03.陛下の悪戯
女王陛下は、実はもう亡くなられているのではないか。
その噂は城内に、そして王都に真しやかに流れ始めた。
女官達が、詰め所でそう話し合う様をすぐ傍で眺めつつ、私はにやりと笑った。
自分が触れた生者は、僅かな間この姿を目に映す事が出来る。早い話がお手軽に幽霊を見れるようになるのだ。
どういう理屈かは知らない。そもそも考えるつもりもない。だがこの発見は私の悪戯心を大いに刺激した。
ちなみにどのぐらいはっきり見えるかは個人差がある。
ぼやけた白い影だとしか認識できないのもいるし、私の顔まではっきりと分かる者もいる。
けれど何も感じない、見えないという人間は今まで一人もいなかった。
にっこり笑って悲鳴をあげられた時の、爽快な気分といったらない。
顔を良く知る連中はざっくりと避けて、城の下っ端連中相手に片っ端からそれを試した結果、「白い影が厨房に」とか「城には若い女の幽霊が出る」とか「幽霊は病で臥せってるはずの女王陛下に瓜二つらしい」等等という話が流れはじめ、目撃者が増えるに従って真実味を帯びていった。
そしてついに、「女王陛下は暗殺されたのでは」という話に変わった。
別に自分が死んでることをアピールしようと思ったわけではないが、結果的にそうなった。
ちょっとした悪戯が大事になるといういい例かもしれない。うむ、勉強になった。
死んでから勉強になることばっかりだ。
生前より充実してる日々を送ってる気がする。
幽霊がでると噂話するには問題ないが、実際自分が目撃者となると、男も女も腰を抜かして泡を吹く。幽霊という存在はそんなに精神的に恐怖らしい。
屈強な兵士ですら尻尾を巻いて持ち場から逃げ出したし、なかなか普段見れない意外な一面が見れてよろしい。女官達なんぞ悲鳴をあげてあっさり気を失ったしな。うん、あの大音量の悲鳴には私の方が逆にびっくりした。
私に体があったらしばらく耳が聞こえなかったかもしれない。本当に凄かった。
あんまり脅して仕事を辞められてもアレなので、最近は非常におとなしくしている、つもりだ。
だというのに噂話は消えない。噂話はとどまる所を知らず、ラキが私を殺して王位を簒奪したのではないかという、妙に確信をついた話にまで変化した。
その噂を聞いてから、試しに夫君の顔を見にいったが、話を知らぬのか気にしてないのか、いつも変わらぬ無表情。もくもくと政務をこなしていた。
彼の身分は相変わらず女王の夫、ではあるが「王」ではない。五人いる宰相の末席のままだ。
王になるために動いてる気配もなければ、国をどうこうしようとしてるわけでもない。
ザイラに対しても態度はかわらず、命を狙ってるふうもない。
女の影すら、ない。
では何故私を殺したのか。
それだけが変わらず疑問のままだ。
婚約者として連れてこられた時から、そこそこ義務的に会話はしたし行事にも一緒に参加をした。それほど気に触る事をしたような記憶は思い返しても見当たらない。
まったくもって謎だ。
じーっとしばらくラキの姿を眺めていたが、答えわからず見るのも飽きた。
弟の愛らしい姿でも見て癒されてこようと執務室を後にする。
最近ザイラは頻繁に授業を抜け出して城中を駆け回っている。
それがどれも、私が悪戯をした箇所なのが妙に気になる。
ザイラに悲鳴をあげられて逃げられたらちょっとショックなので、最初の不意打ち以降は弟に触れないよう細心の注意を払ったと言うのに。
――――もしかしたら、彼は会いたいのだろうか。
幽霊であるこの私に。