妖の世に訪れる変革
玻璃が団に加わって二月ほどが過ぎた。第三幹部本人も皆も、この『団』に彼女がいるという状況に慣れてきたらしく、団の中は平穏そのものだ。
しかし、周囲は厄介な状況になってきたようである。
「北東だけでなく、北や南にも妖怪の集合が始まっています」
情報収集をしてくれる諜報員の面々が、おれの前で頭を下げつつ呟く。
寒露をちらりと見ると、予想通り難しい顔をしている。その斜向かいにいる玻璃の表情からは特に何も読み取ることができない。
「ご苦労さま。下がっていい」
一礼を残して去っていくその背中を見送って、寒露が襖を閉める。子供たちが廊下を走り回る平和な足音がするが、おれたちが今いる会議部屋には何処か殺伐とした空気が流れていた。
おれたち以外に、いくつかの『団』が生まれ始めている。
「この動きはちょっと予想外だったなぁ……」
零して、胡坐を掻く。
寒露は相変わらずの様相で正座しているし、玻璃は袖口を口元の辺りに押し当てたまま何も言わない。
そもそも、『団』の理想というのは、「人間との共生を目指し、妖怪同士でも種族対種族での争いを失くす。かつ、弱い者たちを強い者たちから護る」である。その思想に大なり小なり共感した者であり、また妖怪であるならば、現状は誰でも団員として加わることができる。
故に、おれを始め、風巻、寒露、玻璃、という最上級ということ以外は共通点を持たないはずの、種族もそもそもの考えもばらばらな者たちが集まっている。それがどうやら百鬼を集めようとしているとでも思われているらしく、対抗するかのようにぽつぽつと『団』のようなものが生まれ始めているのだ。
強いものには強いものをぶつけて安心しようとする。世の常が、此処にまで押し寄せ始めた。
本来の狙いからは大きく外れているので、おれは正直頭を悩ませている。縄張りの境目を争って睨み合っているのだ。つまり、種族対種族の状況をこちらが招いたようで、あまりいい気持ちはしない。
「北東は物分かりのいい長で助かったけど……」
そちらの団に加わる気はない。かといって、目と鼻の先で争う気もない。こちらがそちらに干渉しない代わりに、そちらもこちらには干渉しないでくれ。
以上は此処から四里ほど北東に向かった辺りに本拠地を構えた『団』の長の言だ。
もちろんこちらに反対する理由もない。争い事は、回避できるのならばそれに越したことはないのだから。
不戦協定、ということで互いに書面を残して戻ってきた。妖力を込め合ったから、破ればお互いに相応の報いがあるだろう。
問題は、その北東にあるもの以外の団なのだ。
「北にも、南にも……か。厄介だな」
特に、北は森を挟んで向かい合うように本拠地を構えているらしい。
寒露が描き起こしてくれた地図を眺めながら、少し憂う思いで頬杖をつく。
「先手を打って、こちらから交渉すべきでしょうね……突然に『此処までがこちらの領土だ』と言われても困りますよ」
今まで黙りこくっていた寒露が言った。
「そうだな……責任を持って、おれが行ってくるよ。異存は?」
二人の顔を見ると、同時に首を振る。
寒露と玻璃の間にも、最初の頃のようなぎすぎすした雰囲気はなくなった。徐々に変わってきている。この短い間にも。
だったら、おれが最初から他の『団』と関係を諦めちゃいけない。
「じゃあ善は急げってことで、行ってくる。留守は頼んだぞ」
軽く手を振って玄関へと向かうと、「お気をつけて!!」という寒露の声が追いかけてきた。
そういうわけで、おれは意気揚々と北に生まれた団の元へ向かった――のであったが。
「はぁ!? 森を取られそう!?」
「面目ない……」
寒露の叫びに半ば項垂れるようにして頭を下げる。
数日に渡って交渉をしに行っているのだが、どうも風向きがよくない。境となっていると思っていた、北の森。そこがすでにあちら側にとっては縄張りの内であるということなのだ。
どうして失念していたのか。そういえばおれは、からっきし口に関しては上手くないのである。
「ちょっと寒露、落ち着きなさいようるさいわね。貧乏揺すりはやめて頂戴」
