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月光に救われた少年

 雲の隙間から零れる日の光が美しくて、よく見上げた

 あの筋を通って死者の魂は天へ昇っていくのだと 誰かが言った



   ● ● ●



 鶫は、図書室にいた。

 それ自体は何らおかしなことではない。彼は暇さえあればしばしばそこにいる。

 しかし、ひとつだけおかしな部分が確かにあった。

「あの、これはどこですか……」

「番号的に目の前の棚だよ」

 にこりと微笑みを湛える相手のブレザーには、『Ⅲ』のバッジが止められている。

 彼の正体は図書委員長。

 実は図書委員だったらしい透。しかも今週は彼の当番週だった。けれども彼はあの通り動かせない状態であり、学校自体を休んでいる。その分の穴を、次の週が担当だったという委員長が埋めている――とは、その委員長本人の言だ。

 そして鶫は今、なぜか図書委員の仕事を手伝わされている。

 今日は返却だけして早く帰ろうと思って図書室を訪れたら、委員長と目が合った。その瞬間微笑みを浮かべられ、何となく嫌な予感が背筋を駆け抜けたが、捕まってしまったのが運の尽き。返却された本を基の棚へと戻す作業へと引っ張り出されたのである。

 図書室に通い詰めている鶫は、委員長とは挨拶を交わす程度には交流があった。しかし言ってみればそれだけであり、あまりに唐突な出来事に元来の人見知りを発揮して目が見られない。

「透くんから、いろいろ話聞かされてるんだよ」

 柔らかく、のんびりとした口調。絶えない笑みと、色素が少し薄い目と髪。威圧感を与えてくれるようなタイプではないことが幸いだ。

「え、色々って……」

「一年生の有名人の、雪代さんだっけ? あの子との仲がじれったいとか何とか」

 鶫は思わず本を取り落としそうになってしまった。

「え、な、え!?」

「しー。静かにしないと、朝比奈くん」

 何とか手に力を込めて落下は阻止したものの、声を潜めることにまで意識を遣ることは間に合わず。注意されてはっとするも、テスト期間が終了した直後であったことが幸いして、人影はまばらだった。

 目の合った数人に頭をぺこぺこと頭を下げてから、委員長に視線を向け直す。

「どういうことですか……?」

 思い切り怪訝な表情になっていたからであろうか。彼はくすくすと笑って、作業を一時中断した。

「朝比奈くんが煮え切らないって」

「ぼ、ぼくが……煮え切らないって、何ですか……」

「きっと雪代さんが好きなんだろうにって言ってたよ」

 鶫はぽかんと固まってしまった。

 ――ぼくが、瞳子を、好き。

 放心している彼の手から委員長はマイペースに本を取り上げ、あるべきところに収めていく。

「『さよならだけが人生だ』だよ、朝比奈くん」

 最後に残っていた一冊は、鶫が今日返却したもののひとつ。太宰治の『グッド・バイ』が表題作となっている短編集だ。

 「さよならだけが人生だ」。それは太宰の師匠である井伏鱒二が、于武陵うぶりょうの漢詩『勧酒』を訳したものの一部。『グッド・バイ』を書き始めるにあたっての前書きに、太宰がそれを載せていることでも有名だ。

「一期一会。出会いを大切にしないと。後悔してからじゃ遅いって、昔から言うでしょ?」

 微笑みが目の前で揺れるが、鶫は言葉が出てこなかった。

「……手伝ってくれてありがとう。もう大丈夫だよ」

 笑顔で送り出されて図書室を出てからも、鶫の頭の中には委員長の言葉がぐるぐると回っていた。

 彼もそこまで鈍くはない。自身の抱いているものには気づいている。

 瞳子が好きであること。

 彼女の笑顔から目が離せなくなったり、手から伝わってくる温度に心地よくなったり、呪に奪われそうになると知って半身をもがれたような痛みを感じたり。

 それは総て、瞳子を愛おしく思っているが故。

 だが鶫にはひとつ、思い悩んでしまうことがあった。


 この想いは、久遠が月読を愛しく思う感情とは異なっているのだろうか?


