表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/39

第10話 最初の名物、湯けむり御膳

 ダンジョンから持ち帰った保冷箱は、白鳳館の厨房へ入った瞬間、妙な存在感を放った。


 たぶん量そのものは大したことがない。

 回復茸も氷晶魚も、初回の試験採取としては十分だが、宿の本格営業を支えるには全然足りない。それでも、厨房の人間たちがその箱を見る目は、ただの食材を見る目じゃなかった。


 “何かが始まるかもしれない”ものを見る目だ。


 そういう期待は、正直あまり得意じゃない。


 得意じゃないのに、箱を抱えて先頭を歩いている時点で、もう逃げ道があまりないのもわかっていた。


「戻りました」


 志摩さんが厨房へ声をかけると、仕込みの手を動かしていた早坂さんがこちらを振り向いた。


「お、ずいぶん早かったですね」

 視線がすぐに保冷箱へ落ちる。

「それが成果ですか」


「ああ」

 俺は箱を作業台へ置く。

「量は少ない。でも初回なら悪くない」


 蓋を開ける。


 冷気が薄く立ち、氷晶魚の半透明の身がきらりと光った。回復茸は湿度を含んだまま静かに白く、傘の縁に淡い青の筋を残している。


 早坂さんの目が変わる。

 料理人の目だ。

 珍しいものを面白がるだけじゃない。どう扱うか、どう殺すか、どう活かすかを瞬時に測る目。


「……いい状態ですね」


「第一層の浅水域で捕った」

 俺は言う。

「氷晶魚は鮮度が落ちるのが早いから、今日使うなら今だ」

「回復茸は逆に少し休ませてもいいけど、香りを見たいならやっぱり今だと思う」


 早坂さんは魚をそっと持ち上げる。


「癖は弱い。でも水の匂いがきれいだ」

「これ、下手に濃い味をぶつけるともったいないですね」


「だろ」

 俺は頷く。

「だから“名物です!”って声張ってる感じじゃなくて、湯上がりに静かに刺さる方向がいいと思う」


「静かに刺さる、ですか」


 凛音がその言葉を小さく繰り返した。


「うん」

 俺は氷晶魚を見ながら言う。

「白鳳館って、派手に騒ぐ宿じゃないだろ」

「建物も、景色も、風呂も、全部“静かに良い”でできてる」

「だったら料理だけ変に叫ばせるより、その空気の延長で“なんか忘れられない”を作ったほうがいい」


 朱麗が腕を組んだまま、じっと俺を見る。


「それが、“最初の名物”ですのね」


「たぶんな」

 俺は作業台へ手をつく。

「いきなり完成形を出す必要はない。けど、白鳳館がどこへ行きたいのかを一皿で見せる必要はある」


 志摩さんが少しだけ緊張したように息を飲んだ。


「……作れますか」


 その問いは、簡単そうで難しい。


 “美味しいもの”なら作れるかもしれない。

 でも今必要なのは、ただ美味しいだけじゃ駄目だ。


 白鳳館の空気と、風呂と、景色と、ここに来た客の気分と、働いている人間の限界。その全部を無視しない一皿。

 それを今ここで、初回の試作で、現場へ負担をかけすぎずに出す。


 正直、簡単じゃない。


 でも。


「作るしかないだろ」

 俺は答えた。

「ここまで来たんだから」


 その言葉に、凛音が少しだけ目を細める。

 朱麗は何も言わなかったが、ほんのわずかに肩の力が抜けたように見えた。


     ◇


 最初にやったのは、引き算だった。


「豪華にしないんですか?」


 若い従業員の一人が、不思議そうに訊いてきた。


 仕方ないと思う。

 ダンジョン食材を使う、名物を作る、と聞けば、誰だって“派手なもの”を想像する。


 だが、白鳳館に今必要なのはそこじゃない。


「豪華って、だいたい失敗の隠れ蓑になるんだよ」

 俺は氷晶魚の鱗を丁寧に引きながら答える。

