一 芸能で戦う国
海は、いつもと変わらず凪いでいた。
水平線の彼方に浮かぶ黒雲が、もう引き返せないところまで迫っていると気付いても、決して海は慌てない。騒ぎ立てるのはいつも人だ。
一六〇五年――大和では関ヶ原の戦が終わり、江戸を軸に新たな国の枠組みが築かれようとしていた頃。
首里城の評定所は戦々恐々の合議に明け暮れ、琉球王府の役人たちは大和から届く書簡の一字一句に震えた。
「大和が攻めてくる」
「軍のない琉球は明の援軍に頼るしかない」
「しかし今の明に、海を渡って派兵するほどの余裕はないぞ」
「大和の侍は倒した敵の鼻を削いで集めるらしい」
「琉球は終わりだ……」
大和、明。二つの大国の狭間で揺蕩う小舟、それが琉球だ。片方が少しでも動けば巨大な波が生まれ、一息に飲み込まれてしまう。
同じく首里城、御内原にて、王妃が言った。
「もちろん戦うわ。浜辺の蟹だって追い詰められたら鋏を振り上げるもの」
周りの女官たちは慌てて首を振る。
「王妃さま、琉球は戦えません。士族は百年も前に武器を没収され、帯刀はおろか屋敷で刀を保管することすら許されておりません。戦争の経験者はすでに引退した年寄りばかりです」
王妃は勢いよくお猪口をあおり、古酒を喉に流し込んだ。
「琉球の戦いは刀をぶつけ合うことじゃない。唄と踊り、言葉と所作。島々が積み上げた『美しさ』こそ、刀に代わる琉球の武器よ」
呆気にとられる女官に、王妃が命じる。
「踊奉行を呼びなさい。島々をくまなく回って踊りの才を持つ者を集めるの。琉球の戦いとは――芸能外交よ」
これは、とある少女の踊りが一国の未来を動かした物語である。




