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十二 身勝手な女たち(二)

 小姓が三人の前にざるを置く。濃い紫色をした、見たことのないものがいくつか積んである。


「美味しそうな匂いがします」


 真南風は唾を飲み込んだ。六郎が驚いたように言う。


「これは食べ物なのですか? よくわかりましたね」


「え……、いや別に、いつもお腹が空いてるわけじゃないんです……!」


 言い訳しながら赤面する真南風に、与那原親雲上がため息をついた。


「田舎の百姓は何でも口にしようとするからな。こんな得体の知れないものが食べられるわけないだろう」


「与那原親雲上、真南風の言う通りそれは食べ物だ。甘藷かんじょという。食べてみなさい」


 謝名親方に勧められた以上、断るわけにはいかない。与那原親雲上は甘藷かんじょを渋々手に取った。


 そのまま頬張ろうとしてためらったあと、二つに割った。すると皮の素朴な見た目からは想像つかない、黄金色に輝く身が現れた。湯気と共に独特な匂いが茶室に充満する。警戒していた与那原親雲上の表情が一気に晴れた。


「美味しそう……!」


 真南風も目を輝かせる。動かなかった身体が活力に満ちてきた。謝名親方が一つ差し出したので、真南風は目にも止まらぬ速さで受け取ると同時に礼を済ませ、かじり付いた。


「――あまいです! 信じられない!」


 ほくほくの食感が口内に広がり、すぐにしっとりとろけるような舌触りに変わる。やさしい甘みについ口角が上がってしまう。あっという間に平らげ、お腹には確かな満足感が残った。


 甘藷――すなわち、サツマイモのことである。


「これが聞得大君加那志が用意した策だ」


 謝名親方が言った。六郎も頬張りながら、首を傾げる。


「どういうことですか?」


「甘藷は大陸で入手した根菜で、福州ふくしゅうの砂地でも育つらしい。つまり台風の影響を受けない地中で育ち、水不足の地でも栽培できると言うことだ。米より遥かに琉球の土壌に向いておる。革命的な発見と言っていいだろう」


「それは……確かにすごいことですが、それと聞得大君加那志に一体何の関係が?」


「まだ分からぬか? この甘藷の苗を大陸から持ち帰ったのは、彼女が進貢船しんこうせん総監職そうかんしょくに任命した百姓だ」


 六郎の顔色が変わり、甘藷を食べていた手が止まる。


「まさか、これを聞得大君加那志が()()()()()()と? 各地で百姓が倒れるまで開墾させたのもこれを育てるために?」


「その通り。どういう力なのか見当も付かんが、結果を出した事実は認めるしかあるまい」


 琉球に初めて甘藷かんじょの苗を持ち帰った青年を野國(のぐに)總管(そうかん)という。

 琉球農業に革命をもたらした功労者とされ、二〇〇五年には「野國總管甘藷(かんじょ)伝来四百年祭」も開催された。


 しかしその人物像には謎が多い。この名も本名ではなく、野國は野国村の出身を意味し、總管は船を総括的に管理する役職名を指している。

 さらに野国村には海が無いため、野國總管本人とて航海の知識は皆無だったはずである。


 なぜそんな村のいち百姓だった青年が、国から任命される進貢船の総監職に就けたのか。そしてどうやって言葉の通じない異国で苗を入手し、見知らぬ植物の育て方を学べたのか。今でもその理由は明らかになっていない。


「この甘藷があれば琉球の食糧自給率は一挙に改善される。一部の海商ばかりが儲ける貿易を止めてもお釣りが来るというわけだ。さらに港を管理することで情報を封鎖できれば、こちらの兵站事情を伏せることができる。大和から見れば貿易を止めた琉球は貧しい国だが、実は大量の備蓄がある――というわけだ。聞得大君加那志はきたる戦争に向けて、兵站の増強と共に情報戦を仕掛けておるのだ。私が尋ねても答えなかったのはそれが理由だろう」


 与那原親雲上と阿国は舌を巻いた。気が触れたような那覇港での惨劇も、大和という強敵を打倒するための下準備だった。

 月嶺は"愚かな王族神の乱心"を隠れみのにしつつ、その陰で着々と勝利に向けた方程式を組み上げているのである。


「本気で勝とうとしているのか……」


「いくら何でもありえないわ。準備の段階でこれだけの犠牲者を出して、いざ開戦したらどんなことをさせられるか分かったもんじゃないわ」


 訝しげな与那原親雲上と阿国に、謝名親方が頷く。


「その通りだ。万が一大和の軍を撃退できたとしても、そのとき琉球が国として存続できる状態になければ意味がない。だから私が政治家としてすべきは、まず戦争回避の道を探ること。そして少しでも有利な条件で講和を結ぶことだ。譲歩を引き出すためにある程度の抵抗は必要だが、戦で燃え尽きてしまっては困るのだ」


