⑨ルネと知らない女
プレストン子爵家との取引がなくなったことを知らせると、一家の処遇はすぐに決まった。それは罰金刑であり、各々の能力を踏まえた上、城内で宛てがわれた仕事に従事しそこから引かれる、というもの。
家はどちらも取り上げられたが、辺境伯家の管理になっただけ。薬屋の方は引退した軍属の老齢薬師がのんびり営業しつつ、教えを請う若手薬師達に講義をする場に変わったようだ。城に居を移すにあたり唯一心配していた愛犬のミントだが、あの木と森の家と一緒に引き取られ管理担当の薬師達に可愛がられて過ごしているそう。
当初、ルネの仕事はアンドレア付きのメイドだった。あの木の繁殖栽培が難しいとは特に思われてはおらず、希望を聞かれたことから『可能ならばアンドレア様のお傍に仕えたい』と述べたためである。
希望を聞かれたのはルネだけで、その際以前送った手紙のことを匂わせられたことによる。それが面白がられたのか不審がられてかはわからないが、情報を得たいルネが食いつかない理由などなかった。
おそらく正解は両方で。仕える際にアンドレアからは色々質問され、他のアンドレア付き侍女やメイドからは厳しく当たられた。幸いアンドレアからの理不尽に感じるような指示はあっても、職務上主に迷惑が掛かるからか理不尽な嫌がらせは殆どなく、仕事はきちんと教えてくれる。あった際にも嫌がらせの犯人の方が罰を受けていた。
(規律が正しく機能し、統制がとれている)
そう感じ、この選択が最善だったとルネは確信していた。
アンドレアからの指示も含め、忠誠心や判断を試されるようなことが何度もあったものの、ルネにしてみればそれは好都合だ。欲しいのは情報を得られる程の信頼と立場であって、わざわざ裏切る意味など皆無。
ルネは周囲に配慮し他者を立てながら、まずはひとつひとつ確実に仕事を熟し、慣れてくると先を読んで動き、真摯にアンドレアに尽くした。
しかし二年後、言い渡されたのは突然の配置転換だった。
「ルネ。 貴女はどうやら『緑の手』の持ち主だったみたいね?」
『緑の手』とは、特殊能力などではない。『植物を育てるのが上手い人』のことを言う。
庭師と薬師であの木を繁殖栽培してみるも、どうも上手くいかなかったそう。独自の栄養繁殖は勿論、ルネの記した栄養繁殖の方法や種からの種子繁殖も試したものの、いずれも発根・発芽に至らなかったという。
『緑の手』が特殊能力でないにせよ、同じように栽培している筈でも人によって差が出るのも事実。薬草園で栽培していた他の薬草も状態が良かったことから、お声が掛かったようだ。
「お役目、有難く拝命致します」
目論見は外れたが、城にいればある程度の情報は手に入り、逆にアンドレア付きとはいえメイド程度では他と大してなにも変わらない、というのももうわかっている。
(チャンスだわ)
そう──これはチャンスだった。
この二年でルネは、粛々と仕事に勤しみながら耳に入ってきた切れ端のような僅かな会話を拾い、繋げていっていた。
込み入った事情までは流石にわからないものの、王都からの使者が王太子殿下の遣いだということはわかった。最低限の事情しか知らなかった城に来る前も、新聞などで第一王子の立太子に際し宮廷の意見が割れ、各地に影響を及ぼす懸念があったことくらいは知っている。
第一王子殿下が無事立太子したのは、二年前。戦が終わって一年程後のこと。現辺境伯であるジョシュアが戦で負傷した長兄マーティンに代わるかたちで辺境伯になってすぐ。
マーティンに妻はおらず、弟夫妻に社交や領主の仕事を任せていた。アンドレアがマーティンの4つ下でジョシュアの5つ上であることや、マーティンが譲位してすぐ戦が始まったことから『将来をまだ幼い弟に任せる気で、内々に婚約者の挿げ替えを行ったのでは』──と目されていた。
辺境伯として国を守り、また臣下として第一王子を支える為の、役割分担。そして長く混迷を繰り返した戦は終わり、第一王子は立太子した。
(きっともう、あまり時間に余裕はない)
そもそも信頼を得ることを含め、手段でしかない。その先にある最終的な目的は、あくまでも『ジョージの減刑』なのだ。
いつプレストン家に処刑の宣告が降るかわからず、ルネは密かに焦ってもいた。
正直なところ、特別な自信などない。
ルネだって何度も失敗し、数年をかけ奇跡的に一鉢成功しただけであり、自分が専門の人間より知識や能力が高いとも思えない。
しかし功績を上げるこの機会を逃す筈がなかった。
やり遂げる自信自体はあるが、たった二年で前任者は交代させられたのだ。少なくとも二年の間になにかしらの結果を出さねばならない。しかも慣れない温室で。
(大丈夫、発根までは上手くできる……!)