「この状況で落ち着いていられる方がどうかしてるわ!!」
あくまで冷静な、と言うよりは何を考えているのかよく分からない玻璃と、目に見えて苛々し始めている寒露。対照的だが、それをのんびりと眺めている状況でもない。
「でも、あっちはあの森がないと困る……らしい、んだよね。丘陵地にぽつんと建ってる感じで、あんまり日当たりもよくなくて……しかも北側には大きな人間の街もあるから、ある資源はだいたいそっちに持ってかれちゃって不足するし」
そんな寒露を宥めるように手を上下させると、どうやら火に油を注ぐだけだったようで。
「その森を相手方に渡したら、目と鼻の先のところで睨み合いになるじゃないですか! しかもこっちの物資が不足しますよ!? よく考えてくださいよ久遠サマ!」
「だって、あの森がないと困るって言ってるし……」
「そりゃああぁこっちだって困りますからね!」
「寒露うるさいわよぉ?」
言い合いに玻璃の呆れたような声が混じって、しっちゃかめっちゃかである。
「だっておれら、すでに結構縄張り広いし……もういいかなって思わなくも、」
「阿呆かあああああぁ! 渡していいわけねーでしょうが! 物資はどうなるんですか物資は!! ただでさえ今人数が膨張し始めてて火の車なんですからね!? ご存じですか!? ご存じのはずよね!!」
家計は総て寒露が一手に担ってくれているから、そう言われてしまうとこちらも弱い。たじたじになって苦笑いすると、馴染み深い妖気を感じて顔を上げた。
「おーい。お前らの声、森まで聞こえそうな勢いなんだけど」
それとほぼ同時、そんな声と共に襖が開く。ひょっこりと顔を覗かせたのは――風巻だ。
「風巻いいいいいぃ!!」
おれは勢いよく立ち上がって飛びかかった。
「団長の貫録はどーした!!」
義兄たる風巻は、軽く手刀をおれの頭に叩き込む。受け止めはしてくれたが。
「痛い!」
後から来る痛みに額を押さえつつ、彼が見慣れない顔の方に視線を向けているのに気づく。振り返って玻璃の方を見ようとしたら、視界の端に映った寒露が風巻を見ながら明らかに渋い顔をしていて、少し笑ってしまった。
「あら色男。ああ、久遠さまのお義兄さんかしら」
玻璃の方は楽しそうに笑っている。今まで風巻のことを彼女にも教えてきたから、即座に分かったようだった。
「美人さんに褒められると嬉しいな? 何、噂になってんの、オレ。で、この美人さんは新しい幹部?」
相変わらず、女の子と見れば甘い顔になる風巻である。いつもの調子で玻璃に笑いかけてから、おれの耳をつつく。
「耳は駄目!! そう、九尾の狐の、玻璃!」
彼の手から逃れて紹介すると、玻璃は「よろしく」と言いながら軽く頭を下げた。声に笑みは含まれたままだ。
「毎日毎日聞かされてるわよー、主に久遠さまから」
「毎日……飽きないのか……? まあいいか。そういうことなら知ってるのかもしれないけど、風巻。よろしく」
ひらひらと手を振る風巻を眺めて、「予想以上に色男で嬉しいわぁ」とにこにこ顔の玻璃。どうやら我が義兄は一瞬にして彼女のお気に入りとなったらしい。
妖狐というものはだいたいにおいて色っぽいもので、彼女は「いい男が好き」と公言している。風巻は男のおれから見てもいい男だと思うし、まあ当然だが。
風巻も風巻でやっぱり甘い笑顔を振り撒いているし、本当に相変わらずだ。
「この女ったらしと男好きが……」
真面目な寒露は二人のやりとりがあまり気に食わないようで、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「うっせ堅物。で、何を言い争ってたわけ」
「えっとー……ここ最近、うちだけじゃなくてぽつぽつと団が生まれ始めたんだけどね?」
席に戻されてから尋ねられ、おれはぽりぽりと頬を掻いた。
「今あるのは、此処の北と南。あとは北東。北東の方は不戦協定を早いうちに結んだ。だけど問題は北」