「そもそも、()()()()()()()()()()()()()なんて野蛮だ。それが人の道か?」


「私のせいじゃありませんよ」


 与那原親雲上と阿国が睨み合う横で、真南風が強張った顔でおずおずと手を挙げた。ぎこちない表情に謝名親方の頬が緩む。


「いちいち許可を取らずともよい。好きなだけ食べなさい」


 謝名親方が甘藷を勧めてくれたので、真南風はたちまち笑顔になり、二個目に手を付ける。ひと齧りした後「……そうじゃなくて」と正気に戻った。


「――力で制圧したのは()()()()()ですよね」


 真南風の言葉に茶室は静まり返った。彼女の咀嚼音だけが聞こえた。


 最初に意味を飲み込んだのは謝名親方だ。大口を開けて豪快に笑った。


「はは、琉球も同じか。確かにその通りだ。八重山の人間からしたら与那原親雲上の言い分は納得いかぬだろう」


「むう……」


「琉球も過去に周辺の離島を武力制圧し、民の反乱を力で押さえつけた。そのくせ自国がされるのは非難する。これでは単なる我儘わがままだ」


 八重山はかつて琉球から三千もの兵を投入され、主権を奪われた。他の琉球列島の島々も同様だ。そうして琉球は広大な海域を支配下に置き、栄華を極めた。


 大和にされようとしているのは過去に琉球が離島に行ったことと同じで、太古より連綿れんめんと続く弱肉強食の一端。

 

 誰かが利益を享受できるのは、常に提供する側が存在するからである。


「真南風。お主は現在の琉球と同じ状況にあった八重山の人間だ。だからこそお主に問いたい。お主から見て八重山の現状はどうだ? こちらの事情に関わらず、暴力を振りかざして攻めてくる敵がいる。そうして侵略された地で生まれたお主は、過去の八重山にどうして欲しかった?」


 謝名親方は白が混じった髭をさすった。この危機を乗り越えるため、学のない離島の少女の意見ですら欲しかった。


 まさか彼女が、百年前に琉球と徹底抗戦した八重山の賊将、オヤケアカハチの子孫だとはつゆほども思わずに。


 真南風は二個目の甘藷を完食した。指先を舐めると、甘みの向こうに潮の匂いと帆柱の揺れが蘇る。


「――分かりません。私には、踊ることしかできません」


 与那原親雲上と阿国が同時に頷く。彼らも同じ、芸能の世界に身を置く人間だ。それぞれ八重山、琉球、大和と出生の異なる三人だが、戦が迫っていてもやることは変わらない。


 むしろ、芸能しか取り柄のない三人の使()()()を考えるのが政治家である謝名親方の役目だ。謝名親方は民に答えを求めた自分を恥じ、孟子の一節をそらんじた。


「『千万人といえども我往かん』か。聞得大君加那志といい、お主といい、琉球の女は自分勝手極まりない。だが、無茶を理で畳むのが政治の役目か」


 謝名親方は那覇の海に石弾が降り注ぐ中、帆柱で踊った真南風を思い出す。あの瞬間、真南風は踊りで戦を止めた。攻撃する側も逃げ惑う人々も、ただただ真南風に目を惹きつけられた。


 ――奇跡を願うのは政治家失格だ。しかし事実に基づいた可能性なら、計算に入れても構わないだろう。


「……ずいぶん長話をしてしまった。与那原親雲上、いや踊奉行よ。早く行きなさい。()()()()をこれ以上待たせてはならん。六郎、護衛として送り届けなさい」


 彼らがこれから会う者もまた、自分勝手な女性の一人だ。月嶺とは違う意味で何をしでかすか分からない。謝名親方はふっと微笑み、茶室を後にした。


 真南風は見当違いな返答をしてしまったかと不安げに阿国を見上げる。彼女は微笑みで肯定を示した。


「あなたは正しいわ。さすが離島初の楽童子ね!」


「私は女なので、まだなれるか分かりませんよ。それにあの聞得大君さまにお許しを得ないといけないなんて、とうてい無理なんじゃ……」


「これから会う方の裁量次第では、それも叶うかもしれんぞ」


 与那原親雲上が立ち上がる。彼は那覇港で石火矢の雨を受ける直前、「真っ先に行くところがある」と言っていた。これからそこに向かうようだ。


「どなたに会うんですか?」


「あの聞得大君加那志の"姉君"だ」


「……えっ?」


 阿国が付け加える。


「琉球王妃、阿応理屋恵あおりやえさまよ。私たちの八重山での楽童子の勧誘は、王妃さまの指示だったの」


「琉球の……王妃さま!?」


 月嶺が予言した通り、外は雨が降り始めた。


 真南風の叫び声は、波上宮の赤瓦に雨粒が打ち付ける音に紛れた。崖際に立つやしろは海から突き上げる潮風をまともに受け、カタカタと揺れていた。

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