④やっぱり嫌いな男
薬関係職を意味する『リード』姓を持つ平民、ルネ・リードは城で働いている。
彼女が罰として城勤めを果たしていることを知るのは極一部。まあ、『訳アリ』だとは思われているけれど。
(確かに強かな女ではあるよな、報告からでも充分にわかるくらいには)
刑罰が軽いかを諸々の要素を含めて言うと微妙なところだが、それでも充分な配慮はある。その理由を一言で言うと、リード一家は密告しその後、協力したからだ。
しかし、そもそも彼等は原材料を育て、種を流していただけである。
リード一家が育成を頼まれた苗は『新しい観光資源にしたい』『土壌や環境が適している』などのそれらしい理由をつけられていた。貴族の依頼とあって断りづらかったのもあるが、正しく検疫を通ってきたと証明する書類も渡されたことが大きい。
それだけに当初、一家はそれがおかしな取引とは思っていなかったらしい。当然、採取した種の使い道も加工法も知らなかったのだ。
それでどうやって密告に至り、ジョシュアの元に証拠となる物を届けることができたのか──そこには一家の慎重さが窺える、長年に渡る計画がある。
計画に於いて、ルネの功績は大きい。
彼女は『ルート25の亡霊』の繁殖栽培に成功していた。何度も実験的に栽培しては失敗しながら、ようやく成功した苗を薬屋の方に移し、密かに育てていたのだ。
貴族家に依頼されただけの平民一家には情状酌量の余地が充分にあるのに加え、これは公にできない案件である。そのためルネは城の温室で、この苗の栽培管理をする役目を罰とされていた。
つまりは仕事斡旋型の罰金刑であり、給与はそこそこいいがほぼ残らない。そして刑期満了は全額支払い終えた時点だが、その後も辞められるわけではない。現在は基本無休で城の外には出られないが、それらができるようになるだけ。両親も似たような感じで、父は軍管理で薬師として、母は下級メイドとして働いている。ちなみに罰金も給金も、ルネの額が一番高い。まさに功績が評価されたからこその、刑罰と恩赦である。
それでも夫妻は平穏に感謝し、仲睦まじくもひっそりと過ごしている様子だが、彼等も恩赦では『娘の減刑』を嘆願していると言う。
(さて、どう転ぶのか)
ルネがどう動いたか気になったクライドは、柄にもなく報告を楽しみにしていた。
しかし意外にもルネの言動はアッサリしたもので、肩透かしを食らった気持ちだった。
(刑罰で城にいることすら伝えてないとは……てっきりもっと自分の不遇を訴えるものかと思ってたのに)
このクライドの想像は、ルネが自身のためではなくジョージのためにそうする、というもの。
近々、プレストン男爵家は粛清される。このままいけばジョージもろとも。罪状は国家転覆罪──一族郎党処刑。末端に過ぎないからこその、見せしめ要員である。
このことはジョージに伏せなければならず、彼は自分の意思での離縁が必要になる。
だからこそ、刑期満了と引き換えにしてまで得た『選択の機会』ではなかったのか。
(それとも復讐か……?)
高待遇とはいえ、罰は罰。使えなくなったらいつ待遇が変わるかわからず、罰金は莫大。次いつあるかわからない恩赦をフイにしてまで、復讐のために姿を見せただけなら空恐ろしい情念だが、それにも些か疑問が残る。なにしろジョージにかかった必要経費はルネの支払いに加算されるのだ。
戻る道程の中、表情に出さないままクライドはしばしばジョージを見ては小さく首を傾げて考えるも、上手く繋がらず。
そんな彼をよそに、3日後王都についたジョージは穏やかな顔でクライドにこう告げた。
「副官殿、おそらくこれが私の最後の任務になります。 ご一緒できて光栄でした」
「えっ?」
「仕事は辞めます。 妻と離縁し、あちらへ戻ろうと」
素直に驚いた。『アレで?』『なんで?』という気持ちで尋ねる。
「……復縁されるのですか? 彼女と」
「はは、そんな資格はありませんよ」
一瞬『脳内お花畑とかいうやつかな?』と訝しんだが、どうやらそうではない模様。
「まず簡単に離縁できるかもわかりませんし」
(うん、それは大丈夫だけどね)
彼の妻は今、ジョージの不在中に行った観劇で、主役を努めた役者にお熱らしい。
勿論、主役は劇以外でも役者であり、こちらの台本通り。ルネを気に入っているジョシュアの妻の粋な計らいだ。とはいえやはりこのぶんの費用も容赦なくルネに加算されているが、かなりのサービス価格にはしてあげているようだ。
「お仕事は?」
「辺境伯軍にお世話になろうと。 考えてみたら、この歳から一兵卒というのも悪くないな、と。 剣を振るうのが性に合っているのでしょう……ふふっ、今更ですがね」
(……馬鹿なのかな?)
