第17話:何億分の一?
太陽君と新田さんが戻って来ても、私は放心状態で何の会話も出来なかった。
『自分の気持ちに嘘つくような人に太陽を好きでいる資格なんて無いからね。』そう恋敵に言われてしまったから。完敗だよ。
情けなかった。悔しかった。何年も前から太陽君を好きでいたなら、私だって堂々と胸を張って言えたのに。
私は結局ここ2週間程度の太陽君しか知らない。太陽君がいろんなことを乗り越えて、夢を見つけたなんて知らなかったよ。そんなこと言ってくれなかったじゃん。
私は…邪魔になってるんだろうな。蛍なんてのんびり待ってる場合じゃないじゃん。なんで言ってくれなかったの?勉強するって一言、太陽君なら簡単に言えるじゃん。
悔しいよ。自分が太陽君の支えになるどころか、重荷になってたなんて。気をつかっててくれたのかな…そんな優しさいらないのに。
「具合悪いか?」一人黙っていた私に、太陽君は突然問い掛けた。私は慌てて首を振る。祭が終わったあと、途中まで新田さんのお父さんの車で送ってもらい、今は太陽君と2人で歩いていた。黙ってるなんて気ぃ悪くするよね。
「歩き疲れちゃった。」私はそう言って太陽君に笑顔を見せた。めんどくさい女になりたくない。
「森山になんか言われた?」
「森山…?」あぁ、あの人森山って名前なんだ。名前で呼ばれるなんて羨ましいな。卒業したら付き合っちゃったりするのかな。可愛い子だったもんなぁ…。
「…い。おい!」すっかり考え込んでいた私は、太陽君にチョップされてはっとした。
「何か言われたんだろ?」
「ちっ、違うよ!最近勉強ばっかりしてたから眠くって…。それだけ。」
「ふぅん。」太陽君はあえてそれ以上何も言わなかった。私が嘘ついてることにはきっと気付いてるだろうけど…。
お互い黙ったまま20分が過ぎた。いつもの沈黙とは違くて、すごく居心地が悪かった。好きな人と一緒にいるのに、今は嬉しいことだなんて感じられない。ただ悲しかった。
家に着くわずか数メートル前、太陽君は足を止めた。不思議に思って太陽君の顔を覗く。
「…蛍。」
「…え?」太陽君の見つめる先には、綺麗に光る蛍がいた。
「ラッキーだな。」太陽君は本当に嬉しそうに私に笑顔を見せた。
「うん…。」私だって嬉しいよ。ずっと待ってたんだもん。でも、これで私の大切だった愛しい時間はなくなってしまう。2人で黙って夜空を見ることも無くなるんだ…。
「麗…?」太陽君がきょとんとした顔で私を見る。
「ふぇっ…。」私は力無く座り込み声を殺して泣いた。
あと何日かすれば太陽君のそばにはいれないんだ。何年かすれば私のことは忘れちゃうんだろうね。太陽君の記憶の何億分の一になれたのかな…?
私にとっても太陽君は私の記憶の中の何億分の一。きっといつか忘れてしまう。消えてしまう。
でも、今はそれがものすごく悲しい。苦しい。
わからないよ。恋なんてしたことないもん。相手を思って身を引くのが恋なの?こんなに苦しくて死んでしまいそうでも、いつか忘れるからと諦めなくちゃいけないの?
わかんないよ…。