「量を盛って、品数を増やして、珍しい単語並べて、それで“特別感”を作るやり方もある」

「でも今の白鳳館がそれやると、たぶん全部が散る」


「散る、ですか」


 凛音が近くで見ながら聞く。


「うん」

 俺は包丁を入れる。

「この宿の良さって、たぶん“ほどける感じ”なんだよ」

「着いて、風呂入って、肩の力抜いて、やっと飯が入る」

「その流れにいきなり大上段の一皿ぶつけると、少し宿の空気から浮く」


「……なるほど」

 朱麗が静かに頷く。

「白鳳館の料理は、主役でありつつ、白鳳館そのものから浮いてはいけない」

「そういうことですわね」


「そう」

 俺は彼女を見る。

「お前、たまに理解早いな」


「たまに、とは何ですの」

 朱麗は眉を寄せる。

「常に優秀ですわ」


「はいはい」


「流さないでくださいまし!」


 そのやり取りを見て、厨房の誰かが小さく笑う。

 ほんの少しだけだが、昨日より空気が柔らかい。


 俺はそのまま、頭の中で料理を組み立てていく。


 主役は氷晶魚。

 でも魚そのものの主張は強すぎない。

 なら、火を入れすぎず、香りだけふわっと立たせる方向がいい。


 回復茸は出汁へ寄せる。

 食感を残したいものと、旨味を引き出すものを分ける。

 湯上がりの体に落ちる温度を作りたいから、汁物の完成度は高くしたい。


 そして、旅館の御膳として出すなら、最後に“ほどける一口”がいる。


「……温泉卵、使うか」


 小さく呟くと、早坂さんがすぐに反応した。


「締めへ入れますか?」


「いや、真ん中だな」

 俺は少し考える。

「魚、椀、飯、その間を丸くつなぐ役で使う」

「白鳳館の温泉を感じさせるなら、わかりやすいのに下品じゃない使い方がいい」


「下品じゃない使い方、ねえ……」


 早坂さんが面白そうに笑う。

 昨日までの疲れきった顔より、だいぶ“料理人の顔”へ戻っている。


「だったら御膳、ですか」

 彼は続けた。

「一皿で押すより、流れで食わせる?」


「そう」

 俺は頷く。

「宿の名物なら、皿単体じゃなく“その時間ごと記憶に残る”ほうが強い」

「最初の名物は、料理名より体験が勝つ形がいい」


 凛音がぽつりと言った。


「……湯けむり御膳」


 その場が少し静かになる。


「何だって?」


 俺が聞き返すと、凛音はわずかに視線を逸らした。


「いえ」

「風呂上がりに出てきて、全部が湯気の延長みたいに繋がるなら」

「そういう名前でもいいのかなと」


 名前の付け方は、案外その料理の輪郭を決める。


 湯けむり御膳。


 安っぽくもない。

 派手すぎもしない。

 白鳳館の空気に合っている。


「……悪くないな」


 俺が言うと、凛音がこちらを見る。


「本当ですか」


「かなり」

 俺は答えた。

「少なくとも今の白鳳館には合う」


 すると朱麗が、ほんの少しだけ口を尖らせる。


「白雪さんの案には、随分素直ですわね」


「今のは良かったからだろ」


「私の案だって、今朝褒めていましたのに」


「褒めたよ」

 俺は手を止めずに言う。

「だから拗ねるな」


 その瞬間、厨房の空気がぴたりと止まった。


 あ、と思った時には遅い。


 朱麗が静かにこちらを見ていた。

 凛音もだ。

 早坂さんなんて、露骨に目を逸らしている。


「……拗ねてなどいませんわ」


 朱麗の声は落ち着いていた。

 落ち着いていたが、少しだけ低かった。


「そういう言い方を、こういう場所で、自然にしますのね」


「いや、違う、今のは」

「言葉のあやっていうか」


「ふうん」


 凛音が横から淡々と刺してくる。


「でも、ちょっとそう見えました」


「白雪さん!?」


