにして彼女へ何か危害が加えられやしないかと警戒する。そしてそれは瞳子や透もやはり同じらしい。
「違う。そういうことを言ってるんじゃない。思想に優劣なんかないよ。あたしは、双念の思想も間違ってるとは思わない。法師の思想は過激だけど、それもヒトを護りたいが故だったと思えば理解することはできるもの」
だが、当の本人たるひな子は怯むことなく言葉を続けていく。彼女もまた巫女なのだと分かる、凛とした立ち姿で。
「でも、そのために何の関係もない人を踏みにじるのなら、それはもう正当性も何もなくなる! 正しいとか間違いとかそういう次元じゃない。そのために正しく在ろうとする人まで踏みにじる行為なのよ!! あなたは、自分が誇りにしてるんだろうものまでぐちゃぐちゃにして壊した!!」
「は、どういう意味……」
「先輩たちの誰一人、もう妖怪なんかじゃない。百歩譲って前世のあなたは信念に従った上で久遠さんたちを殺したんだとしても、今世で付け狙う理由にはならない。法師である双念の名の下に今あなたが立っているって言うのなら、法師でありながら人間を殺そうとすることが認められるわけない」
庸汰の顔が、未だかつて見たことがないほどの険しさを持ち――錫杖の遊環が小さく鳴く。
その微かな音を聞き取ったのは、鶫と透だった。
「瞳子、宏基兄をお願い!」
「うるさいんだよ、たいした霊力も持たない小娘が!!」
言葉を残した鶫が透と共にひな子のすぐ傍へ降り立ったのと、複数の法力の矢が猛スピードでひな子に向けられたのは、ほとんど同時。
何とか爪閃斬と炎が打ち消したものの、あまりの強大な法力だったせいで視界が奪われるほどの光が暴発する。
「……前世のあなたは、きっと法師の名の下に久遠さんたちを殺したんじゃない。ただ、気に食わなかっただけだよ。過激な思想なんて持たなくても、幸せに生きていられていた、絆を結べた月読と久遠さんたちが、ただただ。だから宏基先輩とは違う」
静かな声でひな子は続ける。ちらりと鶫が振り返ると、相変わらずの芯の通った強い目で庸汰を真っ直ぐに見ていた。
「だって、教えて。あたしには分からない。妖怪がヒトを殺すことが許されないのなら、ヒトが妖怪を殺すことがどうして許されるの? その矛盾を、あなたも分かってたんじゃないの? 殺すことしかできないから、殺されるんだって」
――どっちかが許されないんなら、もう片方も許される道理はねぇさ。
鶫の頭を、また誰のものかも分からない言葉が横切っていく。
「……めろ、その目をやめろ! あの鬱陶しい奴を思い出す!!」
庸汰が張り上げた声に気を引き締め直しつつも、頭の片隅に引っかかったまま。まるでそれが見逃してはいけない大事なサインのようで。
「鬱陶しい奴、って……」
初めて透が口を開いたが、それは独り言に近い。しかし彼の警戒が強まったように見えて、鶫は少し怪訝に思った。
「ああそうだ、鬱陶しい奴だ。でもまあ、最期は愉快だったか。『久遠を護る』と偉そうな口を叩いておいて、結局虫けらのように死んでいった。いや、殺してやった。久遠との信頼関係さえも壊させて真っ先に! あれほど愉快なことはなかった! あれと同じようにお前も殺してやる!」
透の呟きに少しは冷静さを取り戻したのか、げらげらと笑い転げる庸汰。ひな子に巨大な法力の矢を向ける。
「……っざ、けんな……」
「そのために貴方はいったいどれだけの人間を巻き込んだのですか!! ひな子の言う通り、あなたの思想に正当性なんかひとつもない!!」
「――てめえが卑怯な手を使って殺して、久遠サマから風巻を奪ったんだろうが!!」
