歯車を回すのは、誰
ふっと目を開けた時に最初に視界に入ってきたのは、薄明るい天井だった。
とうとう戦いの日の朝がやってきたらしい。
そのままで数回瞬きを繰り返し、体中にあたたかい血が巡っていることを確認する。それと共に緊張も一瞬で全身に回って抜けていく感覚がしたのを確認してから少し息をついた。
これは儀式のようなものだ。一人で生きていた頃、戦いもまたおれ一人のものでしかなかった。だけど今回は、『団長』として臨むことになる。おれの命は、おれだけのものではない。それを己に刻み込むための、個人的な習慣だ。
欠伸を漏らしながら起き上がって大きく伸びをすると、やはり目を覚ましていたらしい風巻も上体を起こしたのが視界の端に映った。
「おはよう風巻」
「おー、おはよ」
笑顔で声をかけると、伸びをしながら返してくれる。おれはそれに笑顔を深め、伸ばしていた腕を降ろした。
「顔洗いに行くかぁ」
水に濡れるのが苦手だから普段は厭うところだが、気合を入れ直すべき今日という日には進んでやりたくなるから不思議だ。
「オレは髪梳いてから行くわ」
寝床を片付けている風巻に頷いて、顔を洗って着替えを済ませる。
いつもはあまり着ることのない、派手な色目の着物。戦場だとかなり目立つが、これでいい。
月読から預かった鏡と風巻からもらった懐刀を落とさないようにしっかりと仕舞う。
開け放たれた部屋を区切る襖の向こうで、風巻が外を眺めている。おれも釣られてそちらを見遣ると、雨は止んでしまっていた。
「止んだね」
「止んだなぁ。もうちょっと降らせた方がいいのか……?」
「うーん……まだ降らせることはできるだろうけど、諜報からの連絡によりけりだな……」
雲の色は未だにどんよりと重い。団員の雨女たちに協力してもらえば降らせることは可能だろう。作戦では川を決壊させなければならないのだ。雨量が足りなければ実行できない。
「そうだな。川の様子次第? つーか、また目立つ色着てんなぁ、珍しく」
そう言う風巻だって珍しい格好をしている。
いつもは一部分を紐で結っているだけでほとんど下ろしているのに、今日は髪をきちんとひとつにまとめている。そして着物も、通常は男性にしては派手なものばかりを着ているのに、落ち着いた色なのだから。
彼の今日の役割は奇襲だ。目立ったら意味がないし、当然と言えば当然かもしれない。
「ああこれ? 敵さんから分かりやすくはなるけど、皆の士気は上がるだろ。あと、首取れるもんなら取ってみろ蹴散らしてやるーみたいな、自分自身に対しても活」
体を伸ばしつつ、川のある方向を見つめた。昨晩の内に指示しておいたから、諜報が行っているはず。確認しなくてはならない。
「お前らしい理由だなー。まあいいんじゃね、似合っててさ」
「ありがと。でも何か、お互いの着物、いつもと反対だな」
くすりと笑って、自分と風巻で視線を往復させる。
おれは普段地味な色を好むし、風巻は周知の通りだ。まるで着物を交換したみたいで少し可笑しい。
「まあ、奇襲隊が真っ赤っかでも困るだろ」
風巻も同じようなことを思ったのか、けらけらと声を上げて笑っている。
「そりゃ困る。目立っちゃ意味ないし」
おれも笑い返してから、深く息を吸い込んだ。
去来する様々な思い。なるべく戦いを避けようとしたこと。その間に殺された団員の少女。
争いに一度足を踏み入れれば、もう二度と戻ることは許されない。
昨日風巻が呟いた言葉を復唱するようにして、吸ったものを吐き出す。
「……じゃ、行くか」
ここからは『義兄弟』ではなく、『団長と第一幹部』に。
心中で呟いてから一歩踏み出した。
「ん。……武運を、団長」
応えるように返してくれた風巻を振り返り、笑みを返す。
「――頼りにしてるよ、第一幹部」
右腕となれるのは寒露だけ――そして、背中を預けられるのは風巻だけ。
