②クライド・ノエル
クライド・ノエルは元々西部辺境の出身で、前辺境伯の不義の子として生まれた。歳は離れているが現辺境伯であるジョシュア・トゥイガーの異母弟にあたる。
クライドは幼い頃、身体が弱かったことから母と共にすぐ家を追い出された。妻を喪った、子のいない傍系の男に押し付けるかたちで。
ただ、これはおそらく兄達によるふたりの保護でもあったのだろう。なにしろお針子でデザイナーを目指していた母が、クライドを妊娠したのはまだ17。当時19だったジョシュアの上の兄よりも下……母は、手篭めにされたのだ。それに養父はとても優しい男だった。
若く見えるがクライドも、もう27。戦の最後の一年は参戦もしており『こう見えて叩き上げ』という彼の言葉は嘘でもない。幸いなことに兄や養父と、実父以外の人間には恵まれていたけれど、なんならジョージより遥かに苦労人だ。
クライドが王都に出た理由は、兄と西部辺境のため。現辺境伯である兄ジョシュアには子供の頃からなにかと世話になっており、クライドは兄を誰よりも尊敬している。
だが……いや、『だからこそ』と言うべきか。今回の件は最初からいまひとつ納得いっていなかった。
──話は遡り、辺境へと向かう日。
書簡を届ける任を預かり、その任の一端としてジョージの件もあることを聞いたクライドが、真っ先に思ったのはコレだ。
(ついでとはいえ、わざわざ手間の掛かることをする)
戦を利用したプレストン男爵家の横領。これに目を付けた第二王子派は、更にそれを第一王子派である西部辺境の力を削ぎ王家との不和を作るために利用しようとした。
第一王子が立太子してもまだ彼の地盤が磐石となるまでは油断できず、粛清と粛正をじわじわと進める中、辺境伯であるジョシュア・トゥイガーは暗愚を装い表ではなにも気付いてないフリをする必要があった。
だが、それももう終わる。
クライドがジョージと共に届けた書簡は、いよいよ王太子の即位が決まったこと。そして、先の戦の裏にある様々な案件が概ね解決したことを報告するものだ。
辺境伯であるジョシュアと王太子は密使を使い頻繁に遣り取りを行っていたが、それとは違う。これは、散々辛酸を舐めてきた西部辺境の今までの献身と努力への労いと報いであり、公的な反撃の狼煙と言えた。
戦が終わって8年。王太子が王位に着く──これを機に行われるのは、粛清による見せしめの処刑。
ただ、それだけではない。
同時にこの慶事による恩赦も発動される。
ジョージにこの回りくどい慈悲が与えられたいくつかの理由のうち、最たるものがコレ──王太子の即位による恩赦。
ただし、間接的な。
ジョージの件は恩赦を利用した西部辺境側の意向によるもので、厳密に言えば恩赦ではないのだ。彼への慈悲が『選択の機会』という甚だ中途半端なモノなのはここに主立った理由がある。
兄のため、西部辺境と王都を繋ぐ役目に尽力してきたクライドがこの任に着くのは当然だが、辺境の密使から一連の経緯を説明されて出てきたのは先の通りの感想。別に異論はないが、プレストン家で愛玩動物扱いの第14部隊長如きに、そんな手間をかけてやる意味がサッパリわからない、というのが本音だった。
「随行役兼護衛としてご一緒させて頂くことになりました、第14部隊長ジョージ・プレストンです。 宜しくお願い致します」
ジョージ・プレストンは精気のない暗い瞳をしながらも、きちんと働く男だった。
折り目正しい挨拶から実務に至るまで徹頭徹尾『真面目』としか言いようがなく、それは朧気にしか覚えていないまだトゥイガー籍だった頃の、責任感から自分を育てるためだけに残った母を想起させた。
近い者以外は基本的に誰に対しても愛想良くやり過ごすクライドだ。勿論今回もそうだが、いつもより積極的に話し掛けるようにした。これは、兄から『念には念を』と、道中でジョージの情報の有無を改めて確認するよう言われていたことによる。
このことは、王太子にも伏せてあった。そこに叛意はない。だが、西部辺境が味わった辛酸と長年の忸怩たる思いは、一部の罪が詳らかになるだけの蜥蜴の尻尾切りのような処刑のみでは、到底解消されないのだ。
(まあ実際コイツが情報を持っているとは、兄上も思ってはないんだろう……)
クライドにとって非合理的に感じる兄の行動だが、合理性が噛み合わないだけだとわかっている。言うなればクライドは効率を重視し切り捨てるタイプで、ジョシュアは先を大事にし育てるタイプ。情が芽生えても時には非情な判断を下すだけに、必ずしも後者の方が甘いとは言えない。
そのお陰で自分の今があり、いくばくかでも西部辺境に貢献している自負があるだけに、兄の判断は勿論、今のジョージに対しても否定することはできない。だが、面白くはないのである。
クライドはジョージの嫉妬に気付いていた。
若くしてそれなりの地位でしかも年齢より更に若く見えるだけに、嫉妬自体はよくあること。なのでそこはどうでもいいが、彼のような間抜けの腑抜けに『苦労してなさそう』と思われているだろうことが気に食わない。
とはいえそれはそれだ。
クライドは三日目の夜、予定通りにこやかにジョージに酒を振る舞った。
「『ルート25の亡霊』、そんな噂がありましてね」
この話をするために。
「部隊長はこちら出身と伺いましたが」
「ええ。 ですが『ルート25の亡霊』ですか。 生憎私は耳にしたことがないですね……派生は戦の名残でしょうか。 この辺りもよく賊が出ましたし、血に塗れた逃走兵が潜んでいてもおかしくない場所でしたから」
酒の席の与太話だと思っているのだろうに、生真面目にも少し考えた様子でそう返すジョージに、クライドは本音で返す。
「ふふ、部隊長は本当にご存知ないようだ」
やはり彼は、クライドにとって間抜けな男でしかなかった。
「確かにこういう噂の多くは事実の誤認からでしょうね。 ですが噂の『亡霊』はそういう、ゾンビみたいのじゃないんですよ」
「へぇ……どんなのなんですか?」
明らかに気のない返事だが、こちらが上官という意識はあるらしくそう見せないような努力も見て取れた。
その割に、余所事ばかり考えている様子で、声を掛けると馬鹿正直に「つい、色々思い出してしまいまして」と申し訳なさそうに言って謝罪する。
(全く、なにもかも中途半端な男だな……)
呆れたが、そう悪い気はしない。
クライドを恵まれているように見ているのは面白くないものの、舐めた態度は欠片も見せないところには少しだけ好感を抱いた。気持ちを隠すのが然程上手くもないことから、おそらくこちらを敬い弁える気持ちは本心なのだろう。
実際、環境は大事だ。現に目の前の男は王都での環境が違えば、もし立場が同じでもこちらに嫉妬すらしなかったのだろう。
──そんなことを思ったからこそ。
(どうせなら『確認』にアレを使うか?)
クライドは『念には念を』入れることにした。
実際は『好意であれ悪意であれ、感情は目を曇らせる』……そんな理由を盾にした、ただの興味から、の部分が大半を占めるにしても。
結果、クライドのジョージの評価は少し変化することになった。