「事実確認です」


「便利ワードみたいに使わないでくださいまし!」


 駄目だ。

 また変な流れになった。


 俺は咳払いを一つして、無理やり料理へ戻る。


「……とにかく、湯けむり御膳でいく」

「構成は三つ」

「氷晶魚の香草蒸し、回復茸の白湯椀、温泉卵を絡める小さな飯」

「量は多すぎない。でも、食い終わったあとにちゃんと満ちるやつ」


 早坂さんがすぐに乗る。


「魚は蒸しでいくなら、下に香りの強い葉を敷いてもいいですね」

「地元の山椒葉なら、立ちすぎずにまとめられそうだ」


「いい」

 俺は頷く。

「茸の椀は、出汁を強くしすぎない」

「回復茸の香りが勝ちすぎると、“効能”のほうが前へ出る」

「薬っぽさじゃなく、湯上がりの安心で落としたい」


「飯は?」

 朱麗が聞く。


「土鍋じゃ重い。最初は小さめの椀でいい」

「白い飯に温泉卵、魚の蒸し汁を少しだけ落とす」

「食う人が最後に自分で崩して完成する形がいい」


「自分で、ですの?」


「そのひと手間があると記憶に残る」

 俺は答える。

「旅館の名物って、味だけじゃなく“あの時こうした”って動きも意外と残るから」


 志摩さんが、じっと俺を見ていた。


「……本当に、料理だけ見てるわけじゃないんですね」


「そりゃそうだろ」

 俺は苦笑する。

「宿の飯なんだから」


     ◇


 試作は思っていたより時間がかかった。


 いや、正確には、時間をかけるべきところにちゃんとかけた。


 氷晶魚は身が薄いぶん、少しの火入れで表情が変わる。

 回復茸は二種類の切り方に分けた。

 一つは食感を残すため、もう一つは旨味を出汁へほどくため。

 温泉卵はそのままでは弱いから、少しだけ塩を利かせた出汁餡の手前で受ける。


 過剰なことはしない。

 でも、雑にも絶対しない。


 その間、凛音は横で薬味の刻みを任された。

 昨日より包丁の動きが安定している。


「上手くなったな」


「そうですか」


「昨日よりだいぶいい」

「力が変なところに入らなくなった」


 凛音は視線を落としたまま、小さく言う。


「……ありがとうございます」


「何だよ、急に素直だな」


「褒められたので」

「ちゃんと受け取ったほうがいい気がしました」


「えらい」


「子ども扱いしないでください」


 そう返しながらも、声はいつもより少し柔らかい。


 一方の朱麗は、盛り付けと配膳側の動線を見ていた。

 器の選び、盆へ置いた時の見え方、客前へ出る順番。

 料理そのものではなく、“どう届くか”へ意識が向いている。


 それはたぶん、この人の強みだ。


「九条」


「何ですの」


「その器、替えたほうがいい」


「理由を伺っても?」


「上品すぎる」

「白鳳館の空気には合ってるけど、今日の御膳には温度が足りない」

「もう少し土っぽい器のほうが、回復茸の椀の湯気が生きる」


 朱麗は一瞬だけ驚いたように瞬き、それからすぐに棚の方へ向かった。

 数枚見比べて、少し黄みのある素地の椀を選ぶ。


「こちらですか」


「……うん、それだな」


「少し悔しいですけれど、わかるようになってきましたわ」


「何が」


「あなたが料理だけでなく、出し方まで全部まとめて見ていることが、です」


 その言葉は、妙にまっすぐだった。


 俺は少しだけ間を置いてから、視線を逸らす。


「まあ、旅館だしな」


「そこでまた軽くするんですね」


 凛音が言う。


「便利だからな」


「また逃げました」


「逃げてない」


「逃げています」

 凛音は包丁を置いて、静かに続ける。

「大事なことを言ったあと、すぐ軽くするので」


「白雪」

 俺は小さく息を吐く。

「今は料理に集中しろ」


