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ルート25の亡霊  作者: 砂臥 環
ジョージ

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2/7

②ジョージ・プレストン


 潮の匂い。

 荒い波が岸壁を叩きつける音が聴こえる。


 早朝。朝(もや)に包まれた国道(ルート)25。

 三日前、西部辺境伯に書簡を届ける役目を拝命したジョージ・プレストンは、休憩のために馬を降りた。


「……陰気な場所だ」


 最後の街を出たのは夜明け前。予定通りであり、そのつもりで早目に床についたものの上手く寝付けず、寝不足の身体が重い。

 未だ抜けぬまま、ほぼ怠さに変化した眠気の不快さと共にそう毒吐く。


 大昔に起こった戦で王都から西部辺境へ物資を運ぶための最短経路として作られたこの道は、木々が鬱蒼と茂る森の端を海岸沿いに突っ切る旧道で、昼間もどこか薄暗い。

 木々の隙間を通り風が連れてくるアンバランスな波音も潮風も『心を癒す』といった長閑さを齎すものとは程遠く、むしろこの場所の陰鬱さに拍車をかけている。


 現在使われているのは、宿泊施設に事欠かない大きな街を介して作られた新道ばかり。ルート25は密かに物資を運ぶ場合など、戦か特殊な任務でしか使われない。

 今回は戦でも特殊任務でもないが、荷の少ない二人組での騎馬による移動なので、こちらが通行路として選ばれていた。多少の路面の悪さを問題としないなら、新道より圧倒的に早いのだ。


 しかしあまり気持ちのいいところではない。

 ジョージの知る8年前も陰鬱な場所だったルート25だが、昨夜『亡霊が出る』という噂を聞いたからか、更にそう見える。


「特に今の時間はそうですね。 靄が凄いですから」


 まだあどけない面持ちの宰相府副官クライド・ノエルは、ジョージの言葉を拾いそう返した。

 手際よく荷から出した水筒を彼に渡し、野営用のシートを敷くとクライドは微笑む。


「どうぞ、部隊長」

「いや失礼。 私がやるべきところを……しかし副官は手際がいい、意外にも慣れてらっしゃるようだ」


 騎士団第14部隊長であるジョージの役目は、彼の護衛であり随行者。有事でも起きぬ限りは、年は若くともクライドの方が立場は上であり身分も上。

 言葉通りジョージがやるべきことだったが、彼は気にした様子もなく「ええ、こう見えて叩き上げでして」と笑う。


「急に振られた任務、お疲れになるのは当然です。 もう夜も明けましたし、靄を考えたら少しゆっくりした方が安全でしょう。 寛げる場所でもないですが、気にせず横になってください」


 苛立ちと複雑な思いを隠しながら、ジョージも曖昧に微笑み返した。


「副官は大丈夫ですか」

「ふふ。 普段机に向かってばかりなので、身体を動かして体調がいいくらいです」

「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」


 事実、酷く怠い。

 仕事を急に振られることはままあるが、宿ではあまり眠れなかった。


(歳のせいかな)


 横になるとまるで土に還るような、自身の重み。

 今回仕事を共にしているエリート青年は、見目に反して鷹揚で余裕のある態度で。それは生まれや育った環境への羨望と嫉妬をジョージに否応なく感じさせた。

 だが既に失った若さは、平等に自分にもあった筈のもの。

 日々鍛えているというのに、年齢(とし)を理由にして彼の厚意を受けることを、少しばかり恥じる程度の矜持はまだ自分にもあったらしい──そんな風に思ったからか、強大な眠気(てき)に僅かに抗うように歪めた唇のかたちは、自嘲とも苦笑ともとれた。


(ルネ……)


 薄れていく意識の中。浮かびあがったのは、かつて生活を共にした女の名。





 辺境伯軍に入隊したジョージは、22の歳に本格的に参戦。

 そして3年に渡る戦いを生き残り多少の功績を上げ、見目の良さもあって凱旋メンバーに加えられて王都へとやってきた。


 本当は、褒賞金だけ貰って帰るつもりでいた。その金で少し王都を楽しんで、彼女が喜びそうな土産を沢山買ってから。

 ──実際、一度は戻ったのだ。

 事実婚だったのだから、別れるつもりならそのまま王都にいたっていい。

 ただ、ジョージの気持ちが揺らいでいたのは事実だ。


 王都は華やかで、なにもかもが魅力的に映った。

 凱旋メンバーは高く評価され、連日王宮や王都の貴族の邸宅で(もてな)され持て囃され、自然と滞在は延びた。当時まだ25で、整った顔立ちのジョージに秋波を送る女は多くいた。


