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女王陛下は浮遊霊?  作者: 山崎空
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01.楽しい浮遊霊生活




 思えば、自分が死んだ瞬間の事を覚えている人間も珍しい。


 しかも意味もなくふわふわと空中に漂う今の状況は、いわゆる浮遊霊というヤツだろうか。

 この世に未練などないと思っていただけに、なかなか新鮮な状況である。……死んではいるが。


 世界中を探しても、新婚初夜に自分の夫君となった相手に殺された人間は少ないだろう。刺されるほど憎まれているとはついぞ知らなかった。死んで初めて気がつくというのも滑稽だ。

 相手のことはそこそこ理解していたつもりだったが、つもりだけだった。本当になんとまあ滑稽な人生だった事。


 何か人に恨まれるような事をした覚えはないが、覚えがないだけで何かやっていたのかもしれない。先代の王が行った侵略で、直接的ではない恨みなぞ山ほどあっただろう。

 だから王になどなりたくなかったというのに、自分の意見をさっくり無視して女王に祭り上げた臣下達が恨めしい。女王は不吉だからやめておけと、あれほど言ったのに。そんなに弟が成長するのを待てなかったのだろうかあいつらは。

 あげく自分達が選抜して娶わせた婿が、王であった私を殺したのだ。やつらの目は節穴と断言してもいいだろう。


 会った時からつくづく考えが読めない男だと思っていたが、まさか殺されるほど憎まれていたと予想外だった。うん、まったく興味がもてなかった生前が嘘のように興味深い。

 王族の結婚に恋愛感情など期待していなかったが、あれの事は別に嫌いではなかった。興味はもてなかったが。

 見目も悪くなかったし、あのクソジジイどもが選抜した割には私に対して色々口うるさくなかった。

 性格は、考えが読めなさそうな腹黒男だと会った時から思っていたが、まさか内にどすぐろい憎しみを秘めた熱い男だったとは意外だった。あの冷酷そうな男の内面がそんなに熱くどろどろとした熱に満たされてるなんて誰が思うだろうか。


 予想外すぎて少しときめいてしまった。


 そうかこれがギャップ萌えと言うやつだな。うん、ようやく女官達の言葉を理解できたぞ。死んでからだがな。


 しかし死んでからの初恋というのも、世界広しと言えども私だけだろう。


 さて、見事しぶとく意識の残った浮遊霊となった私は、何をするでもなく自分の国の空をふよふよ漂っていた。

 王都で少し小耳に挟んだ事によると、どうやら私は重い病で倒れた事になってるらしい。


 おや、この通り死んでるというのになんという悪あがき。


 今国を取り仕切ってるのはあのクソジジィ共と、私を手にかけた夫君だそうな。まったく罪に問われてないところを見ると、上手い具合に誤魔化したか、最初からジジィどもも暗殺のグルか。

 そうなると残された弟が心配だが、まあ今の私に助けてやる事は出来ない。あれももう九歳だ。修羅場ぐらい自分で切り抜けるだろう。抜けられなかったらあれだ、諦めるほかない。


 と言いつつもやっぱり心配だったから、私は国の隅々までふよふよ漂い見て回った後に城に戻ってみた。


 なにせ生きてる頃は城の中から出られなかったのだ。この機会を逃すのはおしい。お仲間さんとは何人か会ったし、おかげで幽霊友達もできた。

 先王の時代に戦場となった、辺境近くの荒地はなかなか壮観だった。

 血を吸い過ぎた為か、土地が穢れきって死んだ兵士の魂をがっちり掴んで離さないでいた。死んでもなお輪廻の輪に戻れずもがく兵士の霊がうごめいていて、そういったやつらは大概正気がなく、運悪く通りがかる生者に襲い掛かっては殺している。

 そういえば死ぬ前にみた嘆願書で、荒地をどうにかしてくれというのを見たな。

 神殿の連中ならどうにかできるはずだが、金にがめついやつらの事だ、国が申請しなければ動くわけがない。

 仕方ないから途中まで手続きをしていたが、私が死んだ事で白紙に戻っただろう。

 あそこまで穢れきった土地と悪霊となると、かり出される人間も上の方の人間になるだろうし、そうなると国から出る金も大きくなる。金にがめつい一部の人間が申請をもみ消した可能性もある。

