⑥トゥイガー辺境伯家への密告
「兵士になるつもり?! 駄目よ!」
「辺境伯軍は人員強化のため新兵を募ってる。正規兵じゃない、まずは補助要員として警ら隊の元で鍛錬と演習を受けながら巡回警備をするらしい。 だから然程危険じゃないよ」
「そんなの──」
(知ってるわ……でも)
共に暮らして兵士になるなら、それは危険だ。なにも知らないジョージまで、あらぬ疑いを掛けられてしまう。
「……いつ前線に送られるかわからないじゃない」
「いつ何が起こるかも、結局わからないよ」
確かにそれはそう。
「だからさルネ、一緒に住もう。 ここなら訓練所にも近い。 俺ルネが好きなんだ、離れたくない」
「ジョージ……」
ジョージの気持ちは物凄く嬉しかった。ルネだって、ジョージが好きなのだ。ふたりで共に歩む、平凡で穏やかな未来を想像したことだってあった。
だが13の時。決定的にそんな未来はなくなってしまった。『いつ何が起こるかわからない』なんて、ジョージより余程理解している。家が全焼するのも大変なことだが、取り返しがつかないことじゃない。彼にはそんな普遍的な幸せを、掴む権利があるのだから。自分とは違って。
彼の言葉は嬉しい。だがその未来の先に自分はいない──ルネはそう思い、せり上がってくるものを堪える。
(私だって……!)
ルネは珍しく、まるで彼のせいじゃないどうしようもないことで、ジョージを感情的に強く責めたくなった。
この時より3ヶ月程前。ルネは誕生日にジョージに告白されていた。その時のプレゼントは珍しくペンダントで、金の葉の上に朝露を模した小さな宝石の付いた物。
その時のジョージは妙に緊張した顔で。今まで冗談交じりに『好き』と散々口にしていたくせに、上手く言えずに口ごもってしまった。そんなお世辞にもスマートとは言えない告白が愛おしく、すぐ了承した。
しかしその後もふたりは、恋人と言うには慎ましやかな接触しかしていない。できなかったのだ。
ジョージは『今のままでもいい』と言ってくれており、焦っていたのはルネの方だった。ルネだってジョージが好きなのに、嫌悪してしまう自分が許せず、居た堪れなかった。なんとかしようと無理矢理積極的な行動を取ったり、肌を晒したりもした。
自ら迫るようなことをしておいて、いつも上手くいかず項垂れるルネをジョージは一度だって責めたりはせず『焦らなくて大丈夫』と慰め優しく労わってくれた。
ジョージの未来を思うなら告白だって本当は受けるべきではなかったのだ、と今更のように後悔し強く目を瞑る。
だが再び目を開けたルネは、目の前の彼を見て、思わずフッと笑みを零していた。
──無駄だ。
もし過去に戻っても、きっと同じことを同じようにする。そう思って。
ルネにとって、ジョージは支えだった。恋愛が愚かで恋心が冷静さを失わせるモノだとしても、彼との日々を失いたくなかった。
だから自分の心に折り合いをつけ、一線を引くことにした。
「わかった……でも結婚はしないわ」
「えっ! えぇ……?」
「だって結婚したら、軍を抜けて移住するにもなにかと困るでしょう?」
そこからのルネは、熱が一気に冷めるようにいつもの冷静さを取り戻した。
恋人の延長として、家と職を失ったジョージと共に住むのも、彼が軍に入るのも自然な流れだ。
(危険に晒すことになるかも……でも、これはチャンスでもある)
ジョージが軍に入ればルネも彼を介し、自然なかたちで軍と関わりを持てる。籍を入れさえしなければ、巻き添えになる可能性は低い──尤も、法で裁かれた場合のみだが。
そうでないかたちでの巻き添えも考えられるだけに、葛藤は勿論あった。
「戦が終わって、まだ貴方の心が変わらないなら籍を入れるわ」
これだけは嘘になるが……嘘というよりも、希望だったように思う。子供の語る将来の夢のようなそれは、大切に残していたなにかへの弔いの言葉だったのかもしれない。
別れるしかないような状況になって、不器用だが強い気持ちでプロポーズしてくれたジョージ。ルネは籍は入れられなくとも全身で応えたいと思った。そうすることで、彼は引かなくなると理解しながら、ふたりは結ばれた。
翌日、遅ればせながら許可を求めに、ふたりはルネの両親の住む家に向かった。
もう娘がありきたりな幸せを願っていないことを知っている父は、娘のささやかな望みに反対などできなかった。
その後クレールにも『一時の事だから』と、苦しみながらも恋に溺れるフリをして同情を引きながらジョージとのことを話したが、特に反対する様子はない。「私はなにかを言う立場にありませんから」とだけ。
(……考えてみたら、むこうにも好都合なのでは?)