風巻を従えながら、皆が待っているだろう大部屋へと入っていく。おれたちの姿を認めた途端に深い一礼を見せる皆に微笑みつつ、自分の位置に腰を下ろす。
風巻も座ったのを確認してから、一同をぐるりと見渡した。
団員たちの表情は様々だ。明らかに緊張していて硬い者、戦いが楽しみで高揚しているらしい者、真面目におれを見返してくる者。
「さてと。皆それぞれ楽しみだったり緊張してたりする奴らがいるみたいだけど。まずは飯をしっかり食べて力つけようか。じゃないと疲労で動けなくなるからなー」
肩の力を入れすぎてもいいことはない。そういった感情を一度解させるために、口角を持ち上げて笑ってみせた。
漂っていた空気が少し緩んだのを肌で感じ、再び笑ってから食べ始めの号令をする。いつも通りに近くなった雰囲気の中、おれも普段と同じように子供たちの様子を見守りながら食べ、終わった後にも号令を済ます。
膳を下げていった係の者たちが戻ってくるのを待つ間、またも緊張や高揚が室内を占拠し始める。
幹部たちでさえ、いつも通りのしかめっ面で腕組みをしている寒露、風巻と同じように髪をひとつに結い上げているぐらいで変化はない玻璃が、雪水や黒鉄、鈴菜という幹部たちでも様々な状況だから、仕方がないといえば仕方がないかもしれない。
風巻は自分以外の幹部の様子を眺めるなどしているし、問題なさそうだ。そもそも彼についてはあまり心配はしていないけど。
そんなふうに辺りの状況を把握しているうちに、係の者たちが帰ってきた。座り直したのを見ながらもおれは立ち上がる。
団員たちは一斉に一礼してからおれをじっと見つめてくる。またもぐるりと見渡して、薄く笑ってみせた。
「皆、それぞれいろいろ思うところはあるだろうけど。すでに昨日のうちに細かい指示は済んでるし、これが終わったらそれぞれ持ち場に向かってもらう。だから、おれが言いたいのはひとつだけ」
真剣で真っ直ぐな視線がおれに集まっていて、こういうときに自覚する。
おれの命は、決しておれだけのものではない。自分の命を守ることは、こうしておれを頼ってくれる人たちを護ることなのだ。
「勝って帰ってこい。行くぞ」
腹から出したような声が綺麗に揃う。立ち上がった団員たちはどんどんと外に出ていく。
他の天狗たちと合流した風巻の傍を通り過ぎる時、おれは小さく耳打ちした。
「風巻。分かってると思うけど、本拠地の方で投降したいって人は殺さずに連れてきてくれ」
おれたちの目的は滅ぼすことではない。共に生きることだ。種族関係なしに、『生きる』ことなのだから。
「勿論」
一番長く一緒にいる彼は、言うまでもなく分かっていたらしい。短くそれだけを返して歩いていく。
意思疎通が図れているのは嬉しいことだ。少し笑って、おれも外に出た。
その時ちょうど諜報の者たちが戻ってきた。川は結界寸前らしいが、まだ足りないだろう。風巻や雨女たちに頼んで再び雨を降らせてもらうことにして、声をかけた。
静かに降り始めた雨は視界をけぶらす。何処か懐かしくなった。
ああ、そうだ。月読と初めて会った日も、こんな雨が降っていた。つい最近の出来事なのに遠く感じる。感傷的になっているのかもしれない。
回想と共によぎった酸と雨女の血の臭いを振り払いつつ、歩き始めた。
「視界あんまりよくはないけど、皆、行くぞ。風巻、そっちは頼んだからなー。またな!」
本隊参加者に声をかけ、続いて奇襲隊を率いる風巻に声をかける。
「はしゃぎすぎてすっ転ばないでくださいねー」
皆の前だからかいつもより口調は丁寧なのに、扱いは変わらないというところが彼らしい。
「転ばないから!」
しっかり言い返し、建物を振り返った。
子供たちや非戦闘員を守って本拠地に居残ることになっている鈴菜が、まっすぐに視線を返してくれる。彼女が大きく頷いてから深々と頭を下げたのを確認して頷き返し、歩き始めた。