「はい」

 凛音は素直に頷いた。

「でも後で続きを聞きます」


「聞かなくていい」


「それは私が決めます」


 だめだ。

 本当にこの子は、静かな顔でしつこい。


     ◇


 すべてが整ったのは、夕方に差しかかる少し前だった。


 大きな膳ではない。

 だが、見た瞬間に“白鳳館のものだ”と思えるまとまりがあった。


 中央に、小ぶりな土色の椀へよそわれた飯。上には温泉卵がひとつ、つややかに座っている。別添えの蒸し汁を最後に落とせば、客が自分で崩して完成させる構成だ。


 左に、氷晶魚の香草蒸し。白い身の下に、山椒葉と地元野菜。湯気は細く、でも香りは確かに立つ。


 右に、回復茸の白湯椀。派手な見た目ではない。けれど、匙を入れた時に初めて香りと熱が立ち上がる。


 そして全体の量は、決して重くない。

 だが、物足りなさで終わらない計算になっている。


「……できたな」


 思わずそう呟くと、厨房の空気が一段静かになった。


 みんな、見ている。


 名物になるかもしれないものを前にした時の沈黙だ。


「試食、しましょう」


 志摩さんが、少し緊張したように言う。


 俺たちは白鳳館の小さな座敷へ場所を移した。


 厨房で立ち食いするようなものではない。

 御膳として出す以上、一度はちゃんと“客の位置”で食わせる必要がある。


 窓の外には庭が見え、障子越しの光がやわらかい。

 その席へ三膳と、少し遅れて志摩さんと早坂さんの分も運ばれる。


「なんか緊張するな」


 俺が言うと、朱麗が静かに返した。


「作った本人がそういうことを言うんですの?」


「言うよ」

 俺は苦笑する。

「名物候補なんて、だいたい緊張するだろ」


 凛音が膳を見つめたまま、ぽつりと呟く。


「……きれいですね」


 その一言が、妙に嬉しかった。


 豪華だとか、すごいだとか、そういう派手な褒め方じゃない。

 きれい。

 宿の料理としては、たぶんすごく正しい感想だ。


「いただきます」


 最初に手をつけたのは、意外にも朱麗だった。


 彼女は氷晶魚へ箸を入れ、小さく口へ運ぶ。

 表情は変わらない。

 だが、二口目に行くまでの間が短い。


 次に白湯椀。

 湯気を吸い込み、匙を入れて、一口。


 そして最後に、温泉卵の飯へ蒸し汁を落とす。

 箸先でそっと崩し、混ぜすぎないようにして口へ運ぶ。


 その一連の流れを見て、俺は少しだけ安心した。


 ちゃんと“動き”になる。


「……どうだ」


 我ながら少しだけ声が低かった。


 朱麗は箸を置き、しばらく黙っていた。

 そしてゆっくりと言う。


「売れますわ」


 その断言は、思っていたより重かった。


「しかも無理をしていない」

「白鳳館の空気の中で出される料理として、きちんと自分の席に収まっている」

「なのに、食べ終わったあとには確実に残る」

「……悔しいですけれど、これは売れます」


 言い方はいつも通り少し強い。

 でも、そこに本気があるのがわかる。


 凛音は、先に白湯椀から口をつけていた。

 そして一口目のあと、ほんの少しだけ息を止めたように見える。


「……ああ」

 小さな声だった。

「こういうことなんですね」


「何が」


「静かに刺さる、って」

 凛音は膳を見つめたまま言う。

「どれも優しいのに、どこか一か所じゃなく全部が繋がって残る」

「風呂上がりに食べたら、たぶん記憶ごと持っていかれます」


 その言い方は少し大げさだ。

 でも、たぶん間違っていない。


 早坂さんも、黙って食べ進めていた。

 やがて最後の飯をひと口食べてから、静かに息を吐く。


「参りました」


 またその言葉だった。