その言葉を引き継いで、寒露が手製の地図を指し示した。そして、描かれたそれぞれの団が主張するだいたいの縄張りをなぞる。今まさに現れている森は空白で、おれたちのものであることを示す塗り潰しも、他のものであることを示す斜線も引かれていない。
「へー……増えたっては聞いてたけど。さながら、うちがちょうど中央って感じか……」
「で、この森。久遠サマは此処を相手方にくれてやろーとしてんだよ」
と、何気ないものを装った会話のさなか、唐突に火種が落とされた。
しいんと恐ろしいぐらいに張り詰めた空気に耐えがたくなりながら、おれは寒露を恨む。だが恨んだところで、一度外に飛び出した言葉は取り消すことなど不可能である。
恐る恐る風巻を見ると、かれはこの状況に相応しくないほど明るい笑みを浮かべていた。
「は? ごめんオレ幻聴が聞こえるようになったんかねもっかい言って」
ほぼ一息である。いい笑みと相俟って恐ろしい。この兄は怒らせたらかなり怖いのだと付き合いの中で知っているから、くわばらくわばら、そっと立ち上がった。
「この森を、相手方に、くれてやろーと、してるんだよ。てめーの義弟殿がな」
「あー幻聴じゃなかったかぁ悪いなうちの馬鹿猫が迷惑かけてー」
だがそれを見逃してくれる二人ではなく、寒露は左手で、風巻は右手でしっかりとおれを捕まえた。結局、当然ながら逃げ出すことも許されないらしい。
「だってーこの森ないと困るっていうからー!」
「だから俺たちも困るっつってんでしょうが何回言えば分かんだあんたああああ!!」
降参しておれが座り直すと、耳がキーンとするほどの大きな声で寒露が怒鳴った。どうも完全に怒らせてしまったようで。
「はいいいですかー、団長。お前が、まず守るべきものは、何だ、答えろ」
珍しく風巻の方もそれをおちょくることなく、空いている手でおれの顔を掴んで自分の方へと向かせる。あまりの勢いのよさに首がぐきっと不穏な音を立てた。
「痛い痛いもちろん団だよ!」
「だったら話は早いなー。あのな、この森がなくなったらこっちは資材も食料も供給が減っちまうわけ。分かる? 分かるな?」
それは先ほど寒露にも言われたことだし、おれ自身危惧していなかったわけじゃない。風巻はおれのそんな様相を読み取っている様子ながらも、なお言いたいことがあるようで。
「ついでにな、あの森はチビたちの遊び場にもなってんだろ。それがいきなり余所さまのもんになりましたーって聞いて、子供らが理解できるか? 勝手に入っちまうかもしれないだろ? いいか、やったら、困るだろ?」
子供たちのことを出されるのは弱い。反射的に「分かりましたごめんなさい」と言葉が零れていた。
「で、向こうとの話はどんぐらい進んじまったんだ、それ」
おれが納得を示したことに満足したのか、風巻がようやく離してくれる。感じていた痛みは直後に消え、おれは首をさすった。
「此処七日ぐらい久遠サマが通ってるんだけど。信用して任せるべきじゃなかったっていうか俺がやるべきだった。話聞く限り、ほとんど本決まりみたいだしな」
寒露が滅多にしないような遠い目をしている時点で、今の状況がどれだけ拙いものか分かるというものだ。自然と肩が落ちる。
「じゃー団長どんな条件になってんのか教えて落ち込むのは後な」
「え。ここを譲る代わりに互いに不可侵的な」
再び一息に告げられ、おれは今度は風巻にたじたじにさせられながらも答える。すると、風巻は若干の呆れ顔を見せた。
「こっちに何の利があるんだよそれ……。今だって森が阻んで攻められるような立地じゃねぇし。そもそも誰のものでもない領土が何で不可侵と関係ある? そっからしておかしいだろ? もう一回追って考えてみろ、な?」
「そもそも久遠サマもそれを考えて此処を本拠地にするって決めたんですよね?」
第一と第二の幹部から諭される団長。何とも情けない限りで、おれは玻璃をちらりと見た。
「……あたしもそう思いますよぉ?」
玻璃の苦笑いまでをも目にしてしまうと、おれにはもう「ご尤もです」と言うことしかできなかったのである。
「……さて、まあ納得してくれたのはよしとして、ほぼ本決まりか……どーしたもんかね……」