 鶫にとって久遠は自分の前世であるが、決して同一人物ではない。それが分かっているからこそ苦悩してしまう。

 自分の前世である久遠が、瞳子の前世である月読を想う気持ちと同化してしまっているのではないか。『瞳子として』ではなく、『月読として』想っているのではないか。

「鶫さん」

 思考に沈みかけていた彼を浮上させたのは、そんな透き通った呼び声だった。

「……瞳子」

 鶫は少しばかり、いやだいぶ驚いた。目の前に現れたのは今まで思考を占拠していた人、まさにその人物であったからである。

「どうなさったのですか? そんなに驚いて」

 あまりにも真ん丸に目を見開いたためだろう、彼女はくすりと笑う。

「ちょ、ちょっと考え事してて……今帰り?」

「ええ。少し先生にクラスの仕事を頼まれてしまいまして、こんな時間に」

 瞳子はクラス委員だ。そういう仕事を放課後に片付けていることは確かに多い。

「そっか。ぼくも今帰りなんだけど……一緒に行く?」

 小さな声で尋ねる。

 庸汰とのことがあって以来、鶫は登下校に気を張っていることが増えた。さすがに人が多いところでは襲ってこないだろうと分かっているから、学校の敷地内に入るときは安心するし、そこから出るときは緊張する。

 なるべく一人で行動しない方がいい。しかし、まさか家族には相談できない。そうすると必然的に、同じ秘密を共有する者同士で行動することも増えている。

「ええ。帰りましょうか」

 にこりと笑う彼女に笑みを返し、並んで靴を履く。連れ立って歩き出すと、どんよりと重い雲が雫を落とすのが視界に入った。

「今日は一日中雨だね……」

「そうですね。梅雨らしいと言えば梅雨らしいですが」

 ばんっという軽い音を立てて、瞳子の手にしていた白い傘が開かれた。骨によって八つに分かれた傘布の、一区画だけに青い小花が散りばめられている。露先も花と同じ色。彼女らしい上品なものだった。

 夏服になり、男女共にブレザーがなくなった。中間服ということでベストを身に着けてはいるものの、白いブラウスが元々白磁のように美しい彼女の肌を余計際立たせて、少し眩しい。傘も拍車をかけている。

 しかしその白さを蝕む黒がある。長袖しか身に纏えていないのも、その黒さのせい。

 あまりに白すぎて、黒に滲んで消えてしまいそう。思わず手を伸ばしかけたところで、

「鶫さん?」

またもその澄んだ声に呼び戻された。

 彼女はいつまでも手に持っている傘を開こうとしない鶫を不思議そうに見ている。それに慌てて自分の紅い傘を開いた。

「鶫さんの傘、綺麗な紅色ですよね」

 ようやく隣に並んだ彼が差すものを見ながら、柔らかく微笑む瞳子。鶫は傘の柄をしっかりと握りしめながら頷いた。

「うん。何か、昔から紅が好きで。何でだろ、自分でも分かんないんだけど。ランドセルも黒は嫌だ赤がいいって言って随分困らせたみたい……ぼくはあんまり覚えてないけど、母によく言われてからかわれる」

