⑦ルネと罰
「『ルート25の亡霊』……」
様々なところから情報を集めていただけに、この噂自体は知っていた。
しかし時間帯により陰鬱さを醸す近くに崖のある場所が舞台の、亡霊の話……ベースとしてはあまりにありふれたご当地恐怖話でしかない上、語られる話はそれぞれの語り手によって脚色もされている。沢山の情報の中からわざわざそれを拾い上げ繋げて考える方が難しく、気付くことはなかった。
ようやくリード一家は、ネブリシンに転化させた方の薬の利用法を知ったのだ。この返事によって。
幸いなことに、薬の効果による直接的な死亡者・負傷者などは発生していない。そのことや、リード一家が立場の弱い平民であることを考慮しても、加担した罪は『戦時中の補給物資の横領』。国家転覆罪に該当することから、一家も無罪とはいかない。
返信内容はそれらの事実から始まった。
それでも一家には大いに情状酌量の余地があり、また西部辺境を煩わせているこの問題への有益な情報提供を行ってもいる。刑罰は免れないが、それらを鑑みて辺境伯家の預かりとし、内容の配慮はする、との旨。
続くのは、ただし刑罰が決定するまでは辺境伯家に忠誠を誓い、今まで通りに過ごし沙汰を待つように、との指示で。加えてそれに付随するいくつかの細かい点や、緊急時の連絡方法など。
最後は『その間及びその後の一家の無事は保証する。』──という一文で締め括られていた。
「泳がせたままにする気なのだろう……」
『ルート25の亡霊』はまさに亡霊が如く、時間が経てば体内から跡形もなく消えてしまい、被害者側からは証拠が残らない。とはいえ、それは所詮使用された薬の特定についてのことでしかない。文面から、横領の証拠は掴んでいるようだった。
しかしプレストン家になにかあったという話は特になく、取引は相変わらず。そのことからも、なにか必要があって敢えて捕えていないことはわかる。
そもそもクレールの話を信じるならば、現子爵は小物で利用されているだけ。だとしても、補給物資の横領など利より圧倒的にリスクの方が高いように思うけれど、そのあたりの裏事情を知る必要性はないだろう。
今まで通りの生活を続けるにあたり、ある程度とはいえこちらが察せられるだけの情報を与えてくれたのは有難かった。あとは、『無事は保証する』という言葉を信じるよりない。
まだ罰はわからないし、不安はある。
しかし『木をそのままにしていい』という許可が降りたも同然で、しかも『罰を与えられる』というのは、少なくともルネにとって一定の安堵を齎した。
木を処分できなかったのは下手に破落戸などのせいにして焼却処分した場合、警邏などに調べが入り死体まで見つかってしまう可能性の懸念から。おそらくあの木は熱が冷めた頃に、鎮痛剤の原材料として有効活用されるだろう。そうでなかったとしても、その頃には自分達の手から離れている。自分達は、それまでの罪を償っている筈だ。
罪が繋がっていたからこそ、どちらか一方が露呈することで両方の罰を受けねばならなかったルネの罪は、これにより男の殺害と間接的な横領への加担で分離されたのだ。
密告した内容に関係ない男の殺害と死体遺棄については、依然秘匿したまま。もとより、そこにある罪は父に咎を負わせてしまったことだけなのだから、これまでもこれからも誰かに言うつもりはない。密告が成功した以上、仮にあの死体が見つかったとしてももうしらばっくれればいい。木に近付いた者が貴族家の手の者によって殺されても、なんら不自然じゃないのだから。そしてその動機はこちらにはないのだ。
罪の露呈を運としたルネにとって、これは神に赦されたも同義だった。
それから数年。
戦が終わると同時に、リード家の営む薬屋に辺境伯の遣いがやってきて、手紙を渡された。
いよいよ処遇が決まったのか、と思いきやそれはまだ先のようで。代わりに書かれていたのは、辺境伯家とジョージのこと。
