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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

アップリケ・クロックアップ

掲載日:2026/04/03

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へえ、チューリップのアップリケをあしらったポシェットか。今どきだと数を減らした印象だったけれど、まだあるんだね。

 ワッペンとアップリケの違い、知っているかい、つぶらやくん?

 ……うん、ワッペンは縫い付ける紋章そのものとかにフォーカスしていて、アップリケは縫い付ける技法そのものにフォーカスしているんだ。ゆえにワッペンかつアップリケ、というブツは存在できるわけ。

 もともと布細工の一種で、補強などの観点から生まれた技法ときくね。一枚で不安ならば、そこへ別のものを重ねてカバーしていく。こいつはツールを活用する人間自身のようなものかもしれない。

 自然界なら、弱った者はそのまま淘汰されていくのみ。しかし、生来の力にいろいろとプラスしてカバーしていくことで、長く一線にとどまれる可能性が出てくる。我が身一つにこだわりがある者は良い顔をしないだろうが、外付け強化はロマンある要素だ。

 しかし、くっつくのを求めるのは、なにもこちらからばかりとは限らない。向こうもまた、接触を求めていることもあるかもしれない。

 以前、いとこに聞いた話なのだけど、耳に入れてみないか?


 はるか昔、いとこが幼稚園に通っていたときのことだ。

 工作の時間があったときに、みんなでアップリケをこしらえる機会があったらしい。フェルトをはさみなどで切って模様を作るタイプだったとか。

 いとこ自身、この手の器用さが求められる作業は苦手であまり手間をかけたくなかった。ぐにゃぐにゃの曲線にフェルトを刻み、いもむしといったていで完成させたようだ。

 一方、いとこのすぐとなりで作業をしていた子は、赤と緑の二種類のフェルトを組み合わせて、いちごの形をしたアップリケを作っていたらしい。

 その子がいちごを好きなのは、同じ組にいるほかのみんなも周知のこと。ひとつひとつは、そろえた三本指に収まるほどのサイズだけど、数はたくさん。その日の帰りから幼稚園の帽子や服、鞄などにもひっつけていくほどだった。

 その子=いちごという方程式は、日に日に強まっていき、その子自身もまたいちごを自分から外すような振る舞いはしなかったとのこと。


 ゆえに、ある日の幼稚園で。

 送迎バスの置かれる駐車場の近くで、いとこはいちごのアップリケがひとつ、落ちているのに気が付いたんだ。

 放っておかれて時間が経っているのか、あちらこちらにちょっとほこりがついているものの、あの子が身に着けていたものだろう。実際、バスで行き来するメンバーに入っているし、降りるときに外れて落ちたのかもしれない。

 届けてあげようと、いとこはアップリケを拾い上げたのだけど、その手触りに一瞬固まってしまった。

 フェルトから想像するやわらかいタッチじゃない。イキのいいゴムか粘土を相手したかのような粘り気を感じたという。ほんのわずかな間だけ。あらためて握りなおしても、同じような感覚はよみがえってこず、いとこは首をかしげながらアップリケを届けにいった。

 その子もアップリケを見たときには、不思議そうな顔をしていた。作ったアップリケは毎度すべて出動させているわけじゃなく、いくつかは家に留守番させて、かわりばんこにつけているとのこと。その日も作成した当日に比べれば、身に着けている数は少なかったとか。


「たぶん、おっことしてないんだけどなあ」


 ぼやきながらも、デザインは確かにその子が作ったものと酷似していた。手に取ったその子が園の制服にアップリケをつける。

 おりしも、先生からの声が遊び時間の終わりと、園舎へ戻ってきてほしい旨を告げた。いとことその子は一緒に戻ろうとしたのだけど。


 その子の姿が、ぱっと消えた。

 いや、直後に正面へ立つ園舎の壁に穴が開いたんだ。ちょうど、その子の背と幅くらいの大きさの穴が。一枚のみならず、延長線上にその子の穴は開いており、園舎の向こう側まで。園を囲んでいるブロック塀も抜けて、はるか先まで続いていたらしい。

 園児といえど、ひと目見れば状況はすぐに察せられる。その子はあの瞬間に、目にもとまらない速さで壁を突き抜けていったのだ……と。

 ほどなく、園舎の内外にいた先生や園児たちも気づいて騒ぎ出したけれども、数秒後にはその子が消えた時と同じように、ぱっといとこの横に現れる。

 身体は黒いすすまみれで、身に着けていたはずのいちごのアップリケはすべてなくなってしまっている。そして、その子自身はにこにこと満面の笑みを浮かべていた。


 なにがあったのか。その子が語ってくれることはなかったんだ。

 四六時中、笑みを絶やさなくなったその子だけど、何日も受け答えをしているとその子の言葉がパターン化していることに、いとこたちは気づいたのだそうだ。

 150ほどある単語しか、その子は使わなくなっていた。幼稚園で過ごす分には、最低限問題がなく、けれども園児同士の柔軟な会話を展開するうえでは、ちょくちょく支障が出るレベル。

 いくら突っ込まれても、その子は笑顔を絶やすことは卒園まで全くなかったのだそうだ。ただあれほど好きだったいちごのアップリケを身に着けることも、またあの日を境になくなったとか。

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