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十二 身勝手な女たち(一)

 真南風と六郎が波上宮に入ると、すぐに茶室に通された。そこで与那原親雲上と阿国がお茶を啜っており、真南風を見た阿国が顔を綻ばせた。


「真南風! 無事だったのね!」


 六郎に運ばれて、真南風は阿国の隣に座らせてもらった。


「阿国さまも無事で良かったです」


「三線は粉々になっちゃったけどね。手が空っぽだと落ち着かないわ」


 すると阿国の向こう側から与那原親雲上がひょっこり顔を出す。手を口元に当て、囁き声で言った。


「私が狙撃手に対して散々暴言を吐いただろう。一言残らず頭の中から消し去るのだ。私は何も言っていなかった。良いな?」


「ええと、確か族誅ぞくちゅう? にしてやるとか…」


「これ、やめんか!」


 与那原親雲上が顔面蒼白で叫ぶ。そこに、黒衣の大男が入室した。


「砲撃が聞得大君加那志の指示だと聞いて以来この調子だ」


謝名じゃな親方ウェーカタ、お疲れ様でした」


 三人の前に腰を下ろした大男に、六郎が言った。与那原親雲上と阿国が彼に向かって深く頭を下げたので、真南風も倣った。


「六郎もご苦労であった」


「いえ。お安い御用です。結局、聞得大君加那志のご乱心は何が目的だったのですか?」


「いくつか考えられるが、主な目的は琉球の武力の確認だろう。もっとも、私には思いもよらぬ別の狙いもあるやもしれんが」


「琉球の武力の確認……確かに今後を考えると必要なことかもしれませんが、そのためだけにあんなことを……」


 真南風の背後に立つ六郎から拳が軋む音がした。強い怒りを感じる。


 一方、真南風と与那原親雲上と阿国はいまいち意図が汲み取れず、怒りまでに至らない。三人で顔を見合わせると、謝名親方が言った。


「結論から言う。琉球は――五年以内に大和の軍事侵攻を受ける」


「なんですと!」


 与那原親雲上が声を荒らげた。阿国が膝の前に指をつき、前のめりで否定する。


「大和は二度の唐入とういりで疲弊しています。太閤たいこう(豊臣秀吉)が薨去こうきょし、家康公が幕府を開いてからは内政の安定化に力を注いでいたはず。今さら他国と戦争なんてしませんよ」


 二度の唐入りとは、日本各地の武将が総力を結集し朝鮮を攻めた「文禄ぶんろく慶長けいちょうえき」のことである。


 休戦を挟み、およそ六年に及ぶ外征がいせいは明の援軍と朝鮮兵の決死抵抗により、五万人の死者を出して撤退する散々な結果となった。


「太閤と違って、家康公は戦より和平を優先する方針のはずです」


 大和の人間として弁明する阿国に、謝名親方が答える。


「徳川政権の狙いは、琉球を通じて関係悪化した明との貿易を再開させることにある。これは国内の厭戦えんせん感情を押し切ってでも進めるほど重要な事案なのだ」


 当時「唐一倍とういちばい」と表現されたように、明の商品は仕入れの倍の値段で取引された。その高品質な商材と大量の銀が噛み合ったことで生まれたのが、現在の琉球が享受する"一大交易バブル"である。


 一方、明は他国との貿易を厳しく制限する海禁政策をとっていたため、大和が明の商品を購入するには琉球や朝鮮を経由せざるをえなかった。大和は空前のバブルを前にし、民間貿易しかできなかった。


 徳川政権は明と国家間貿易をするため、様々な外交ルートを模索した。その一つが琉球侵攻である。


 謝名親方の説明の間、与那原親雲上は身を震わせていた。


「大和の軍事侵攻なんて受けたら琉球はひとたまりもない! 一方的に虐殺されるぞ!」


「琉球と大和にそこまで差があるんですか?」


 真南風が首を傾げる。八重山生まれの彼女にとっては、毎年欠かさず貢物を搾取し、島民の生活を脅かす琉球も充分に強大な存在だ。琉球、大和、明の三国の力関係についての前提知識が真南風にはまだなかった。


「呑気なことを……、いいか、琉球の士族しぞくは百年前に王府に武器を没収され、帯刀はおろか屋敷で刀を保管することすら許されていない。戦争の経験者はすでに引退した年寄りばかりだ。昨今の琉球士族は、剣術の稽古をする暇があるなら芸能を学ぶ。人殺しの技術を日夜研鑽している侍とかいう戦闘集団とは価値観がまるで違うのだ」


 与那原親雲上は一息でまくし立て、阿国の額に人差し指を突きつけた。


「この女は元巫女というからかろうじて気を許せるが、大和の侍は百年以上も同族で殺し合いを続けた。琉球士族(しぞく)は学問や芸能の力で出世するが、侍は殺した数で評価される。噂によると討ち取った証に兵の鼻を集めるらしいではないか!」


「鼻を集める……?」


 意味のわからない真南風。間髪入れず、阿国が与那原親雲上の背中を思いっきり平手打ちした。強い音が堂内に響いた。


「見たか、これが大和人の暴力性だ……」


「真南風の前で変なこと言わないで下さい。変な先入観を持たせるのは教育に悪いわ」


「だ、大丈夫ですか?」


 謝名親方が咳払いしたので、三人は慌てて背筋を伸ばす。謝名親方が仕切り直した。


「与那原親雲上の言う通り、大和に攻め込まれたら軍のない琉球は瞬く間に制圧されるだろう。さて、聞得大君加那志の話に戻そう。あのお方は侵攻してくる大和に打ち勝つつもりなのだ。最後の一人になるまで、徹底抗戦してでもな」


 真南風はやっと納得した。城から放たれた殺意にはそれだけの覚悟と説得力があった。


 港を地獄絵図にした目的は、武力の確認。月嶺が大和と真正面からぶつかり、そのうえで勝利を目指しているなら、確かに必要なことだ。


 真南風は二の腕をさすった。仏郎機フランキ砲と石火矢の火力を思い出して鳥肌が立つ。月嶺は那覇港近海での攻防がいくさの軸になることを見据え、かつて倭寇わこうに猛威を振るった大砲がどれほど使えるのか試したのである。


「謝名親方、質問よろしいでしょうか」


 六郎が言った。謝名親方が頷く。


「那覇港の貿易は琉球経済の要です。単なる試し撃ちなら別の場所でやれば良かったのでは? 聞得大君加那志が勝利を目指すというなら、あの行為は目的に反しています。ああなった以上、しばらく那覇に商船が訪れず、琉球は経済的に疲弊するでしょう。兵站へいたん不足……、特に食料問題は避けられません」


「その対策はすでに用意されておった。()()を知ったとき、私は震えたものだ。神を自称するだけのことはある」


 謝名親方が手を叩くと、小姓こしょうざるを持って茶室に入ってきた。

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