父娘はなるべく日常生活に紛れるように、自然なかたちで情報を仕入れるようにしている。ただの平民一家というのもあるからか、張り付くように監視されているわけでもない。こちらの妙な動きを察知するのに、軍に潜ませる方が監視しやすいに違いない。
当然ながら、ジョージには一切なにも話す気はないどころか、彼にもなにも悟られないように動くつもりでいる。
(ジョージの言動をもとに、こちらの動向を探るつもりなら……!)
逆にこちらの動きは一切伝わることはない。
それどころか攪乱し、誤情報を掴ませることすら可能かもしれない。
ジョージが齎したのは、一時のささやかな望みを叶えてくれるような日々だけでなく、未来を繋ぐ糸でもあった。
ルネは恋人としてジョージのところへ向かう時、そこで具体的に誰かと接触することはなく、勤める人間とそこでの立ち位置や関係性の把握に努めた。そして『これは』と思う人物には学校や孤児院などの奉仕活動や催しを利用し、その家族と交流することにしたのだ。
実際に交流をするのは、母アシュリーだ。
これを機にアシュリーにはホレスがこれまでの概要を話したが、意外にも落ち着いており「話してくれるのを待ってたのよ」と微笑み快く引き受けてくれた。それだけでなく、もともと見知らぬ地にやってきた経緯から奉仕活動や地域コミュニティのあれこれを手伝い馴染む努力をしていたので、既に仲良くしているターゲットもいたりした。今まで母であり妻として素知らぬ顔で日常を支えてくれていたアシュリーは、父娘が思っていたより弱い女性ではなかったようだ。
そのお陰で、ルネは証拠作りの方に大幅に力を割くことができた。彼女が行っていたのは、原材料である木の栄養繁殖──挿し木からクローン栽培する方法での繁殖だ。
最初の頃は鉢を使い、土に挿し木を行うも発根までに至らず。方法を変え何度かコップの水で挿し木を行う方法を試みて、ようやく発根まではどうにか成功した。ただそれも発根した苗を鉢に移すと、やはり根付く前に枯れてしまったり根腐れしてしまう。挿し木は適した期間があり、常に行えるわけでもない。開花や着実など特徴の似た他の木を使い練習もしてみたが、それは成功したので手順が悪いわけでもないようだった。
試行錯誤を重ね、ようやく小さな苗の土に根付いた挿し木を慎重に薬屋の家の方に運び、それが育って小さな種をつけるまで、数年の月日を要した。
その間に色々あったけれど、クレールを始め誰かにこちらの動向を悟られた様子はないまま、いよいよ密告の手筈は整ったのだ。
相当な努力はあったが、これは運も味方した。ここまでの経緯を鑑みたら、それは『運が良い』などと言えたモノではないにせよ。
特に、まだ辺境伯ではなかったジョシュアの妻、アンドレア夫人と縁があったこと。
アシュリーと恋人を引き離した貴族家に粛正を行ったのは、当時ブラックウェル公爵令嬢だった彼女である。奇しくも西部辺境に招かれ、向かう道中でのこと。アンドレアはまだ若干7歳だったが、聡明と評判が高く『タイミングさえあえば次代の王妃だった』と惜しまれる人物で、そのきっかけとして周知された出来事がコレだった。
アシュリーが予てから奉仕活動を熱心に行い、この話をシスターに話していたことから、慰問にやってきたアンドレアと直接対面し会話をする機会に恵まれた。勿論その場で余計なことは伝えなかったけれど、アシュリーは上手く立ち回りアンドレアの周囲の人間と繋がることに成功する。そこからは早かった。
戦が終わる2年前のこと。密告は行われた。
城のメイドを介して、目立たず確実にアンドレアの手に証拠が渡るようにはしたつもりだが、返事が来るまではただただ不安だった。
返事の受け渡しは、客に扮した辺境伯家の使者によって薬屋で行われた。
それは一家が想定していた範囲ではあったものの、あまりいいとは言えない内容だった。




