招き入れられる少年
日の光は暴力的なまでに人を照らし
それと引き換えに、何かを奪っていく
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明るい。そして、清々しい。その敷地内に入った時に鶫が最初に抱いた印象だった。
「何か綺麗すぎて却って息が詰まりそう……」
透がぼやくように零しているのを隣に聞きながら、鶫は反対の隣にいる宏基を見上げた。
「宏基兄、さっきから不機嫌そうだけど大丈夫……?」
「地顔だようるせえな」
確かに彼は普段からさほど愛想はよくないが、自覚があったのか。返答に苦笑いして、今度は前方にいる瞳子に目を向ける。
「もうすぐ着きます。お参りはしていかれますか?」
「あ、うん……お邪魔してる以上は一応……」
今鶫たちがいる場所。そこは瞳子の生家――つまり雪代神社であった。
提案がなされたのは、今日の昼休みのこと。
「朝比奈さん。少しよろしいですか?」
弁当を食べ終わり一息ついていたら、鶫の目の前に影が差した。呆けるようにしながら見上げたら、そこにはクラスのアイドルたる瞳子がいた。
「え……?」
「少しお話が……」
ひしひしと感じるクラス中の視線。というか、男子たちの敵意のような視線。鶫はいたたまれなくなり「大丈夫です!!」と立ち上がるしかなかった。
目立たない生徒である鶫が何故、瞳子などという目立つ人に話しかけられているのか――そういう疑問が突き刺さってくるのを、弁当を持って教室を出るまで感じられてすっかり疲れてしまった鶫。
しかし瞳子は、今までの敵意ある呼び出しのようなものをしようとしていたわけではないので責めにくいし、そもそも責める気はなかったのだが。
「どうしたの? 雪代さん」
中庭に出て、向かい合うようにベンチに座る。落ち着いたところで今度は鶫から話を振った。
「はい。昨日の法師のことについて、祖父に相談してみたのですが。ああ、祖父はうちの神社の宮司でして……うちの神社の成立の経緯上、それと私という存在を孫に持つ関係上、妖怪のことに詳しいのです。そうしたら、一度貴方たちをうちに連れてこいと……」
言い出しにくそうにしながらの言葉に、鶫は目が点になってしばし放心した。
「――えぇと。ぼくの聞き間違いじゃなかったら、つまり、社に、いや雪代神社に、ぼくたちが、行く……?」
やっとのこと吐き出した言葉は、途切れ途切れ。そんな反応も当然だと言うように瞳子は気まずそうな顔をしている。
「はい。そして祖父は何というか、強引な人でして……今日にでも、と」
「はい!? 今日!?」
確かに鶫は部活動にも所属していないし、課題をする用事があるぐらいで放課後は暇なのだが。そして恐らくそれは宏基と透にも言えることであるが。
「無理ならそれでいいのですよ! 何となく、真田さんと雨宮さんなどは嫌がられそうな気もしますし……」
両手を顔の前で振る瞳子も、二人の性格は何となく分かっているらしい。鶫は苦笑した。
「ただ、祖父は私のように攻撃的な性格ではないことは保障します。何というか、あらゆることに寛容ですから。貴方たちを呼び出したことも純粋に話を聞いてみたい、という様子でしたし」
確かについ最近までの瞳子はだいぶ攻撃的だったが、と思い出していると、少々彼女はばつが悪そうだ。それに鶫が吹き出してしまうと、「笑わないでください」と頬を染め、頬を膨らます。彼はこらえるのに必死になった。
「うーん……宏基兄にはぼくから話振ってみるよ。これから連絡するね」
込み上げる笑いを何とか抑え込んだ鶫は、ポケットに仕舞っていた携帯電話を取り出して小さく微笑んだ。
「ありがとうございます。では私は雨宮さんに声をかけてきますね」
「ああ、うん……よろしく」
ぱあっと明るい満面の笑みを浮かべた瞳子はそう言い残して去っていく。その後ろ姿で揺れる長い髪の毛を見ながら、出てくる前のあの様子からすると、昼休みが終わるギリギリまでは教室に戻らない方がいいな――と鶫は密やかにため息をついたのだった。
そんなわけで今、鶫たちは神社へと続く石段を上っている。
意外にも、宏基も透も話を受け入れたのだ。
「どうせお前は行くつもりなんだろうし、お前一人で行かせるぐらいだったらついていく」というのが宏基の言だ。どうやら未だに瞳子のことを信用していないらしい。
昨日式神に襲われたという話を帰ってからすると、渋い顔をされた。
そうして言うには、
「もうお前、しばらく一人で帰るな」
である。幼いころから鶫を守っていた「総てを隠す」という方法といい、彼は相当に過保護だと今さら鶫は思い知るのであった。
それがあったからこそ今回の話を受け入れてくれたのでもあるし、心配されている、ということは分かっている。それをありがたく思う鶫も文句は言えなかったのだが。
そして透の方も、「きっとそう言って真田先輩はついていくだろうから、自分から除け者になるぐらいならついていく」と言ったそうで、宏基の性格を正確に把握しているようだった。
御手水所で口と手を清めて参道を進んでいく間も、清浄な空気はますます強くなる。そしてそれに比例するように宏基の顔はますます不機嫌そうになっていくので、鶫ははらはらとしていた。
「妖怪が神社に参ってるとか世も末だな」
「真田先輩、今一応オレたち人間だから」
「あの、神様の前なんだから集中っていうのも変だけど集中しようよ二人とも……」
それぞれ五円玉を賽銭箱に放りながら何とも締まりのないやり取りをしているので、瞳子はもはや苦笑いである。
二礼二拍手一礼をしっかりとこなし、参道へと戻る。「自宅はこちらなんです」という彼女に導かれ、3人は歩いていく。
鶫は宏基が相変わらず不機嫌に見えるのを気にしながら、ゆっくりと辺りを見渡した。御神木だろう注連縄の巻かれた大きな木、誰かを鎮めているのだろう祠。その『誰か』が誰であるのかは後で確かめることにしよう、と鶫は心中で呟いて、瞳子の後ろ姿に視線を戻す。元々歴史的な建造物などが好きな少年である鶫は、記憶を取り戻してからも変わらず興味があるようだった。
「あちらです」
純日本的な大きな平屋建ての建物だ、と鶫が知覚した途端、「姉さん!!」という声が響く。そちらに視線を向けると、セーラー服姿の人影がダッシュで近づいてくるのが見える。
「あら、ひ――」
「あんたたち姉さんの半径3メートル以内に近づいてるんじゃないわよ!!」
瞳子の声を遮るかのように突進してきた影。
「あんたたちなんてこうよー!!」
「わあああぁっ!?」
強烈な跳び蹴りを、無情にも少し前にいた宏基と透は反射的に避けたせいで、その後方にいた鈍い鶫は諸に食らうこととなった。
勢いよく土の地面に倒れ込む鶫。そのすぐ傍に何かが着地するのが、振動で彼には分かった。と言うより、振動でしか分からなかった。
「あ」
「ひな子!! 何をしているんですか!!」
宏基と透が漏らした声と、瞳子が酷く焦った調子で怒鳴る声を、鶫は薄らぐ意識の中で聞いていた――。




