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人知れず護った少年

 鶫が透と遭遇しているのとほぼ同時刻。

 宏基は一年生の教室が並ぶ廊下を歩いていた。

 一部の女子が歩いてくる彼を見て立ち止まり、ぼんやりとその後ろ姿を見送る。どうやら見とれているようだ。

 が、当の本人はそんな様子には一瞥もくれず、ひたすら目的の場所に向かっていく。

 少しして宏基は立ち止まった。見上げた先には、クラスが記してあるプレート。

「……」

 確認を終えたのか目線を戻し、彼は誰かを探すように視線を彷徨わせた。

 宏基の目的の場所。そこは鶫の教室だった。

 しかし用事がある相手は鶫ではなく、とある一人に目を留めたらしい宏基はドアをくぐり抜け、そちらへとまっすぐに向かっていく。

 清掃が終わり教室内に残っていた生徒たちは、見慣れない生徒が何の迷いもなく入ってくる様子に怪訝そうにしている。廊下の場合と同じように、少なくない数の女生徒は歓声を上げていたが。

「おい」

 目的の人物が机の前で立ち止まり、投げるように言葉をかける宏基。

「……何か御用ですか?」

 ずかずかと進んだ先にいたのは、瞳子。

 教室内であるからか、初対面であった前回の折とは違い、彼女は柔らかな笑みを返している。だが警戒をしていないわけではないようで、口角が若干引きつっていた。

「用があるから来てんだよアホか。つーか用がなきゃ、てめえの顔なんか見たくもねぇよ」

 宏基は彼女のその様子も気に留めず、すっぱりと言い放つ。ますます瞳子の口角が引きつったのには敢えて気づいていないふりをしているようだ。

 アイドルである瞳子にそのような口を利くクラスの者はいないため、ちょっとしたざわめきが生じる。宏基は鬱陶しそうに周りを見てから、「場所変えるぞ」と彼女に目線をやった。

「……分かりました」

 ため息を吐き出そうとしたのをこらえた様子で立ち上がり、用意を終えていたらしい鞄を持ち上げる。

 宏基はそれを見届けてから、入ってきた時と同じように迷いなく教室を出て行った。瞳子もクラス中に好奇の目で見送られながらその後に続く。

 学校を出、しばらく歩くまで二人は無言だった。

「……いったいどういうつもりですか。あんな目立つ方法で私を呼び出すなんて。迷惑なので、金輪際やめていただけますか」

 近場の公園に入ってようやく口を開いたのは瞳子。口調はひどく冷ややか。猫を被る必要性がなくなったからか、腕を組んで仁王立ちしている。しかも眉間には数本の皺が刻み込まれていた。

「ああでもしなけりゃ、何だかんだ理由をつけて逃げられたような気がしたからな」

 眠そうに欠伸を零しているところからして、宏基の方はやはり彼女の様子に動じてはいない。

「……今ここで貴方を浄化してもいいのですよ?」

 その態度に苛立ったのか、瞳子が低い声で言い放つ。

「やってみろよ。今の俺は人間だ。攻撃して罰則食らうのはそっちじゃねえの? お前たちの力はそもそも人間を守るためにあるもんなんだし」

 しかし飄々と返され、瞳子は軽く唇を噛んでから彼をねめつけた。

「それで。何の用ですか? 私もあなたの顔を好き好んで眺めてなどいたくはないです」

 悔しそうにしているのにも関わらず、先ほどの言葉に言い返さない。宏基の言葉が図星だったからだろう。

 彼もそれが分かっているからこそ追求せず、またひとつ大欠伸を零した。

「あの、何も用がないのなら何故――」

「あいつにつきまとうのはやめろ」

 瞳子が再び苛立ちを募らせてため息をついたのに被せて、宏基ははっきりと告げた。

「……やはりその用事でしたか」

 言って、もう一度嘆息。

「百歩譲って貴方を見逃したとしても、朝比奈鶫を見逃すことはできません。彼は――久遠なのですから」

 厳しい表情でぼそりと言う。強固な声色は、彼女が考えを曲げるつもりが一切ないことを端的に示していた。

「もうあいつは久遠サマじゃない。俺たちは人間なんだよ。今まで一切近づけなかったのに……てめえのせいで明らかによくない影響が出てる。妖気が強くなってるって言うなら、てめえに対する防衛反応だろうよ」