「だからいっそ全部燃やせばいいんじゃなぁい?」
「余計めんどくさくなるだろうが阿呆か!!」
考えるように天を仰ぐ風巻と、不穏なことを言う玻璃と、それを止める寒露。ぐちゃぐちゃである。原因はおれだけど。
「まあ、うん、何とか穏便には済ませたいよね……」
「お前がこれ以上喋ったら穏便に森が取られる気しかしない。誰か一緒に行った方がいいなこれ」
玻璃を宥めるつもりが、やぶ蛇だったようだ。風巻の真顔にはもはや何も言えない。
そして彼以外の全員の目が合い、結局揃って第一幹部を見た。
「オレかよ。……オレかぁ」
文句を言いたそうにした直後、今までの諸々を振り返って彼自身納得せざるを得なかったらしい。
「風巻、お願い」
「……つか、団長もついてくるんだからな、『お願い』じゃねぇんだよ」
手を合わせて頼み込むと、風巻はやれやれと言った感じで立ち上がる。了承してくれたみたいだ。
おれも追って立ち上がり、北にある『団』へと向かうことになったのである。
それにしても、敵地に入り込んだ風巻は、思わず相手方に同情したくなるぐらいの口の上手さっぷりだった。
そもそもあの森は誰のものでもない、おれたちのものでも彼らのものでもない、というところから始まり、あとは口八丁。
おれたちの団は強大だ、と持ち上げられれば、その分物資を食うということを主張する。供給の面でもあの森はなければ困るが、そちらの団の近くまで行ったことは一度もないし、互いが使うのが一番だと言う。
しかも、彼らがそんな豊富な資源を手に入れてしまえば、それを狙って他の団が攻めてくる可能性もある、と脅すのである。笑顔だったが、あれは完璧に脅しだった。
そこまででもだいぶ可哀相であったが。元々あった不可侵の話まで、森の話を抜きにさせた上でちゃっかりと進めて書面を残させる辺り、もう流石としか言いようがない。
結局ひとつもいいところのなくなってしまった化け狸の団長は、渋い顔でおれたちを送り出した。
義兄の口の上手さに呆れ半分感心半分ながらも、感謝をしているのは事実。彼がいなければ、恐らく森は完全に彼ら北の者の縄張りとなっていただろう。本当に助かった。
そんな風巻は今、本拠地に設えられた彼の自室で刀を見せてくれていた。
前回に姿を現した時の風巻は、まだそれを携えてなどいなかった。っしかし今回は帯刀していたので、先ほどの帰ってきた直後にも気になっていた。そちらに構っている暇がなくて話を振ることができなかったのだけれど。
風巻は元々刀鍛冶。自身のために武器を鍛えても何らおかしくはない。得物がなかろうとも充分に強いから、そういう物を持つような印象がなかっただけで。
今回は話し合いということで置いていったようだ。
「此処んとこあんまり仕事入らなかったし、習作ついでにと思ってさ」
言いながら彼はおれに刀を示すが、ふと何かを思いついた顔になって懐をまさぐる。目を瞬かせると、出てきたのは懐刀だった。
「ん?」
まさか、そんなところから今出したということは、あちらにも持って行っていたということだろうか――嫌な想像が頭の中を駆け巡り、まじまじと風巻を見つめる。この義兄は時折とんでもないことをあっさりやってのけるから、油断ならないのだ。
「これも一緒に鍛えたやつ」
何と言うべきか、予想通りにあっけらかんとしている。悪びれた様子もないし、多分おれが何を言ったところでこの表情が揺らぐことはないと分かっているのだけど。
「あの。おにーさん、持っててたの?」
「持ってるってばれなきゃいーんだよ」
苦笑いにあっさりと返してくるのも、彼らしい。この人はずっとこうだし、多分これからも変わることはない。
「うん……まあ……その通りかな……」
しかも、そういうさっぱりしたところが好ましく思っている時点で、おれの負けなのである。
「ま、使うこともなかったし。それで万事問題なし」
「使うことあっても困るよ。まあ、今回は穏便に済んだからよかったけど。団長が穏やかというか面倒がりでよかったかもね」
動じない風巻にもう一度苦笑い。