 ある貴族家のパーティー。上官から持ちかけられた婚姻話。ジョージを見初めたという貴族の娘は若く、美しかった。


 王都での日々で、ルネのことを全く思い出さなかったわけじゃない。

 西部辺境に漂う不穏さの中、帰るのは週3日程。戦は常にあったわけではないが、前線に送られてからの3年は数ヶ月に1回、長くて2週間。夫婦のように過ごした時間は長いとは言えないが、それでも一緒に過ごした時間は幸せだった。

 ルネを大切に思っていた。

 美しい貴族の妻や、王宮での働きやそこでの出世という輝かしい未来に心が動いても、ルネ次第で(・・・・・)それを棒に振ってもいいと思うくらいには。


「ルネ、結婚して別のところで暮らそう」


 だから戻ったジョージはルネにそう告げた。

 しかし、ルネの返事は17の時と変わらなかった。


「言ったでしょうジョージ、私はここを離れられないの」


 その後はろくに話し合いもせず、いくつかの王都の土産と、なにか押し付けがましい罵倒を残して、ジョージは王都に戻った。


 別に王都(とかい)に住みたいわけじゃない。ただ薄暗い森の粗末な家で暮らすのは嫌だ、移住するだけの金ならある。そんなことを言っただろうか。

 だが本音はそうじゃない。きっと許せなかったのだ。自分が華やかな未来を天秤にかけルネを選ぶなら、彼女も大切なものをなにか捨ててくれないと、不公平だ──そう感じてしまったから。

『離れられない』と告げた彼女の表情は、17歳の頃よりずっと悲しそうだったのに。


 卑怯だった。今はそう思う。


 秤にかけたフリをして、決められないことを彼女に決めさせたのだ。ジョージにとっても別れは辛く悲しかったが、ルネがそう答えるとわかっていた筈だ。そしてそれに、僅かに安堵した自分もいた。


 もう8年前のこと。


 貴族の娘に見初められ、功績というよりコネから騎士爵を賜り、晴れて騎士の一員として王宮で働くことを許されたジョージだが、良かったのはそこまで。


 王国騎士団では血筋が物を言う。勿論実力が考慮されないわけではないが、身分差を埋め上回るだけの技量や立ち回りの良さが必要となる。

 しかし妻となった女は美しいが悋気が強く傲慢で、ジョージに必要以上の社交だけでなく、職務範囲を超えた仕事に励むことすら許さなかった。

 結果、齢33にして二桁部隊の長止まり。

 10は離れていそうな、麗しいエリート青年のお付という今の仕事ですら、普段の仕事より華やかなくらい。

 夫であるジョージの自由を許さない反面妻の交友関係は派手で、その殆どが男。しかし使用人付きの邸宅で何不自由なく暮らせているのは、自分の給金ではなく裕福な妻の実家の支援ありきで、ジョージには咎めることができなかった。

 子供でもいたら違うのだろうが、妻は体型が崩れる懸念から子を産む気はなく、避妊薬を飲んでいる。なにより気紛れ程度にしか肌を許してはくれず、寝室も別だ。できようがない。

 恵まれた生活を漫然と甘受しながら、見限られないように加齢と戦い見目を維持するよう努めるくらいしかできない自分は、あまりに滑稽で。もっと歳を重ねどうにもならなくなる前に、こっそりとでも強引にでも出ていくべきでは……と思いながらも行動に移せぬまま、日々は過ぎていくばかり。


 だがいくら後悔しても、既に8年も経っている。今更戻るなんて真似ができる程、ジョージは厚顔無恥ではない。なによりあの妻はそれを許さないだろう。仮に彼女がもしまだひとりだったとしても、迷惑をかけるだけだ。


 だからルネのことは極力考えないようにしていた。なのにこの任務を振られた日から、いくら振り払っても気付けば彼女のことや自身の後悔ばかりが過ぎり、諦めていた筈のこの先の選択を突き付けてきては、ジョージの頭を悩ませていた。



 ──昨晩も、また。


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