 それに対する宏基の態度も硬化するばかり。

 二人の間に見えない火花が飛び散る。

「……私たちがいくらここで話し合ったところで平行線でしょう。私は貴方たちを滅ぼさなければならない。貴方たちはそんな私たちを滅ぼさなければならない」

 正反対のイキモノなのですから、と深いため息をつく彼女を見て、宏基はすっと目を細めた。

「……お前、月読じゃねえよ。あいつならそんな台詞言わねえ。絶対に」

 瞳子は目を見開き、掴みかからんばかりの勢いで距離を詰める。

「どういう意味ですか。私は、」

「月読は。少なくとも俺たちが知ってる限り、俺たちに悪意を向けるだけじゃなかった」

「なっ……!」

 はっきりと告げられた内容に彼女は鼻白んだ。そのまま「どういう意味ですか!」と胸倉に掴みかかる。その頬は怒りからか赤く染まっていた。

 前に引かれたことで多少足元が揺れたが、彼はそれ以外動じることなく冷ややかな目で瞳子を見下ろす。

「そうやって自分の感情に身を任せるところもまた、あいつとは程遠いな」

 気に食わねえことはいくらでもあったが、そういう意味ではあいつは一流だった。彼はまたも濁すことなく言い放った。

「霊力が揺らぐんじゃねえの」

 言葉を見失ったかのようにして瞳を揺らす瞳子。力を失った手を宏基は胸倉から振りほどいて空を見上げた。

「お前らが言うところの『逢魔が時』だっつーのに、不用心すぎんだろ……ほら、低級な奴らが集まってきやがった」

 言葉通り、木陰や物陰に紛れるようにしながら、小さなおどろおどろしい形をしたものたちが姿を見せる。それが原因なのかどうか、急激に二人のいる公園の辺りだけが暗くなり、温度も下がる。じりじりとにじり寄ってくる様子が不気味であった。

 瞳子は悔しそうに唇を噛みしめる。


 次の瞬間、彼女の体を中心として光が弾けた。


 宏基はわずかに驚きつつも、反射的に片手を挙げ、対抗するかのように何かの『気』を発する。

 その直後、何者かの気配は掻き消えた。

「あっぶねえな……」

 珍しく瞳を大きく見張って、肝を冷やしたような様子の宏基。

「瞬間的に毒気を放ちましたか。さすが蛟、といったところですか。……しかし、なぜ『今は人間』と言っていたはずの貴方がその力を使えるのですか」

 低い声が、その台詞の余韻を割った。

 怒りをたたえて自分を睨む瞳子を見つつ、彼はため息を吐き出して手を軽く上下に振る。すると、辺りに広がっていた毒のような臭気を放つ『気』が消滅した。

 それを確認した後、宏基が皮肉な様子で口の端を持ち上げた。群青色の目の中にある瞳孔は、まるで爬虫類のそれのように変化している。

「自分の手を明かす馬鹿がいるか」

 揶揄するような口調に瞳子が再び鼻白んだ瞬間には、彼の瞳は通常の瞳に戻っていた。

「……とにかく、今のを見たなら鶫じゃなくて俺のことを追いかけろ」

 愉快そうに彼女を見たと思えば、宏基はすぐに笑みを消した。そして脅すかのようにすっと目を細める。

「あいつは少なくともお前が近づかない限り覚醒もしねーだろうよ」

 じゃあな、とそれだけを言い残して歩き始める彼の背中に瞳子は叫ぶ。

「ふざけないでください、言い逃げですか。どうしてそこまでしてあの男を守ろうとするのです!」

 宏基はその声に足を止めた。


「今度こそ護ると誓ったから」


 簡潔明瞭な説明。

 瞳子はなおも食い下がる。

「いくら守ろうと無駄です、私は貴方のことも朝比奈鶫のことも追いかけます。そして滅します。貴方たちの妖怪の部分を、必ず。必ず!!」

 その台詞を嘲り笑うように、宏基は体ごと彼女を振り返った。

「今の『お前』には、負ける気も鶫を奪われる気も一切しないね。昔の『月読』ならまだしも」

 足早にそこを去っていく彼を、瞳子は無言で見送ることしかできなかったらしい。宏基の姿が完全に掻き消えてからこめかみを押さえた。

「……月読なら絶対に言わない、とは、どういう意味なんですか……」

 どこか途方に暮れたようにしながら。

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