飛び立った奇襲隊はあっという間に小さくなって見えなくなる。
緊張が高まっているのか、本隊組たちは言葉少なである。幹部たちがそれぞれ自分たちの部下をしっかりと従えているのを確認しつつ、おれは前方に目を遣った。
川までさほどの距離はない。幅が広い川でもないため、向こう岸もよく見える。ただし、晴れていれば、だが。
視界がよくないのはこちらにとっても不利ではあるが、こういうところにも利点がある。
「久遠サマ。相手は水の扱いが得意な妖怪です。あまりお一人で突っ込まずに、」
「ああ。お前と玻璃と、雪水は得意な相手だろ。もしもの時は勿論ちゃんと協力してもらうよ」
耳打ちしてきた寒露に笑ってみせる。
東の団の団長は女。絡新婦――普段は美しい女に化けている蜘蛛妖怪だ。
元々が男を誑かし滝壺へと引きずり込む妖怪であるため、水の扱いは比較的得意なはず。水が苦手なおれよりは、この天候でも自由に動けるのではないだろうか。
だがそういうときのために、幹部たちがいる。
寒露は蛟、雪水は雪女で、どちらも水の扱いが上手い。玻璃は炎で水を相殺できる。安心して周りを任せられるというものだ。
「……分かっておいでなら別にいいんです!」
暗に頼りにしていると言ったからだろうか。寒露はいつもより少し上機嫌な様子で少し後ろに下がった。
玻璃と雪水は一連の流れを見ていたようで、前者は楽しげな笑顔、後者はますます引き締まった様相になっている。
「オレはじゃあ皆が引きとめてくれたのを噛み千切るかなー」
頭の後ろで手を組んだ黒鉄は笑い声をあげている。
そんな彼らの様子にくすりと笑いつつ、川の少し手前の目立たない位置で立ち止まる。
川はいつ決壊してもおかしくはないほどの増水の具合だ。濃い水の匂いをいっぱいに吸い込み、耳を澄ませる。
感じた。匂いと音の差。時は近い。
「……来る」
呟くとほぼ同時、察したように玻璃と雪水がそれぞれ炎と氷で四囲に壁を作る。
次の瞬間だった。
川から濁流が溢れる。ごうごうと流れ出る。紙一重で保たれていた器の中の水が、更に落とされた一滴で許容量を超えて零れる。まるで大蛇や龍のようにうねる大水が、周りのものを押し流していく。
あちら側から怒号と悲鳴が聞こえる中、おれたちは動じることなく、じっとそれを眺めていた。
まさか予測などできなかっただろう。ぎりぎりのところで保たれていた川の均衡を破ったのはおれたちの仲間だ。唐突な洪水を防ぐなど不可能に近い。
本隊が本拠地を出る少し前のこと、数人の河童たちが先駆けとして出発していた。大量の水を支え続け削られていた土手の一部分――もちろん東の団の軍勢がいる方――へ、彼らに協力して穴を開けてもらったのである。
弱点の生まれた堤は、そこから一気に崩壊する。念のため玻璃と雪水が張ってくれた盾もほとんど活躍することはなく、水はあちら側へ滔々と流れて、敵は押し流されていく。案の定、今では少し前までと比べて明らかに感じる妖気の数が減っていた。
やがて、流れが落ち着いていく。叫び声ばかりが響くあちら側とは対照的に、こちらには静けさが舞い降りた。
水と泥の臭い。鼓膜を揺らす悲鳴。それを総て受け止めて、おれは大きく呼吸をした。
「――行くぞ」
もはや、言うべきことはそれだけ。
脚に力を込め、氷の壁を中継にして一気に跳び上がる。団員たちがどよめいている気がしたが、気にしない。その勢いのままに急降下し、準備していた技を両手で放った。
断末魔の声を上げて倒れる十人程度の敵たち。その周囲にいた者は目を見開いて固まっている。まさかこの状況で敵襲があり、しかも相手方の団長が一番乗りをしてくるなどと思ってもいなかったのだろう。
おれは彼らに対して満面の笑みを浮かべてみせた。
「中央の団に喧嘩を売るってのがどういうことか、その身を以て味わえ」
