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決して許されぬ過ち

 柔らかな月の光に

 総てを救われたはずだったのに



   ● ● ●



 己から流れ出る血液が、まるで川のように紅葉もみじの上を流れていた。


 死の縁に立ちながら見上げる青い空と舞い散る紅葉は、目を見張りたくなるほどに美しい。

 もうすぐ死ぬというこの時にも世界はこれほど輝く。ならば、何も知らず、何も持たずにこの世界に落とされた誕生の瞬間は、どれほど世界は煌めいて見えたのだろうか。

 そんなことに思いをせても意味がないことぐらい、よく分かっている。罪深いことも。


 だって、おれのせいで大事な人たちが死んだ。


「月読……」

 生涯でただ一人愛した人は、腕の中ですでに絶命していた。

 あんなにあたたかかった手は驚くくらい冷たくて、悲しいほどに現実を思い知らせる。

 ――せめて好きだと伝えておけばよかった。

 後悔の念が押し寄せてくるが、もう遅い。

 細く長い指を握ろうとするも、己の手ももう力が入らず、役に立たなかった。

 何とか視線だけを動かして、地面に倒れた自分の後ろを見る。

「……寒露、……玻璃はり……」

 共に様々な戦地を乗り越えてきた仲間たちもまた、地に伏している。出血量からして、もはや死に絶えていることは明らかだった。

 おれだけがこの圧倒的な死の空気の中生き残っている。罪深い、愚か者のおれだけが。

紅霞こうか……」

 死に目にあうことすら叶わなかった義兄弟の名前を呼んだ。

 呼んだところで届かないのに。もう二度と声を聞くこともなければ、その大きな手で頭を撫でてくれることもない。

 お前ならもっと上手く護れたのかな――なあ、紅霞?

 手を伸ばしてもそれは幻影で。触れようとしたら掻き消える。ずっと一緒だったのに、大好きだった義兄はもう何処にもいない。

 なあ、どうしてだよ。どうしてあいつは、おれを裏切った?

 皆は知っていたのか、おれだけが愚かだったのか。あいつの本性も見抜けず信じ込んで。そして、皆を死なせた。

 だったら、皆を死なせたのも、自分自身を死なせることになったのも、おれのせいじゃないか。

 おれがもっと強ければ、賢かったら、皆を守れたのだろうか。

「ごめん……」

 弱くてごめん。馬鹿でごめん。守れなくて、ごめん。

 無意味な謝罪をする前に、おれは行かなきゃならないのに。

 鉛のように重い自分の体。地面に手をつき、そのまま進む。だが、すぐに体力が尽きて再び紅葉の海に倒れ伏した。

 行かなきゃ。護らなきゃ。

 気持ちばかりが先走って、体が追い付かない。

 血が、止まらない。

「いかなきゃ……」

 ああもう、指先にすら力が入らない。

 声が届かない。苦しさに咳き込んででも這おうとして、また倒れる。それを繰り返すことができたのも数回だけだった。

「――……おわり、か」

 唇の端が持ち上がっているのかどうかは分からないが、自分を嘲り笑った。

 護ると言って仲間を集めたのに、このざまか。何ひとつ果たせず、総ての約束を反故にした。

 情けなくて、くだらなくて、しょうもない。


 だけどそれでも、幸せだった。


 笑いかけてくれる愛しい人がいて、頭を撫でてくれる兄がいて、何をしてもついてきてくれる仲間がいて。

 おれには勿体ないくらいの生涯だった。

 もしも生まれ変わることができるのなら、そのときこそ彼女に好きだと伝えよう。今度は彼と本当の兄弟として生まれよう。大事な仲間たちと、再び仲間になろう。

 そして何より、騙されることのない賢さを持とう。

 もう誰も傷つけないように。


 ああ、随分前に亡くした妹も、死ぬ時はこんなふうに苦しかったのだろうか。

 死にゆくときは走馬灯を見るというのは本当だったようだ。駆け巡っていく記憶の数々。紛れもなくおれが刻んできた足跡たち。

 正義のためという大義名分を掲げても、おれはたくさんの者たちを殺してきた。きっと地獄に堕ちるだろう。だとしても、おれは笑う。笑ってやる。

 自分は幸せに生きた。大好きな人に囲まれて、たくさんの喜びを受け取った。

 心残りはたくさんあるけれど、己の弱さに打ちひしがれてもいるけれど、無様だときっと多くの人は嘲るだろうけれど――それでも。

 あれ、地獄に堕ちたら転生はできるのかな? 出来なかったら困るな、とか、楽観的過ぎて自分でも笑える。今まさにおれは死のうとしているのに。

 考えることすら億劫になってきた。

 もう最期は近いらしい。

 寒露、玻璃。あの世でも仲間になってくれるか?

 月読、おれももうすぐ追いつくから、もう少しだけ待っていて。

 そして。

「さきにいった、ばか……まってろ、……紅霞……」

 皆みんな大好きだ。大好きだった。

 意識が完全に立ち消える。


 後に残ったのは、幸福に包まれた記憶の欠片たちだけだった。

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