「今でこそランドセルはカラフルですけれど、私たちの頃はまだ、変わり種と言っても男の子は青、女の子はピンク、ってところでしたものね」

 懐かしい頃の話を少しばつが悪そうにして話すと、彼女は鈴を転がすようにしてくすくすと笑う。

「うん。結局説得されて黒いランドセルを祖父母に買ってもらったんだって」

 その笑い声が心地よくて、もっと聞いていたい。

 しかしそこで視界を掠めるのは、彼女と瓜二つの――しかし全く別人の横顔。

 ――久遠さん。

 胸を鈍く痛ませるこの感情は、久遠のものなのか、それとも鶫のものなのか。

「鶫さん、どうかしましたか?」

 瞳子が足を止め、こちらをじっと見ている。心配そうな目で。

「あー、っと……」

 それに言葉に詰まる。心配をかけていることに対しては申し訳なく思うも、何と言ったものかが分からない。

 鶫が黙り込み、瞳子はそんな彼が言葉を発するのを待ち、二人の間に沈黙が流れる。

 どれぐらいの時間が経ったか。

「……少し、お付き合いいただけませんか?」

 破ったのは、瞳子だった。

「え」

「ね。少しだけ」

「ちょ、瞳子!?」

 袖を摘ままれて連れていかれた先は、バス停。ちょうどやってきたバスに乗り込んだが、ただし二人が通学に利用する路線のものではなかった。

 目を瞬かせるも、柔らかいのに有無を言わさない笑みによってそれを封じられる。仕方なく、鶫は大人しく吊り革に掴まった。瞳子はそれにまた笑って近くのポールを掴む。

 帰宅時間で混み合った車内、二人の距離は必然的に近くなっていた。

 じっと窓の外を見ている彼女の長い睫毛が頬に影を落としていて、鶫はしばしの間それに見とれてしまう。するとタイミング悪くバスが大きく揺れた拍子に肩が触れ合い、瞳子がこちらに顔を向ける。