気を取り直して襲いかかってくる敵を、右手から技を放つことで一気に払う。
血飛沫の中、寒露がおれのすぐ右に着地した。そして瞬きひとつの後には、左に玻璃が着地する。さほど離れていない位置にも雪水と黒鉄の妖気。他の団員たちが追いついてきたのも感じる。
一番強い妖気は此処からだとまだ遠い。団長の首を取らなければこの戦いは終わらない。早いところ辿り着かなくてはならない。
「久遠サマ。無理をなさらない程度に暴れてください」
「暴れるなって言っても無理でしょうしねぇ」
ぬかるんだ足元の中でもぐらつくことのない、頼りになる第二第三幹部たちの立ち姿。おれは二人に笑い、敵が放ってきた鉄の塊を切り刻んだ。
「あたしに炎で刃向かおうなんていい度胸じゃない?」
間もなく飛んできた炎を玻璃は相殺し、諸共掴み上げるようにして自分のものにしてしまう。そのまま辺り一帯へと業火を広げ、跡形もなく敵を燃やし尽くす。
寒露はそんな玻璃には一目もくれない。彼女は強い。一切心配などしていないのだろう。玻璃と背中合わせになるようにしながら彼は無言で大量の毒気の針を作り出し、鋭く投擲して相手の生命を奪っていく。
と、部下たちに注目していたら、割と傍に敵が来ていた。技を放とうとした寸前、氷の槍が目の前を横切っていった。飛んできた方向に目線をやると、予想通り雪水がいる。
「久遠さまに手出ししようなんて千年早いわよ!!」
叫んだ彼女は周囲に満ちた大量の水分を利用して吹雪を引き起こし、敵を次々に凍らせていく。肉体が耐えられる温度を優に下回ったのちには敵の体は粉々となり、細かい氷の粒へと姿を変えた。
「あんまり熱くなりすぎんなよ雪水……」
少し苦笑いを零しながら黒鉄は両手を地面に向け、ばらばらと鉄を降らせる。地面に落ちるとそれは無数の小さな鼠へと形を変えた。鼠たちは一気に敵へと襲いかかり、がりがりと音を立てながら敵を食らっていく。
ただの鼠ならまだしも、一匹一匹が鉄の歯を持ち、しかも数えるのも億劫になるほどの数がいるのだ。瞬き数度で敵は骨へと姿を変えた。
他の団員もそれぞれの特性を生かして戦っている。何と頼もしいことだろうか。それぞれが相性を考えて、敵の攻撃から味方を護り攻撃する。一番の戦い方だ。
「さて」
呟いて、にいっと口の端を持ち上げる。
飛びかかってきた蛟の腹に風穴を開け、もう片方の手も使ってその穴を広げるようにしながら真っ二つに引き裂く。続いて飛びかかってきた土蜘蛛を蹴倒して踏み潰し、妖狐の放ってきた炎を技で相殺したのち一気に距離を詰め、爪で直接攻撃を加えて肉片にする。
返り血も気にならないまま、感じ続けている強い妖気に向けて敵を蹴散らしながら駆けていく。
最後に番人のように立ちはだかったのは、大鬼だった。けれどもこれぐらいなら屁でもない。彼を放り投げ、続けて跳び上がる。爪閃斬を二度続けて放って木端微塵にしてから、会いたくてたまらなかった相手の目の前で着地した。
「待ってないだろうけど、お待たせ」
口元だけで笑ってみせる。数歩の距離を隔てて目の前に立つ女は、嫌悪感に塗れた表情を隠そうともしない。
「待ってるわけないでしょ」
吐き捨てた美しい鴇色の髪のこの女が、東の団の長だ。諜報から聞いているし、妖気の面からしても疑いようがない。
着物の衿口から覗く鎖骨の辺りには、墨を入れたように刻まれた大きな蜘蛛の脚が覗いている。それを視界の端に捕らえたところで、気の強そうなつり目がおれを鋭く睨んだ。
「随分と卑怯な真似をしてくれるじゃないの」
洪水を引き起こしたことだろうか。だったら、ちゃんちゃらおかしなことを平気で言うものである。
「正攻法だと思うけど。それに最初に不義理な真似をしたのはそっちだろう」
ふっと表情を消し、低い声で返す。
