徐々に取り戻す少年
――久遠さま。どうしてわたしを団に引き入れようと思ってくださったのですか? わたし、どちらかと言えば人を恨んでいるのに。
少し黄色味がかった黒髪を風に流し、少女が言う。同じ色の瞳を僅かに不安そうに揺らしながら。
――妖怪を虐げるヒトもいるけれど、あるところにはヒトを虐げるヒトもいるし……妖怪もヒトを虐げるけれど、やっぱり妖怪のことを虐げる奴もいる。どうしてだろうって、その答えを見つけ出したいと思った。だからだよ。
久遠の答えに納得の顔色を見せるものの、未だどこか不満げな顔をしているのは――鈴菜。最後に加わった幹部。
いつでもにこにことした笑顔を浮かべていて、周りの空気を和ませるような人柄だった。でも怒ると怖くて、久遠はもちろん飄々とした性格の者に肝を冷やさせるほどであった。
一度、何かを団員がやらかして、鈴菜はそんな彼に笑顔で苦情を申し立てたらしい。その様子があまりに恐ろしかったからか、以来その人物は間違いを起こさなかった、という記憶があるのだが。その人が何をしてしまったのか、そもそも鈴菜が誰に怒ったのか、その部分が真っ黒で分からない。
不完全な映像が、鶫の中で再生される。
――ヒトに虐げられた妖怪がいれば、もう二度とそういうことが起こらないために彼らに何を考えてもらえばいいか分かると思ったんだ。そのためには、鈴菜や寒露みたいな、痛みを知っている奴が必要だと思った。
付け足すように言った久遠に、ようやく彼女は満足したような顔を見せて、言ったのだ。
――久遠さまが期待してくださった分だけ、わたしはしっかりと働きますから。
幹部の中では最年少だった彼女は、彼らの中では妹のように大切にされつつ、その強い妖力を頼りにされていた。久遠はそんな様子を眺めるのが大好きで、幹部たちと同じように彼女を頼りにしていた。
普段は真面目さ故にピリピリとした空気を纏っていることの多かった第四幹部の雪水も、鈴菜といるときには優しい表情をしていることが多かった、と久遠の記憶は語る。
雪水は子供の面倒見もよくて、しばしば氷を出してくれとせがまれていた。冬は気分が高揚するらしく、雪が降るたび子供たちと一緒になってはしゃいで、いつもとの差に最初は戸惑わされたようで、久遠はそれを一番鮮明に記憶に留めている。
――久遠さま。冬は総てがなくなってしまうような悲しい季節と思われているみたいで、皆はあまり好きではないらしいですけれど。雪女であるということを抜きにしても、私は大好きなんですよ。
――どうして?
――厳しい冬を乗り越えて、その間に力を溜めて、春になったら一斉に命が芽吹くのだと。母がそう教えてくれたのです。だから今の団も、きっと力を溜める時期で、必ず芽吹きます。久遠さまがどれだけ努力なさっているか、私たちが一番よく知っていますから。
でも、「よく知っている」とはにかんでくれたあの顔だって間違いなく本物なのだと、それこそ久遠はよく知っている。彼女がとてもとても優しい人だったということを。
そんな真面目な挿話の中に、ぽつりぽつりと馬鹿なことをしていたという記憶もあって。
――え、武器作る? 物資も足りない? 何だよオレに言えばいいのに……。鉄も銀も銅も、金だって出せるぜ! 金はかなり妖力使うからあんまり頻繁には出せないけど!
そう威張りながら地面にばらばらと金属の小さな塊を降らせていたのは、第五幹部の黒鉄。鉄鼠の彼は金属使いであり、ぎりぎりであることの多かった団の財政事情を好転させてくれた人物でもあった。
――……団の財政も安定だなぁ、寒露……。
――阿呆かこれ普通に詐欺だろうが!
――え、何で!? ちゃんと本物だよ!!
そんなふうにくだらない言い合いをしているのを、確かに笑ってみていた気がするのに。
何かが引っかかり、神社の敷地内をうろついていた鶫は立ち止まった。
「安定だな」と笑いを含んだ声で言っていたのは、誰だったか。
道場ならいつでも貸すという鼎の言葉に甘え、先日ようやく交換した瞳子の連絡先に「テストが終わったら神社に行かせてもらってもいい?」と訊いたのが、二週間と少し前。
本日の午前中に総てのテストが終了し、鶫は帰宅する瞳子についてくる形で雪代神社を訪れたのだった。
彼女と時間を共にすると、思い出せないでいたことも忘れていた記憶が次々と蘇ってくる。
幹部たちとの会話を始めとした団での出来事はもちろん、母親代わりだった月読と共に妖怪退治へ行った時の様子や、猫又の群れで親しくしていた与吉との手合わせ。妹の月影とのじゃれ合い、父である先代の久遠に技を教わっているところ、そして母に抱きしめてもらった感触。
久遠が取りこぼさないよう懸命に留めていた記憶のひとつひとつがきらきらと光るからこそ、鶫は違和感を覚えていた。
何かが足りない。
たとえば、死の直前期。そこに重要なものがある気がするのに、瞳子の前世たる月読と親しくなって、好きだと思うようになって以降のものが一向に浮かんでこない。まるで何かに遮られているかのようだ。
だが、それよりも何か、同じぐらい大切なものを見失っている気がする――。
他がこんなにも鮮やかに光っている、その中で。
鶫は視線を彷徨わせ、記憶の洪水の中で一人立ち尽くした。