 その拍子に合った目。

 互いに少し目を見張って、しばしそのまま顔を見合わせた。それから気まずい表情をしてそっと逸らす。

 彼は自分の耳が赤くなっている気がして仕方がなかった。が、ちらりと垣間見ると、俯き気味に立つ瞳子の頬もほんのり桜色に染まっている。

 それが恥ずかしいような、はたまた心地よいような。不思議な感情に包まれながら、バスの揺れに身を任した。

 しばらくして瞳子が降車ボタンを押す。そこはよく見覚えがある場所だった。

 それにしてもなぜここに、と考え込みかけて、はっとする。それは降りていく瞳子が見えたからで、慌てて追いかけた。

「自然公園……」

「はい。きっと紫陽花が美しいですよ」

 彼女は微笑んで敷地内に入っていく。

 どうしてここに来ようと思っていたのかは分からないが、確かにその言葉通り、今が盛りとばかりに咲き誇る紫陽花たちが華やかに迎え入れてくれた。

 鶫はその赤や青、紫を眺めつつも、懐かしさに目を細める。

「本拠地の近くの森、ですものね」

「うん。子供たちがよく遊んでた」

 だが、瞳子の目的は紫陽花ではないらしい。

 急ぐ様子ではないものの、どこかを目指して真っ直ぐに向かっていく。何も言わずに従っていたが、間もなく鶫にも彼女が連れていこうとしていた場所に思い当たった。

 それとほぼ同時、瞳子はにこりと笑って歩みを止める。

「桜……」

 鶫は呟きながら木を見上げた。

 この時期だ。花はない。だけどこの桜は、二人にとって特別。

「はい。久遠さんに出会わせてくれた桜です」

 あの頃すでにもう若木ではなかったが、今や樹齢数百年と言われる巨木になっている。二人に時の流れをまざまざと感じさせた。

 しばし無言で見上げてから、ロープと杭で作られた囲いのぎりぎりまで近づいていく。

「あの日、月読は桜の傍に妖怪が佇んでいるのを見つけて、それが噂の『久遠』だと分かって、退治しに向かったのですよ。そして声をかけると同時に攻撃して」

「久遠は桜を傷つけたくなくて、月読の言うところの『珍妙なこと』を理由にして戦いを避けようとしたんだよね」

 くすりと笑うと、瞳子は少しばつが悪そうに笑った。そして再び木を仰ぐ。

「月読は毒気を抜かれたものです。でも、思えばあの日から――」

 言葉は中途半端に掻き消え、続かない。

 鶫は彼女の視線を追い、同じように桜を見つめ、雨粒が鮮やかな緑を叩いて軽やかな音を立てるのを黙って聞いていた。葉から落ちた雫は更に傘布を叩いて、耳を退屈させない。

「……具合は、どう?」

 数分そのままで待っても彼女は何も言わないので、今度は自分から話しかけようと彼は少し躊躇いがちに尋ねた。

「宏基さんの痛み止めのおかげで、だるいですが何とか」

 それに鶫を移した瞳子の微笑みに、胸がずきずきと痛む。

「――絶対、絶対に、死なせないから」

 庸汰の黒さを孕んだ笑みが眼裏をちらつく。寝ても覚めても消えない。

 怖くて怖くてたまらなかった。前世と同じように、大切な誰かが奪われてしまったら。瞳子が、死んでしまったら。悪夢に魘されて飛び起きることも増えた。

 そこでふと思考が止まる。

 瞳子を喪いたくないというこの思いすらも、久遠に支配されていると自分は言うのだろうか、と。

「ええ。……そう簡単に死にませんよ。大丈夫です」

 不敵な笑みを目にして、反射的にこぼれていた。


「瞳子は……前世の感情と、自分の感情と、区別がつかなくなること……ない?」


 瞳子が目を見張っている。

 それを見て自分が何を言ったのかに改めて意識が向き、はっとした。

 何を言っているのだと焦り、何でもないという台詞が喉まで出かかる。が、彼女が真剣な目で考え込んでいるのを見て慌てて呑み込んだ。

 長い間が空く。発した本人がよく分かっていない質問だったというのに、瞳子はそれだけ真面目に考えてくれているということ。それが鶫には何となく嬉しかった。

「考えたことも、なかったです。ですが考えたことがなかったのはつまり、自分の一部だから――ではないでしょうか」

「自分の、一部?」

「はい」

 目を瞬かせると、瞳子は笑う。

「前世と今の私は確かに違います。違います、けれど……間違いなく、形作っているもののひとつだと思うのです」

 そして傘を持っていない左手をそっと自分の胸に当てた。その仕草を怪訝に思って首を傾げる彼に向かって、強い目で告げる。

「彼女の無念も、後悔も、愛情も……その他様々な思いは、総て彼女のあるものです。でも、それと同時に、私のものでもあります」

 桜を見上げる彼女の瞳はどこまでも綺麗で、その黒曜石のような煌めきに鶫の視線は吸い寄せられた。


「背負い込んでいるわけでも、彼女の思うままになっているのでもなく……ただ、彼女の好ましいと思うところは見習って、後悔は繰り返したくないだけです。私は私で、大切にしたいものを大切にするだけです」