おれはきっと生涯忘れない。腸を抉られ、首を刎ねられた――まだまだ生きられたはずの妖狐の少女を。
睨み合って流れた須臾の後、絡新婦が大きなため息を吐き出した。
「……戦いに卑怯も何もないってことよね。勝った方が正義だもの」
片手を持ち上げた彼女の指先から糸がするすると伸びる。それを確認するのと時をほぼ同じくして、糸は縒り合わされて大きな束となっておれへと襲いかかった。
跳び退いて辛くも躱すが、見逃してはもらえない。間合いを取ろうと下がっても、いつの間にか彼女は左手でも糸の束を作り出していて、背後から襲いかかられる。足首に絡まった糸を技で断ち切って地面に降り立ったが、べたべたとまとわりついて気持ち悪い。
舌打ちして払いのけようとした瞬間、にやりと口角を歪めたのが分かった。
「……っ」
引っ張られる。
しっかりと踏ん張って抗ううちにも、強い力でどんどんと引きずられていた。どうやら切れた糸も操ることができるらしい。
ぬかるんでいて足場が悪いのも災いしている。このままでは確実に彼女の手の内に取り込まれてしまう。
「ついさっきまでの威勢はどうしたっていうのよ!」
防戦一方のおれを見て敵は勢いづき、楽しげに轟笑している。
「うるっせえ!」
毒づきつつ抵抗しようにも、糸が次々襲ってきては捕まえようとしてくる。何とか技で相殺して本体への攻撃を続けるが、糸によって防がれてしまって意味がない。距離がある分、技の威力も消されてしまうのだ。
これでは抵抗もいつまで持つか分かったものではない。体力には自信があるが、相手だって最上級の妖怪だ。我慢比べをしていたらいつまでも決着がつかない――。
そこまで考えて、ふと閃いた。
「――そう、か」
体から力を抜き、抵抗をやめる。当然ながら、途端に体は絡新婦へと引きずられ、一気に彼女の間合いへと入り込む。
「なあに、降参!?」
さも楽しげにおれを糸で拘束しようとする彼女に嘲笑を向けた。
「なわけ、ないだろ!!」
今注ぎ込めるだけの妖力を総て両手へと流し込み、爪閃斬を繰り出す。軌道が眩く煌めいて糸を切り刻み、その先にいた絡新婦をも粉砕する。
最後に見た敵は、大きく目を見開いて、間抜けな様相をしていた。
冷静に戻るにつれて感じる周囲の妖気は、馴染み深い仲間たちのものしかない。
勝った。
自覚すると同時に、吠えるようにして勝鬨を上げる。この場にいる仲間たちだけでなく、敵の本拠地にいる天狗たちにも届くように。様々な思いも何もかもを吐き出すように。
――一度争いに足突っ込んだら、戻れなくなるんだよなぁ、きっと。
戦いを選んだことに後悔はない。争いに踏み入れたことにも後悔はない。
ただ、悲しい。同じように生きているのに、近しい存在のはずなのに、こうやって敵対しなければならなかったことが、虚しい。
――他を、踏みにじってでも、己の考えを突き通すのは……妾らと何ら変わりないと、思うのじゃがの。
いつか聴いた敵の言葉が耳を通り抜けていく。
戦いで夢中に気づいていなかったが、いつの間にか雨は止んでいた。だが晴れ間は見えず、鈍色が空を覆っていて、おれの心情を表しているかのようで。
喜びから歓声を上げている皆に笑顔を返しながらも、嬉しく思っているのも事実だけれども、心は何故か沈んでいく。
「うお!? 久遠さま血まみれ!」
「うーん、調子に乗って結構やっつけたからな」
「玻璃が悲鳴上げますよ!?」
敵の血でべっとり汚れているおれを見て驚く黒鉄にはいつも通りに笑ってみせた。おれの曖昧な心情なんて、悟られてはならない。
後ほど合流してきた風巻から、投降した団員なし、生き残りは総て自刃、女子供のみ少人数残存したのを保護、という情報を聞き、ますます切なくなった。
中央の団、怪我人十数名、死者なし。東の団、死者数十名、生存者数人。――そんな結果を残し、東の団との戦いは幕を下ろした。




