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初々  作者: 雪野 空
24/26

第24話:別れの時

「また遊びにこらい。」

「うん。」おばあちゃんの柔らかい手を握りながら、私は大きく頷いた。

「おばあちゃんも光代さんも元気でね。」少し寂しそうな顔をする2人を見たら、思わず私は涙ぐんでしまった。そんな2人の横で太陽君は何も言わずに立っている。私の気持ちを探るように…。

朝、私が髪の毛を乾かしていると、ドライヤーの音がうるさかったのか、太陽君はゆっくりと体を起こした。

そんな太陽君に、私はまるで何もなかったかのように接した。何にもなかったことになんか出来ないってちゃんとわかってた。でも、私はそうしようとした。…それが1番だと思ったから。

そんな私の態度を見て違和感を感じたのか、太陽君は何も言わずただじっと私を見ていた。なんだか見透かされてしまいそうで、私は気付かないふりをして支度を済ませた。

そして今…こんな中途半端な感じで最後を迎えようとしている。さよならを言うのが怖くて、さっきからずっと太陽君を見れずにいた。

「じゃ…」大きく息を吸って最後の言葉を言おうとした時だった。太陽君は私の足元にある荷物を持ち、駅の方へと歩き始めた。

「えっ、ちょ…」

「たいちゃんに送ってもらいなぁ。」

「あ、いや、でもっ…」私が慌ててる隙にも太陽君はどんどん進んでいく。これはもう諦めるしかない。

「あっ、じゃあ、帰るね。元気でね!」私はおばあちゃんたちの笑顔を、しっかりと目に焼き付け太陽君の元へと急いだ。

「太陽君!あたし、一人でも帰れるから大丈夫だよ!」太陽君に追い付いた私は、そう言って太陽君の持ってるバックに触れた。

「あんたどういうつもり?」

「えっ?」

「なかったことにするつもり?」少し低めの声で話す太陽君。ちくちくと胸が痛む。

「キスしただけじゃん!思い出だよ、思い出。」私はあえて軽々しくそう言った。作り笑顔が引き攣る。

酷いことを言ってると自分でもわかった。でも、中途半端なことを言ってしまえば、きっと私の気持ちなんてばれてしまう。いっそ怒られたほうがマシ、そう思った。

「…本気で言ってんの?」

「…じゃあ、太陽君はあと何分かすれば会えなくなっちゃうあたしを、本気で好きなの?」

「俺は好きじゃねぇ女にあんなことしない。」

少女漫画でよくある『きゅん』ってやつ…今実感した。なんでこれから離れるって時に、この人はこんなにかっこいいんだろう。

「あ、あたしは、始めからこの夏限定のつもりだったし…。」

苦しかった。嘘をつくのに良心が痛むのはわかるけど、今はなんだか苦しさの方が大きい。

「…わかった。」

太陽君はそう言うとそれっきり口を開かなかった。こんなことを言ったらてっきり怒って帰っちゃうと思ってたけど、太陽君は私の荷物を決して降ろしたりしなかった。

これが太陽君の優しさ。本当はムカついてるよね。最低な女だと思ってるよね。…ありがとう。

心の中でそっとお礼を言った頃、ちょうど駅に着いた。

今は33分。あと2分したら電車が来て、私は太陽君から離れなきゃいけないんだ…。

「荷物ありがと。」気まずい空気の中発した私の声は、心なしか震えていた。太陽君は何も言わず、肩にかけていたバックを私に差し出す。受け取ったら終わりなんだ…そう思うと、なかなか手が動かなかった。

力を振り絞って荷物に手を伸ばすと、太陽君はその手をがっしりと掴んだ。

「えっ、な、何?!」

「やっぱり納得いかねぇ。あんた嘘ついてんだろ。」

「嘘なんかついてないよ!」私は慌てて太陽君の腕から逃れる。強く握られた手は少しだけ痛んだ。

「あんたはそんな軽い女じゃない。」

「何でそんなことわかるの?あたしはそんなにいい子じゃない。買いかぶりすぎだよ…。」

私は涙を必死に堪えながら呟いた。たぶん人気のないホームだから十分聞こえたと思う。

早く電車が来ればいいと思った。これ以上嘘をつくのは辛い。隠し切れなくなってしまう…。

「ちゃんと俺の顔見て言えよ。」太陽君の訴えに私は首を横に降る。泣きそうに歪んだ顔を、太陽君に見られたくなかったから。

「ホントに遊びのつもりだったのかよ!」太陽君の悲痛な叫びは、電車の音で掻き消された。私はぐっと唇を噛み、太陽君が油断している隙に荷物を引っ張った。その荷物は意外にも簡単に私の手の中に戻り、私は勢いのまま電車に乗り込む。

「麗!…最後だろ。こっち向いて。」太陽君は優しくて、でもとても寂しそうな声でそう言った。私はずっと振り向けずに、ただドアの前で立ち尽くしていた。今すぐ電車から降りて、太陽君に抱き締められたい。本当は好きと言ってしまいたい。

でも、私にはそれができなかった。太陽君の夢を壊すのが怖い。裏切るのも裏切られるのも嫌。まだ何の自信もないよ…。私たちはきっと出会うのが早過ぎたね。

別に2度と会えなくなるわけじゃない。でも、あんな時間はたぶんもう過ごせない。

太陽君と過ごした夏はとても愛おしい時間でした。

ピーっと音がなり、私と太陽君の間に一枚の壁が作られる。

「麗!」ドアが閉まっても太陽君は私の名前を呼んでいた。このまま離れるなんてもちろん私だって嫌だ。でも、泣き顔でさよならは言いたくない。早く笑わなくちゃ…。

一生懸命涙を止めようとしたけど、神様はそんな時間を与えてはくれなくて…電車はゆっくりと動き出した。

「好きだ!あんたがめちゃくちゃ好きだ!忘れられねぇよ!」電車の音に負けないくらい力強い声で、太陽君は叫んだ。

あたしだって…離れたくない!

私は顔中をくしゃくしゃにして泣いたまま振り返った。ドアの外の太陽君と目が合う。

太陽君はぎりぎりまで電車を追いかけてくれたけど、私は結局窓に張り付いて太陽君を見ただけで何も言うことができなかった。

本当に終わったんだ…。なんだか自分の中身がからっぽになったみたいだった。力無くその場に座り込む。

「好きだよ…。」もう届くことの無い私の声は、ただ宙を舞った。

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