「その面倒がりに言いくるめられそうになった団長が何か言ってる」
ざっくりと言われてしまい、肩を竦めるしかない。それに、今は彼の手で抜き放たれた刀の方が気になる。
「すごい。綺麗だね」
渡してもらった柄をしっかりと掴みながら、刀身を眺める。
刃紋も、鎬の描く筋も、刃の反り方も、総てが美しい。大胆のようで繊細な仕事ぶりを見せる彼らしい作品だ。
「最近作ったばっかりだから、傷とか毀れは確かにまだないな」
おれを眺めながら風巻は微笑んでいる。
「すごいなあ。何か作れる人ってかっこいいよね!」
「技術的な意味で?」
「そうそう。おれ不器用だから!」
月読の村で籠や草鞋の作り方を教わった時も、皆に苦笑いをされたものだ。呑み込みは悪くない方なのだが、如何せん不器用なために上手くできない。だから割とそれに関してはは諦めている。
「否定しない」
「ひっでえ」
おれの不器用っぷりをよく知っている風巻のあっさりとした返しに笑った。風巻もけらけらと声を上げて笑っている。
「まー向き不向きってあるからなー。でもそんなに好きなら、次時間ができたらお前に作るか」
「ほんと!?」
思わず目を輝かせた。
「ほんとほんと。時期は約束できないけどな」
風巻はこういうことに関して嘘は言わない。見つめた目も真剣な色をしていたし、今の言葉も真面目そのものだった。
嬉しさで跳び上がりたいのを抑えるも、零れるにやにやは止められない。
「いいよいつだって。楽しみに待ってるから」
作ってもらえるという言質と取ることができただけで、おれは充分幸せ者だと思う。
一方、風巻はぶつぶつと何かを言っている。よくよく聞いてみれば、「でもお前長いのは自分斬りそう。短刀かな……」とのこと。何とも失礼であるけれど、全く否定できないのが悲しいところ。
「失礼だけど否定できない!!」
開き直れば、義兄には吹き出されてしまう。笑顔を見られるのは素直に嬉しいので、おれも釣られて微笑んだ。
「開き直ってないで直せ……ないな。数百年それじゃ」
「うん! 無理!!」
直せるものなら苦労しない。それこそ数百年もの間を不器用のまま生きているのだから。
「そういえばさ」
ひとしきり笑い合ったところで、ふと思い当ったことがあり腕を組んだ。
「周りに団がいくつか生まれてきたからさー。ただ『団』っていうだけの呼称じゃ混同されて、ややこしいよなー」
此処の北、南東、南にひとつずつ。合計四つだ。全部が『団』と名乗ったら、何処のものか分からなくていちいち面倒臭い。何か他に名称を設けなければならないだろう。
「あー、そうだな。今全部でよっつか」
「名前どうしようかなーって。でも何か、『団』を取っちゃうのも悔しいじゃん? おれが出所なのに」
思案する表情を見せる彼に、くすりと笑って首を掻いた。
こんなおれだけど、一応矜持はある。『団』という形を最初に示したのはおれなのだ。名称を変えるにしても、それを失くすのは何となく抵抗がある。
「じゃあ何とかかんとかの団って感じで行けば」
風巻の提案でふと頭の中に蘇ってきたのは、寒露が描いてくれたこの辺り一帯の簡単な地図。
「じゃあちょうど真ん中にあるんだし、中央の団でいっか」
しかも、おれたちが中心にいるという誇りも主張できる。脅威に対抗する、という目的ではなく、「人間との共生を目指す」という大きな目標を持っておれたちは動いている。他の団とはそういう意味でも違うのだと対外的に呈したい。
「分かりやすくていいんじゃねーの」
風巻の言葉も背中を押してくれることとなった。
それ以降、おれたちは『中央の団』と名乗りを上げ、それに倣ったのかは分からないが、北の団、北東の団、南の団と他の団もそれぞれ己を称するようになる。
加えて、しばらくすると社のある山地を越えた向こうには西の団と南西の団が誕生した。それからまた少し経ってから、川を越えた向こうには東の団ができた。
全くおれの本意ではなかったけれど、さながら人間たちが覇権を争っていた当時の状況のごとく、武蔵国の妖怪たちの間でも群雄割拠の時が訪れたのだった。




