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本気で野球を好きならば  作者: ふりかけ
お前にとっての野球
2/4

あの、"小早川"





放課後の校庭。

見渡す限り部活一色の校庭には、サッカー部やら陸上部やらの運動部がそれぞれ練習していて、その周りでは、担当の部員が部活の勧誘を行っていた。


高校になると当たり前かもしれないが、

校庭とはまた別に、野球部は専用のグラウンドがある…らしいが、


ぶっちゃけ入りたての一年が場所を知っているハズもない。


「…おい、ほんとにこっちでいいのか?」


「多分!」


「多分⁉」


場所くらい調べておけ!と

ツッコミたかったが、なんかもう、ツッコむ気力さえ失せてきた。


(何なんだコイツ…)


「アンタ、野球やってたのか?」


「んー、まあね!…でも、」


「でも?」


彼は一瞬立ち止まってから、しばらく考えて、再び何も無かったように歩き始めた。


「…?」


不自然に思いつつ、俺が眉間にシワを寄せると、彼はそさくさと走り出した。


(無視かよ…っ!)


流石に今のはイラっときたが、彼を追いかけて走っているうちに、金属器の独特な音が聞こえてくる。


(あ…)


視界が開けた時に、一気に広がる壮大な光景。


実際にはそこまで大きくもない、グラウンドが、俺にはとてもじゃないくらい、大きく見えて。



「哉汰!こっちこっち!」


三嶋の呼ぶ声が聞こえたが、

俺は既にその光景に釘付けだった。


草の匂い、

土を蹴る音、

転がっていくボール。



フェンス越しだがハッキリ見える。



ああ、

グラウンドだ。



体が固まる。

五感が封じられる。

瞬きすらできない。



俺にとって、ここはー…



ゴッ!


「いってぇ!」


生々しい音と同時に後頭部に痛みがジワジワと広がる。


「哉汰!見惚れてないで行くよ!」


「な…!そんな事」


「ありました!」


三嶋が拗ねながら俺の背中を押す。

俺はバランスをとってなんとか持ちこたえ、ずかずか進んでいく彼の後を気怠げに追った。



グラウンドの入口に近づくと、そこには練習用のユニフォームを着た先輩らしき人物が立っていて、軽く会釈をすると、柔らかく微笑んで中に案内してくれた。


グラウンドに入り、指定された一年生の見学用ベンチに座る。


俺達以外にも、既に見学している一年生がいて、そこにいた人達は皆坊主で、まさに野球少年!という雰囲気が感じられた。


先輩は俺の隣に腰を下ろし、俺と三嶋に挨拶した。


「他の一年生にはもう話したんだけど、俺は仁原(ニハラ)、この野球部の副主将です。君達は?」


仁原先輩は、帽子をはずし、一礼する。

彼も見学している一年生と同様に坊主だった。


「三嶋健!まだ15歳です!」


「…小早川です。」


元気いっぱいに挨拶する三嶋とは正反対に、俺が一礼すると、仁原先輩はクスッと笑い、よろしくね、と言った。


「じゃあ、早速だけど、説明するね、」


彼はそういってグラウンドに目線を移す。

それにつられて、俺たちも目線をそちらにやった。


グラウンドでは部員が三つに分かれ、架設ネット際でバッティング練習をしていた。


練習してる場所を見るのなんて、

いつぶりだろうか。


"ーあいつは練習しなくても、マウンドに上がれるもんな"


(っー!)


俺は目を見開く。


(なんで思い出すんだ…っ!)



俺は…、



俺は…!


「小早川くん?」


先輩の呼びかけでハッと我に返る。


「どうかした?」


「いえ…、すみません。」


ならいいんだけど…と心配そうに言うと、先輩は説明を始めた。


「今はフリーバッティング中。一カ所ではマシン使ってひたすら打ってるけど、この学校は去年野球部ができたばかりで、まだいろいろと設備整ってないから、手投げでボール出しをやってるんだ。」


「あ!だから部員が他の部活より少ないんですね!」


三嶋がグラウンドを隅々まで見渡し、目を輝かせながらそう言うと、仁原先輩は、少し苦笑いをした。


「うちの部は三年がいないから、一年の頃からあいつが主将なんだ。ほら、あそこで吠えてるヤツ。」


仁原先輩が指差した場所には、先ほどポスターで見た、蒼井(アオイ)とかいう先輩の姿が、あった。


どうやら一カ所は彼が手投げでボールを出しているようだ。



「おい松山(マツヤマ)!全然力こもってねえぞ!

佐伯(サエキ)!腰が引けてる!そんなんだから良い球が飛ばねえんだよ!」


「あぁあっす!」

「あざああぁっす!」


あー今日も良い吠え具合だ、と、仁原先輩は目を細めて微笑む。


まるで彼を慈しむかのように。


(…?)


俺はその様子に違和感を感じながらも視線を主将に戻す。


彼は、確かに写真通りの黒髪短髪爽やか青年だったが、見かけによらず情に熱そうだった。


「蒼井先輩…でしたよね、

あの人、一年生の頃から野球部を支えてきたんですね、」


凄いです!と関心しながら三嶋が言うと、

凄いだろ?と嬉しそうに言わんばかりに仁原先輩が笑った。



(蒼井…ね、)


こいつもきっとそうなんだろう。


甲子園を、ナメられちゃ困る。



「お、珍しい。」


仁原先輩がそう言った時には、蒼井の目が俺等を捉えていた。


いや、




俺を、捉えていた。



蒼井は目を見開いて、動揺していた。

その顔は、微かな期待を予期しているような表情で。


一瞬、ドキリと心臓が跳ねた。



(ああ、こいつは知ってるのかもしれない。)



俺のピッチングを。



蒼井は他の部員ボール出しを交代してもらい、すぐさまこちらの方に駆けてきた。


「仁原、そいつは?」


思ったより小さい背丈。

怒鳴ってる時よりも少しトーンの高い声。


近くでみると、偉大さすら伝わってきそうなのに、その身なりのせいか、年相応の少年にしか見えなかった。


(こいつが…蒼井…)


この、チームを、支えてきた男。



「あ、この子?三嶋くんで…」


「ちげーよバカ。その隣のヤツ」


「…小早川くんの事?」


ビクリとして、先輩2人を見上げると、自然に蒼井と目が合った。


「やっぱり…!」


蒼井の口元が少し緩んだと思った瞬間、一気に彼に手を引かれた。


「お前、その格好のままマウンド上がれ」


「ちょ…⁉蒼井先輩⁉…でしたっけ、

いきなり何スか⁉」


「お前があの小早川なら、わかるだろ?」


真近で見る蒼井の顔は何だか嬉しそうで。


やっぱりこいつは気づいたんだ。



俺があの小早川だと。



「あらら、哉汰行っちゃった…、って、あれ。仁原先輩、どうかしました?」


三嶋は仁原の異変に気づき、首を傾げる。


「…いや、別に。」


仁原は軽くそう吐いて、再びベンチに座った。



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