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謎を感じ始める少女

 瞳子はぼんやりと考え事をしながら三つの湯呑みを載せた盆を運んでいた。

 そうしながら、目的の場所である縁側と、その向こう側にある庭をやはりぼんやりとした様子で歩いている鶫を順に見遣る。

 今頭の中に浮かんでいるようなことを彼に伝えたら、ますます思い悩んでしまうだろうか――心中に浮かんできたことに意識を集中させるあまり、湯呑みの中の緑茶が小さな音を立てる。彼女は慌てて盆を運ぶのに専念した。

「珍しいな、瞳子。お前が粗相をしそうになるなど」

 声が聞こえて顔を上げると、縁側に腰かけた祖父の鼎がいる。照れ臭さから苦笑いして、床に膝をついた。まず客用の藍色の湯呑みを置き、一番大きな鶯色のものを鼎の隣に、桜の描かれたものを自分の前にそれぞれ置いた。

「少し、考え事をしていただけですよ。小さなことを見咎めるなんて、お祖父さまは相変わらずお人が悪いです」

「お前のお祖母さんがそういう人だったんだよ」

「まあ、ものすごい言い訳ですね?」

 記憶の中にいる祖母は、大らかで細かいことは気にしない質だった。彼が今言ったようなタイプとはまるで正反対である。

 鼎はばつが悪そうに笑い、誤魔化すかのごとく湯呑みを傾けた。そんな様子にくすくすと瞳子は笑って、包み込むように自分のものを持ち上げた。

「鶫くんも何か考え事をしているようだな」

 少しの沈黙が流れたが、ふと鼎が呟く。

 彼の視線を追って鶫を見、瞳子も頷いた。

「そうですね。彼も、色々と思うところがあるのでしょう」

 居間にある時計に視線を移すと、もう五時を回りそうだ。そろそろ集合時間だから、宏基と透もやってくるだろう。

 それにしてもひな子が遅い。今日は部活がない日。いい加減に帰ってきてもいい頃なのだが、何をしているのやら。

「それで、瞳子の考え事は何だ?」

 またも鼎に意識を引き戻される。どうやら彼の中ではまだ話が続いていたようだ。

「何、と、言われましても……」

「『巫女は芯となる考えを乱してはならない。惑うようなことがあれば、それはすなわち霊力の揺れ』とまで言うお前が、どうして『乱れて』いたのかがとても気になるだけだ。じじとしてはな」

 遠回しな言い方だが、心配している、と伝えたいのであろうと流石の瞳子にも分かった。

 心配されている時点で、巫女としては失格かもしれない。そんなことを思うも、口にしてしまったら鼎はきっと悲しそうな顔をするだろうとも想像がついた。

 瞳子は巫女だ。だが、巫女である前に一人の人間で、目の前にいる鼎の孫でもある。祖父が孫を想うことに、何か理由が必要だろうか。

「鶫さんのおかげで『久遠』のことについての情報を得られるようになって以来、ずっと考えていたことがあるのです」

 祖父の視線を感じながら、境内の方へと向かっていく鶫を瞳子は見つめる。彼の後ろ姿に、月読の記憶の中で唯一断定できるものの中にいる久遠の姿が重なる。

「私の記憶は、きっと封じられている――と。私自身が、いえ、『月読』が生の終わりにそう願ったから、失くしてしまったのだと。式神の攻撃が続くようのなるまではずっと」

 言葉の最後に鼎は目を瞬かせた。瞳子の微笑みを見て、ますます怪訝そうにする。

「では今は、違うと?」

「ええ。封じられている、という意見には変わりはないです。しかし」

 声が自然と硬くなっていくのを彼女は止められなかった。

 口にしたら本当にそうなってしまうのではないかと言う懸念。そもそも思っていることを言葉に変える恐ろしさを感じていて、たまらなかったのだ。


「――――月読ではなく誰かが、第三者が、月読の記憶を封じたのでしょう」


 人の記憶というものは確かに不完全なものだ。自分に都合がいいように改変してしまうこともきっと間々あるだろう。

「久遠についてのことだけだったら、そのまま納得していたと思います。だけど記憶をひとつひとつ確認していったら、気づいたのですよ。彼のことだけでなくて、『きっかり彼と出会って以後の記憶がほとんどない』ということを」

 しん、と静まり返った室内。瞳子は語るべきことを語り終え、鼎は何を言うべきか探している。

「ほとんど、ということは」

「ええ。ひとつだけ、確実にそれ以後のものだと言える記憶が蘇ったのです。鶫さんと関わってから」

 庸汰を見送り、鶫たちとも別れた後。ひな子と共に戻ろうとしたら、ふいに頭に激痛が走った。そして僅かにもたらされたのは、死の直前の記憶だった。

「月読は、胸に強烈な熱を――恐らく、何かに貫かれていたのでしょう――感じながら、急速に命が失われていく中で、最期に……舞い散る紅葉と、その中に佇む人間の笑顔を見ました。久遠と出会った季節は、桜の季節。春です。もしそこで久遠が月読を殺害していたのだとしたら、全く符合しない」

 しかし一瞬の映像で、彼女を刺したのが誰であったのか、それは分からなかった。

 だが、久遠が月読を殺したはずがない、という鶫の叫びの信憑性が増したことは事実。

 彼が殺したわけではないと言い切ることはできないが、犯人が久遠であると断言できる証拠もひとつもない。そう思うとますます、瞳子は鶫との初対面で取った行動に顔から火が出る思いがした。

「だが、それは」

 厳しい顔をしている鼎。鶫の心が晴れるだけという簡単な話ではないと分かっているのだ。

「はい。つまり、私は――いえ、私『たち』は、その第三者の手によって踊らされていた可能性があります」

 ますます険しくなる鼎の顔に、瞳子は一層気を引き締める。

 封じられ、忘れ去られた久遠と出会いからの記憶たち。それはつまり、その間に何かしら重要なことが起きたということ。

 そして揺るがぬ、「月読は誰かに殺害されている」という事実。

「この考えを彼らにどうやって伝えたものかが分からなくて、思い悩んでいたのです」

 曖昧に笑むと、鼎が相変わらず硬いままの表情で鶫を見た。再びその視線を追って、瞳子は心中で呟く。

 ――何が正しくて何が誤りであるのか、誰が何のために記憶を封じるなどと言う真似をしたのか。こればかりは、月読の記憶が頼りにならない。

 彼女はそのことがとても不安で、足元の覚束ない状態であるように思うのだった。

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