 惑わされていたものが一気に払われていくような感覚がする。周囲の景色を覆ってしまっていた霧が一気に晴れていく。

「そ、っか……そうだよね」

 思わず笑いが込み上げてしまい、肩が震える。

 こんなにも単純な話だったのに。

 そのままくすくすと笑っている鶫にきょとんとした表情を見せる瞳子。今までのきりりとしたものは影を潜め、『巫女』ではなく、『少女』の顔が覗いた。

 果たして彼女のこんな一面を、彼女を取り巻く周囲のいったい何人が目にしたことがあるだろう。こうして秘密を共有して語り合うことができるだろう。

 それに優越感を抱いている時点で、答えなんて決まっている。

 いつもいつも、彼女には教えられ、救われてばかりだ。

 手から離れた紅い傘が宙を舞う。

「――っ!?」

 瞳子が大きく目を見開いているのが見えた。

「鶫、さん……?」

 戸惑いに揺れている声を聞きつつも、腕に力を込める。彼女の体が硬直しているのを感じ、白い傘が視界の端で弧を描いた。

 彼女の反応の数々は至極当然のことである。瞳子は、鶫によって抱き寄せられていたのだから。

 茹でダコのように赤くなっている様子に鶫は少しだけ笑って、耳元に口を寄せる。

「瞳子、」

 彼女の体が熱い。自分の体も熱い。心臓が口から飛び出してしまいそうで、彼女のことをこれでは笑えないと自分にも笑う。


「……好きだ」


 雨が周囲を叩く音が響いているはずなのに、その言葉を口にした瞬間は不思議と世界が静まり返った気がした。

 余韻が消えてもしばらく、雨音以外には何も聞こえない。

「瞳子? とーこ?」

 真っ赤な顔のまま瞳子が半ば放心しているのを見て、軽く揺さぶる。自分の耳も赤くなっている気がするけれども、それに構っているいとまはあまりなかった。

「――っ、え、い、今……なな、何て、」

 はっとした表情を見せた彼女は、恐る恐るといった様相で確認してくる。

 もう一度言うことに気恥ずかしさはあるものの、彼女の不安のようなものがそれで取り除けるのならば、何度だって言葉に変えようと思う。

「……好きだ、って言った」

 ぱくぱくと魚のように口を開閉させる瞳子。あまりのことに情報処理が間に合っていないのか、言葉が出てこないらしい。鶫はまた笑みを零しながらもぎゅっと引き寄せた。

 拒絶されることはなく、むしろ躊躇いがちではあるが背中に手を回し返された。それが嬉しくてたまらない。

「瞳子、は?」

 反応を見れば、彼女の言いたいことは分かる。だけれども確認したくなってしまう。

 それは後悔を繰り返したくないと、彼自身そう思っているからかもしれなかった。瞳子が言ったように。

 互いに互いの感情を何となく察しながらも、「妖怪だから」「巫女だから」と理由をつけて言葉を交わさなかった。それが久遠の強い悔恨が焼き付いていることのひとつであるのを、鶫は誰よりもよく分かっていた。

「……、です」

「え?」

「わ、私も、……好き、です」

 その思いが伝わったのかどうか。震えた小さな声だったけれども、彼女は返してくれる。

 それにますます愛しさが湧いて、彼女を抱く腕にぎゅっと力を込めた。

「うん。ありがとう」

 雨が降り注ぐ。二人の体が濡れていく。

 このままでは瞳子の体が冷えて体調によくないであろうことに気づき、一度離そうとした。しかし彼女の腕がしっかりと鶫を捕らえて離さない。

「瞳子?」

「約束、してください」

 顔を覗き込もうとすると、胸に埋められてしまって見えなかった。目を瞬かせる彼の様子に気づいているのか、今度は服の背中を掴まれる。

「もう一度だけ、約束してください。簡単に人間としての生を手放すような真似はしないと」

 その言葉ののち、ようやく顔が上げられた。今にも泣きそうに歪んだ瞳。服を掴んだままの震えた手。彼女がどれだけ不安に思っているのか、それだけで容易に察することができた。

「もちろん、約束、するよ。破らない。絶対に」

 小さく笑ってみせて、もう一度彼女を抱きしめる。

「――久遠っていうのは、月読とおんなじように名跡なんだ」

 唐突な話し出しに瞳子が目を瞬かせているのを見つつ、また耳元に口を寄せた。

「本当の名は、……春永」

 口にするときに緊張するのは、前世のときと同じだった。

「はる、なが……?」

 彼女の形のいい唇が繰り返す。しっかりと頷いて、瞳子の目を覗き込んだ。


「ぼくを思い通りにできるのは、瞳子だけだよ」


 真名を知られると、その人の思い通りになってしまうという。


 驚いた顔のまま固まっていた瞳子はやがて破顔し、何度も何度も頷く。鶫は安心から大きく息を吐き出して、――そして気づいた。

 ――つまり、永遠、ってか。久遠も、春永も。いい名前じゃん。

 誰かが昔、そう言った気がすることに。

 真名は普通、親や君主にしか知らせないもの。親を早くに亡くし、君主などいなかった久遠が、誰に教えたというのだろうか。

「……鶫さん」

 眉を顰めるのとほぼ同時、瞳子が鶫から体を離して見上げてくる。

「ひとつ、お聞きしたいのです」

 先ほどと同じ真剣な目で。

「何を?」

「……貴方は、前世で――」

 首を傾げた鶫に向かって、彼女が躊躇いがちに話し始めた時だった。


 馴染み深い妖気が襲いかかってきて、肌を刺す。


 鶫は思わず勢いよく振り返った。瞳子も気づいたようで、息を呑んだ音が彼の鼓膜を揺らす。

「宏基、兄……」

 無意識に呼ぶ。

 この妖気は、寒露と同じ――と考えて、はっとする。

 同じであるということは、つまり。

「完全変化(へんげ)……?」

 そう呟いた時にはもう、足は動き始めていた。

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