夕間暮れに佇む
男は、ある少年と少女を見つめていた。
二人は自分たちが見られているなどとは全く思っておらず、ぎこちなく、しかし柔らかい表情を浮かべながら並んで歩いている。
それを目にした男はというと、不快そうに眉根を寄せ、ぎりぎりと音がするほど強く拳を握りしめていた。
そして、呟く。
「許さない。許さない、許さない――決して許すものか」
ぶつぶつと、繰り返し、絶え間なく。狂ったように。
だがやがて、ぴたりとその呟きが途切れる。
それは、少女の方が晴れやかな笑顔を浮かべているのを見た瞬間だった。
「久遠、月読……」
ふとそのふたつの名前を口にした男は、近くのテーブルに放られていた二枚の写真を取り上げた。
「朝比奈鶫。雪代、瞳子」
一枚には先ほどの少年――鶫が、もう一枚にはやはり先ほどの少女――瞳子が、それぞれ写っている。
男は少しの間、その写真を眺めた。しかしすぐに再びテーブルへと放ったと思うと、空いた手を不意に持ち上げて軽く振る。
彼の指先から何かが飛び出した。
それは二本の小さな光の矢で、鶫に襲いかかった異形のモノたちが放っていた光の槍と酷似している。
空気を切り裂くように飛んだ矢は、写真の二人の顔に突き刺さった。
「……、ふ、あは、あははははは!!」
何が可笑しいというのか、男は腹を抱えて笑い出す。一度笑い始めたら止まらないようで、座っていた床に横たわり、転げ回ってその場を往復している。
「っははは、は!! ……、また、交わすのか。くだらない情を」
しかし間もなく哄笑は止み、表情は失われる。
目は虚ろなのにもかかわらず、いやに力があり、爛々と輝いている。その様子は至って不気味だ。
「許さない。許すものか……」
呟きが再開される。
許さない。
決して許さない。
人が、ましてや巫女が、妖怪などと惹かれ合い、ましてや愛を交わすなどあってはならない。あってよいはずがない。
巫女は人間のために働き、妖怪を最後の一匹まで狩り尽くすためにいるのだ。
妖怪はヒトに害なす。共生することなどできるはずがない。
そのような甘い絵空事、私が総て壊す。
ぶつぶつとそう一気に述べると、男は先ほどの矢を何本も何本も放つ。それは総て写真の二人に突き刺さり続け、もはや顔どころか体さえ見えない。
「久遠。月読。お前たちだけは、決して許さない」
男は、写真でない生身の――いや、正確に言えば、精巧な造りではあるが明らかに紙製であると分かる蓮の花から投影されている、映像の中の――鶫と瞳子に視線を戻し、楽しそうに口角を上げる。
「いや……鶫と、瞳子、か」
男は薄暗い部屋の中で、一人喉を震わせているばかりだった。