 だが昨日の賄いの時とは、意味が違う。


「悔しいですが、これは“白鳳館の料理”です」

「君が勝手に自分の得意料理を持ち込んだんじゃない」

「ちゃんと、この宿で出す意味のある料理になってる」


 その評価は、料理人からもらうには十分すぎるほど重かった。


 志摩さんは、少し目を潤ませながら笑った。


「白鳳館の名物になれるかもしれませんね」


「かも、じゃないですわ」

 朱麗が言う。

「なります」

「白鳳館は、この御膳を起点に立て直します」


 その声音は、いつもの気高さとは違った。

 強いのに、ちゃんと嬉しそうだった。


 俺は少しだけ肩の力を抜く。


 だがその瞬間、妙な疲れも一緒に押し寄せてきた。

 名物の形が見えた。

 白鳳館の次の一歩も見えた。

 それは良いことのはずなのに、同時に“ここから先へ進んでしまう”感触もある。


 凛音がその顔を見て、小さく言った。


「また、少しだけ遠くへ行きましたね」


「何だよそれ」


「嬉しいのに、そこで止まらない顔です」


「細かいな、お前」


「見えてしまうので」


 便利ワードだな、と笑おうとして、やめた。


 だって今回は、たしかに見えてしまっていたからだ。


 この御膳がうまくいけば、白鳳館は変わる。

 客が戻るかもしれない。

 働く人の顔色も少しずつ変わるかもしれない。


 でもそれは同時に、俺がもっと関わる理由になる。


 もっとレシピを詰める。

 もっと仕入れを整える。

 もっと運用を回す。

 もっと――。


 そこまで考えてしまう自分がいる。


「柊木さん」


 朱麗が、珍しく少しだけやわらかい声で呼んだ。


「何だよ」


「ありがとうございます」

 彼女はまっすぐこちらを見て言う。

「白鳳館に、ちゃんと“次”を見せてくださって」


 その言葉は、妙に真正面から来た。


 高飛車でも、命令でも、理屈でもない。

 ただの感謝だ。


 俺は返事に詰まり、少しだけ目を逸らす。


「……まだ、完成じゃないだろ」


「ええ」

 朱麗は頷く。

「でも今日ここに、最初の形はできました」

「それだけでも、十分に大きいですわ」


 凛音も静かに言った。


「私もそう思います」

「それに――」

 そこで少しだけ言葉を選ぶように間が空く。

「こういうものを作れる人が、まだ自分を“脇役”だと思っているなら」

「それは、やっぱり少しずるいです」


「またそれかよ」


「はい」

 凛音はほんの少しだけ笑うように目を細めた。

「でも、たぶん何度でも言います」


「しつこいな」


「必要なので」


 必要。


 ほんとうに最近、その言葉に弱い。


 窓の外では、夕方の光が少しずつ庭へ落ちていた。

 白鳳館の座敷に、湯気を含んだ静かな空気が残る。

 膳の上の器はほとんど空で、誰もそれを残していない。


 それだけで、十分すぎる答えだった。


 最初の名物は、たぶんできた。


 白鳳館はここから少しずつ変わっていく。

 そう確信できるだけの一皿になった。


 なのに、俺の胸の奥に残ったのは達成感だけじゃない。


 もっと厄介なものだ。


 たぶんこれは、前に進む時の感覚だ。

 誰かと一緒に、何かを作って、それがちゃんと形になる時の感覚。


 一度知ってしまうと、簡単には手放せない。


 だから困る。


 困るのに、膳の湯気の向こうで少しだけ満足そうに息をつく凛音と、静かに背筋を伸ばしている朱麗を見た時、俺は思ってしまった。


 ――ああ、これ、たぶんまだまだ先があるな。


 そう思った時点で、静かに生きるはずだった脇役の言い分は、もうだいぶ苦しくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