気色ばむ透と瞳子、重症の身であるのに振り絞って怒鳴る宏基。三人は一斉に庸汰の攻撃を防いで反撃しては、強力な結界に弾かれている。
前世の記憶を持つ者で状況が分かっていないのは鶫だけ。取り残されているのは、自分だけ。
シマキ。
だが、そのたった三音に、頭がずきずきと痛む。脳が揺らされている。この状態は少し前にも覚えがあった。記憶を取り戻す寸前のようなのだ。吐き気がするほどの激痛が襲い始める。
「鶫先輩?」
同じく状況が分かっていないと見えるひな子が、鶫の様子に気づいて肩に触れてきた。その僅かな感触さえ痛みに拍車をかけて、呻くようにして額を押さえる。
出血が悪化し倒れ込む宏基を支えている透を手助けに行かなければと思うのに、動けない。
「鶫先輩!?」
膝をついた鶫の傍にひな子が膝をつく。その声で状況に気づいたらしい瞳子も驚いたように駆け寄ってくる。
「鶫さん……っ」
不安げに揺れる瞳子の呼びかけに答えたいのに。
「ねぇ、鶫くん。君一人だけ何にも分かってないね? なーんにも」
大丈夫だと言いたいのに、言わなければいけないのに。庸汰の声がぐわんぐわんと脳内で反響して、胃が誰かに思い切り握られているかのようにむかむかする。
「庸汰さん……貴方やはり、いえ……まさか」
鶫の背中を繰り返しさすってくれている瞳子の声が、これまで聞いたことがないほどに震えていた。しかし庸汰は相変わらずの笑顔のままで言い放つ。
「可哀相だね。あーんなに大事なお義兄さんのこと、何ひとつ覚えてないなんて」
オニイサン?
お兄さん。お義兄さん。
意味が脳にじわじわと浸透していくに従って、心臓がぴたりと動きを止めた。
――天狗と猫又の義兄弟とか、中々聞かねぇ話だなー。
――ね! 中々どころかここぐらいじゃない?
――いーんじゃね? 異種族同士がおんなじよーに、ってお前の夢の第一歩ってことでもさ?
明るい笑顔が、眼裏をよぎっていった。
「――……あ、」
どくり、と鼓動が再開する。
『……か、』
頭の中で、久遠が泣き叫んでいる。ただひとつの名前を呼びながら。
「鶫さん!! 鶫さん!?」
瞳子が体を支えてくれても間に合わないほど全身が震えて止まらず、崩れ落ちる。
――……ありがと、紅霞……。
「あ、あああああああああぁぁあぁ!!」
絶叫して頭を抱えて掻き毟っても、どれだけ自分を呪っても、事実は消えない。
――おれも、何処にいたってお前を見つけるよ。
――何だよ、探しにまできてくれんのか。
――おれ、一人が一番嫌いなんだもん。
自分は、忘れていた。約束したのに。どこにいても必ず見つけ出すと、誓ったのに。
ぼたぼたと涙が散っていく。
――風巻大好き!!
――あーはいはい、忙しいなお前は。
誰よりも大事だったのに。
『嫌だ、置いていかないで。謝らなくていい。おれを嫌いになったって憎んだっていいから、約束なんていいから、だからただ、帰ってきて。帰ってきて。お願いだから――!!』
久遠が叫んでいる。泣いている。ただ一人の名前を呼んで。
『――帰ってきて、紅霞……』
それを感じながら、鶫はふらりと立ち上がった。
手が震える。妖力が制御できずに跳ね上がる。憎悪が体全体を支配する。
「なん、で、」
――風巻は、絶対幸せになってね。
誰よりも幸せになってほしかったのに。どうして。どうして。どうして。
――お前だけの責任じゃない。生きて約束を果たせなくてごめん。生きろ。
どうして奪っていった。
「何で風巻を殺したあああああぁッ!!」
叫んだ時にはもう、庸汰に切りかかっていた。
「鶫さん!」
「鶫!? やめろッ!!」
そんな制止も、聞こえないままに。