クライドにはジョージの言うことが全く解せず呆れるばかりだった。しかし兄は彼を拾ってやるつもりのようだったので、一応その繋ぎついでに恩を売っておくことにした。
「ただではありませんよ? ジョージさん、貴方が国と西部の力になってくれるのを期待しています」
「あ……ありがとうございます……!」
クライドは手袋を外し、スッと手を差し出す。ジョージもぎこちなくそれに応えた。
(腕は悪くない、みたいな話だったしな。 辺境騎士達とも上手くやれそうな様子だったようだし)
ジョージの掌は固く、制限された中でも鍛錬を重ねていたことが窺えた。本人が言った通り『剣を振るうのが性に合っている』のなら、まあ使いどころは充分あるのだろう。
だが厚意に見せかけた、その実『恩を売りつつ仕事をさっさと終わらせるため』の提案に「なにからなにまで……ご配慮痛み入ります」と感無量と言った声で告げ、深く頭を下げたばかりか自分が去っても頭を上げていない様子のジョージに、クライドは『ホントにコイツ大丈夫か?』と一抹の不安を覚えずにいられなかった。
そして……なんかこう、臀がむず痒い。
『悪い気はしない』という好感を通り越し、クライドはジョージを『クソ甘流され野郎』と認定し、とても嫌いになっていた。
離縁はやはりアッサリできたようで、三日もせずにジョージはやってきた。
「随分早かったですね~」とは言ったけれど、離縁の報告は上がっていたのでなんならもっと早い想定もしていたのだが、ジョージの方が戻ったばかりのクライドに気を使い、わざわざ安宿に宿泊してまで一日空けたようだ。
それがなんとなくイラッとしたので、親切面したマウント的に旅費でも用立ててやろうと思ったのだが、意外にも金はあるらしい。
ルネとの結婚のために貯めていた金が。
「……王都では本当になにもしませんでしたから」
苦笑しながらぼやくジョージに、『ホントにね』と内心で毒吐く。
しかしずっと後悔ばかりを滲ますこの不器用なオッサンを、クライドはなんとなく労ってやる気になった。
「思うような努力すらままならないのは、さぞかしお辛かったでしょう。制限の中それでも8年、不平不満を表に出さず真摯に勤め上げた貴方の真面目さと忍耐強さは美徳です」
だって、なんだかよくわからないが裏の思惑や好意に全く気付かないまま決断したなら、ある意味正しく彼の決断なのだし。
彼は自力……とはあまり言えないが、少なくとも最後には自身の手で生を勝ち取ったのだ。
(まあ、おめでとう。 ちょっと腑に落ちないけどね)
最後に再び握手を求めようと手袋を外そうとするのを制し、ジョージは声を掛けた。
「ノエル副官」
ジョージは一度深く頭を下げ、顔を上げると声を潜めて続ける。
「お心遣い決して無駄にはしません、西部辺境と閣下に尽くします……王国の臣下としては、貴方に忠誠を」
「……おや」
「なにかございましたら、なんなりとご拝命ください。 今は力不足でしょうが、必ずお二方のお役に立てるよう研鑽致します」
流石にここで臣下の礼は取れないけれど、という彼の意思表示に、クライドはほんの少しだけ苦く笑った。
忠誠を誓われる程のことは、全くしていないのだ。なんなら彼が生きることすら、クライドは別に願っていなかった。
「ならば……新たな門出の餞に、これを」
クライドが気に入っていた懐中時計を渡したのは、ちょっとした罪悪感と気紛れから。
時計に細工した罪悪感であって、他意はない──と、頭に浮かべながら。
クライドにとって、ジョージはその程度の筈の男に過ぎないのだから。
王太子の執務室から出たクライドは、時間を確認しようとして無意識にポケットを探り、そういえばあの男にやったことを思い出し、舌打ちする。
『懐中時計を魔除けにしますよ』
正確さが気に入っていて、敢えて無骨なまま使っていた時計。兄と同じ物だ。
「あんなもの、魔除けにもなりゃしねぇだろ」
普段は使わないような粗雑な言葉遣いで呟く。
──やっぱりアイツは嫌いだ。
改めてそう思う。
貰った時計を大切そうに懐に入れたジョージを思い出し、下品な動きにならないよう、クライドはさり気なく臀部を掻いた。