それでも二年と言わず、すぐにでも結果を出したい。
ルネの勤務場所は温室に変わったが、新芽が出る期間は限定的に、再び居を森の家に移すことになった。
既にかなりの高齢だったミントは、ルネが戻ってから暫くして息を引き取った。
「きっと待ってたんだね」
罪人であるルネの監視と警備を兼ねて、生活を共にすることになった女性騎士、ヴィオラはそう言う。
「……そうね。 本当にいい子だったもの」
考えてもみなかったが、ミントが死んだらおそらく敷地内に埋めていたのだろうと思う。その際、あの男の死体が見つかってもおかしくなかった。
(ありがとう、最期まで守ってくれて)
ルネはヴィオラと共にミントを埋葬し、小さな墓標を立てた。
彼女はジョージと別れた時にいた、あの女性騎士だ。王都に配備されていたが、監視の命令と共に戻ることになったそう。あれがこちらでの初任務だったらしい。年齢はなんと八つも下で、この時まだ20。気が付けばルネも、もう28になっていた。
「西部辺境は戦だったからね。 傍系だけど一応貴族令嬢だしってことで、王立学園の騎士科に入るよう勧められたんだよ。 当時第一王子だった王太子殿下の婚約者も同じ歳にいたし、まあなにかと使い易いってのもあったんじゃない? あんまし仲良くなかったけど」
あの時は寡黙に見えたヴィオラは、飾らない饒舌な娘だった。おもわず「そんなに話して大丈夫なの?」とルネが聞き返す程。
「あ~大丈夫大丈夫、ただの世間話じゃん。 別に止められてないし、逆になんでも聞いてくれていい。 仕事だから報告はするけど。 大体君、知ってどうこうできる力なんてないじゃない、罪人だし」
「アナタこそ騎士なのに、守秘義務違反にはならないのかしら」
「『なんでも答える』とは言ってないもん。 それよりルネって私よりお上品じゃない? 貴族令嬢みたい。 今度成り代わろっか、見合いの時とか」
「……もしかして忠誠心や叛意を探ろうとしてる?」
「凄い! 色々考えてるんだね~」
令嬢や騎士というよりは軍人っぽい豪快さで、ヴィオラはゲラゲラ笑った。
曰く、アンドレアはルネを気に入ってるらしく『なんでも聞いていい』は彼女の意らしい。ヴィオラは言わなかったが、多分『知ってどうこうできる力はない』もだろう。
「面白がられてるのかしら」
「っていうか……上は上で色々抱えるモノがあるんだよ、多分。 まあだから、当面話のネタには困らないよ! ご令嬢とのお茶会とか、話が合わなくてしんどかったなぁ~。 お菓子は美味しかったから、お菓子ばっか食べてたわ。 そしたら今度はコルセットの締め付けで物理的にしんどくなったけど」
「ああでもあまり聞かれると私の方がウッカリ不敬なことを言いそうなんだよなぁ~」とヴィオラがボヤくのには、ルネも笑ってしまった。本当に言いそうで。
(……察して気遣ってくださったなら、甘えることにしよう)
ヴィオラの言い淀んだ部分ではそれだけではないようだったが、ルネのことというよりも、どうも辺境伯夫人であるアンドレアの重責を慮るようなニュアンスだった。そこに処刑が当て嵌るかは、立場的に微妙なところだが不穏さは拭えない。
ただ今回の厚意に関しては『あの方にしてみれば慈善事業のようなものなのかも』とそれはそれで納得できる気がしたし、そもそもアンドレアは、ルネが王都住みだったヴィオラになにを一番聞きたいかなんてお見通しだろう。
なにより、知りたかった。
ジョージの今を想像し得る、パーツを。
「プレストン嬢は私のふたつ歳上で、あまり関わりはなかったけどよく知ってるよ」
「え」
「騎士科でも評判だったからね、彼女。 言い方は悪いけど、『まるで娼婦だ』って」
美人だが男好きで、ちょっと見目の整った男だとすぐ秋波を送る、など。学園内での素行より社交界での評判が悪かった。実際、成績は良くなかったものの、学園で誰かに言い寄るようなことはしておらず、むしろ噂を聞いた貴族子息に言い寄られる側だった。
ただ評判自体も強ち嘘でもないようで、夜会やパーティーなどでは派手なドレスで男と戯れている姿や、個室に消える姿を度々目撃されている。
「好みは決まってて、ちょっと見目の整った男なのはそう。 でもほぼ騎士だったからね。 そりゃ耳にも入ってくる」
「それは──」
本当に彼女自身の好み……というか意思だったのか。
そう尋ねてしまいそうになり、ルネはぐっと堪えた。知らない人間に同情している余裕はない。ルネにとって、プレストン嬢は男好きであった方が、都合がいいのだから。
今の話もヴィオラの耳には入っているようで、促さなくても勝手に話してくれた。プレストン嬢はジョージと結婚し夫人となっても相変わらずで、夫を顧みず好き放題やっているらしい。
それはルネが願った通りの展開のようだった。
(喜ぶべきことよ)
ジョージの不幸も、その妻の愚行も。
その夜久しぶりに、あの夢を見た。
ただ今までとは違い、己の無力さを痛感するのが、何故か心地良かった。
──できることを、やるしかない。
後味の悪さすら、今はまだ感じるべきじゃないのだ。