 仮にも神に仕えるならただで清めてくれてもいいと思うのだが。

 まあ死んだ私があれこれ考えても仕方ない。


 死んでから久々に戻ってきた城内は、まあ当たり前だが変わってなかった。こっそりサボって逢引してる女官やら兵士やら高官やらを発見しても、気づかれないのはなかなかいい。浮遊霊というのもなってみればいいものだ。生きてる人間は誰も気が付かないが、同じようなお仲間が時々声をかけてくれるから寂しくもない。寝る必要もないし腹も減らない。疲れる事もない。空を飛べるし壁はすり抜けられる。至れり尽くせりだ。


 どうやら私は浮遊霊が性にあってるらしい。


 人間として生きていた頃より、ずっとこっちの方がいい。楽で楽でしょうがない。


 さて弟はどこにいるだろうかと、彼の部屋へ言ってみたがもぬけの殻だった。今の時間は勉強の時間だったか。そうすると部屋にいないのは当然か。それとも私の子供時代のように、勉強から逃げて中庭で遊んでいるだろうか。……あの子は真面目な子だから、そういう事はなさそうだが。

 中庭なら少し前に通ったが、弟の姿は見えなかった。


 さてさて困った。

 城に戻ってきたのは弟を見るためだったと言うのに。肝心の目標が見つけられないとは。

 もう少し彷徨ってみるかと、するする壁や天井を抜けて城内を漂っていたら、意外な部屋で意外な人物と一緒にいる弟を見つけた。


 場所は執務室だ。私が生前使っていた部屋に間違いない。

 主を失くしたその部屋には、今新たな主がいた。他でもない我が夫君殿だ。相変わらず冴え冴えとした容姿のその男の前に、見慣れたふわふわの髪の少年。

 間違いなく弟だ。たった一人の私の家族。


 弟は手に花束を持っていた。といってもちゃんと作られたものではなく、花園から適当につまれたのだろう、長さが不ぞろいな上花もバラバラだ。

 ただ色だけが統一された花束は、私の好きな黄色だった。


「義兄上、姉上にはまだあわせてもらえないのですか」


 幼い弟がそう言う。

 残念ながら弟よ、私はもう死んでるから会えないよ。

 執務室の天井近くでその光景を眺めながら、私は夫君となった男の顔を見た。相変わらず考えが読めないだろうと思っていたその顔には、予想外に感情の色があった。

 僅かに眉をよせ、苦しそうに見えるその表情は、なるほど、見ようによっては妻であった私を心配しているようにも見える。

 うむ、お前がそんなに演技派だったとは知らなかった。

 ますます興味が湧いてきたぞ。もう死んでるがな。


「ザイラ殿下、残念ですが……」


 夫君はそう言って沈痛そうにうつむいた。

 生前そんな表情一度だって見たことがない。いつもあの男は笑っているか無表情かのどちらかだ。

 演技派すぎる。男優にでもなったほうが良かったんじゃないだろうか。


 弟はその返答にシュンと肩を下げて、手に持っていた花束を夫君に預けて部屋から出て行った。ううむ流石は我が弟、気落ちしてる姿も可愛いぞ。姉上が触れられる状態だったらぐりぐりと撫でてやりたいほどだ。

 そう思いながら弟の背中を見送ると、扉が閉まった途端執務室の新たな主の雰囲気は一変した。

 沈痛そうな表情は一気になりを潜め、まるで仮面を被ったかのように無表情になる。私の良く知る表情の一つだ。

 その変わり身の早さにも脱帽だ。


 夫君は手に持っていた不ぞろいの花束を、そのまま机の横のゴミ箱に投げ捨てた。


 おいこら貴様っ、人の弟が手ずからつんできてくれた花をゴミ扱いするな!

 つまれた花もかわいそうだろうが!


 私の抗議など聞こえるはずもなく、夫君は何事もなかったかのように執務に戻る。

 そのあまりにもいつもどおりの姿に、私は知らずふっと息をはく。……といっても浮遊霊の私は実際呼吸なんぞしてないので、あくまでそんな仕草をしただけだ。

 私を殺した事に、何の後悔もうかがえないその姿がいっそすがすがしい。

 そうか、お前はそんなに私を殺したかったんだな。


 そんなに恨まれる事とはなんだったのだろうと、今更ながらに疑問に思った。




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