辺境伯家には沈黙を続ける理由があり事を公にすることはできないようで、まだプレストン家を罪には問えないそう。引き続き取引を含めたこのままの生活を続けるように、とのことだった。
その後書かれていたことで、ジョージには辺境伯家からも監視が付けられていたことを知る。恋人なのだから、疑ってかかるのは当然と言えばそう。そこで他家による監視が発覚した……監視者は辺境伯軍に加わっていた王立騎士団の騎士。
そこまでは全て想定の範囲内ではある。
問題はジョージがその騎士に『凱旋』と称して王都へ連れられてしまったことだった。
ジョージは裏にいる某貴族家にとって、戦に紛れて殺す程の差し迫った存在ではなく、監視もついでのようなモノだったようだ。彼の性格的な部分からあまり疑われていなかったのか、それとも貴族家にとって薬の情報が漏れることは然程問題ではなかったのか……その辺りは不明だが。
ただジョージは戦でそれなりの功績を挙げてしまった。
そのことで彼は、情報を知ろうが知るまいがルネの傍にいること自体が邪魔である、と見なされたようだった。辺境伯家に重用される立場になると煩わしい、と思ったのだろう。
相手は懐柔などの穏便な方法を取ってくるとは思うが、もしものことは覚悟して欲しい──
そう書かれていた。
「ルネ……」
「大丈夫よ。 コレ……部屋に持っていっても? 後でちゃんと燃やすわ」
気遣わしげに声を掛けたアシュリーに、ルネは微笑んでそう返し、薬屋の方の自室へ下がった。こんな時でも辛さを表情に出さない娘の姿が却って痛々しく、ホレスは黙って頷く。
ひとりになったルネは、もう一度手紙を隅々まで読み直した。
ジョージの功績がどの程度のものなのかはわからないが『おそらく穏便な方法を取る』という予測通り、それを理由に凱旋に加えるかたちで連れて行ったのなら、王都で騎士として紐付ける可能性が一番高いのだろう。
またこれまでの諸々を鑑みるに裏で糸を引く貴族家は、辺境伯家と事を構えるようなことは望んでいないような気がする。プレストン家や薬については、『本当はどうでもいいのでは』とすら。
(私の予想が正しければ、王都に行った以上ジョージはもう、戻ってくる方が危険だわ)
王都でよからぬ者と繋がり体のいい駒として戻ってきた可能性があると看做され、排除される──辺境伯家の者の手によって。
(これは多分、そういう意味を含んでる)
わざと迂遠な言い回しにしてあるのは、こちらを試していると言うよりもそのままの意味で受け取られた方が都合がいいからだろう。もし始末する場合にも、怨みを買わずに済む。
あまりに貴族的で反吐が出そうだ。
どのみち戦が終わりジョージが戻ってきたら終わる筈だった関係だが、だからこそルネはその日が大事だった。きっと酷い別れ方になるだろうが、それは問題ではない。今まで彼に注いだ自分なりの愛や情や、今まで彼から貰った感謝や想い出に別れを告げる、大切な日なのだ。
そこに余計な思惑が付けられたことにも、言いようのない不快感が込み上げる。ルネは怒りに任せ手紙をビリビリに破いた。
なにをしたわけでもないのに息は上がり、動悸が酷い。遣る瀬なさに唇を噛みながら机の上で組んだ手の甲に額をつける。
神に赦されたような気になっていた。
罰はかたちを変え、ジョージに牙を向いただけだった。
(馬鹿ね……くだらない)
──ジョージを巻き込んだのは、結局のところ自分なのだ。
神の御業なんてものではなく、想定できたこと。していて目を瞑ってきたこと。
(……立場を弁えなきゃ……むしろ、忠告してくれたことに感謝すべき)
ルネはランプの火に、細かく散り散りになった手紙の破片をくべながら息を整えた。
ジョージは戻ってくる。
彼を無事に王都に戻すため、アンドレアへ手紙を書かねばならない。




