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ルート25の亡霊  作者: 砂臥 環
ルネ

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13/18

⑤『ルート25の亡霊』

 

 曰く、あの仁は焙煎と発酵の工程を経ることで化学的に変化し、高い幻覚作用を持つ『ネブリシン』へと転化すると言う。

 このネブリシンを抽出し作られたのが、後に『ルート25の亡霊』と言われる薬である。


 吸入により効果が発揮されるというこの薬の効果は高いが持続時間は短く、自然分解され体内には残らない、というもの。なにかに使えそうではあるものの、工程の中でネブリシンと共に発生する特有の匂いから、自然なかたちで個人に摂取させるのは難しい代物(シロモノ)なのだとか。

 なので、子爵はいままで特にこれを精製させず、一切の情報を秘匿した。利用価値がなくとも怪しさ満点の薬であることは間違いないだけに、折角の『希少で良質な鎮痛剤』に瑕疵がついては堪らないと思ったのだ。


 しかし、子爵が代替わりしたタイミングでこの薬を知るものが現れた。その誰かは活用方法を知っており、現子爵を唆したのだろう、とクレールは言う。


「製法は知らないと思いますが、おそらく村の生き残りでしょう。 まさかこんなところに現れるとは私も想定外でした。 もしかしたら探していたのかもしれません」


 子爵がこの薬を限定生産にし原材料の繁殖栽培をしなかったのには、高位貴族に気にいられたから以外にも、販路を広げ事業として整えるには金と時間がかかり過ぎるからでもあるようだった。後を継がせ任せるのに息子では安心できないことや、自身の年齢も鑑みた結果ではないか、というのが以前語ってくれたクレールの見解。


 つまり問題のない鎮痛剤自体、力を持つ者に狙われてもなんらおかしくはなく、その工程で情報を持つ別の生き残りを探したのではないだろうか。

 個人の資質や家格にもよるだろうが、貴族は商人と違い、目的までの効率性より立場や威信を意識した過程の美しさを重視する。理由がそれとは限らないが、相手が高位貴族の場合、クレールを直接狙わないのも特に不思議ではないことだ。


 いずれにせよ薬を知る誰かは現れ、その結果鎮痛剤の製薬ではなく、子爵家を利用し違う方法で活用することにしたようだ。原材料がないことも理由のひとつかもしれない。

 クレールはこの時点で具体的な使用方法には触れていないが、なにか良からぬことに使うのだけは明らかだった。


「取引をやめてはいけません。 現プレストン子爵(あの考えなし)があなた方になにかをする可能性は低いですが、アレを操っている貴族は危険だ。 なにも気付いていないフリを続けた方がいい……助かる道筋を考えましょう」

「だが……!」

「──父さん」


 ホレスが思わず声を荒らげる中、ルネは酷く冷静だった。


「クレールさんの言う通りだわ」


 ルネはとっくに覚悟を決めていた。別にこうなることがわかっていたわけじゃない。ただなにか罪に問われれば、それは自分が背負うべきものだと思っていたから。

 そこに経緯は関係ない。男の生死が運の良し悪しなら、自分の罪もきっと同じ──だが、ただ黙って身を委ねてやる気などなかった。


 ルネは男の埋まった傍の家の中のベッドで、暫くの間毎晩同じ夢を見た。奴が死ぬまで延々と剪定バサミで刺し続ける夢だ。

 いつまで経っても男は死なず、それでも必死で刺し続けるうちに、その血が自分のものだと気付く。コップに入った小さな虫のように自らの血溜まりの中で藻掻いていると、いつの間にか場面は切り替わり、父とクレールが死体を埋めているのを俯瞰で見ているのだ。深い穴の中、土を被せられ埋まっていく、自分の(・・・)死体を。


 世界が理不尽で自分が無力でも、現実のルネにはまだ、あの夢よりも遥かにできることがある。


「クレールさん……あなたは大丈夫なんですか? その、種を取りに来るのは代わってしまうんじゃ……」


 ルネは遠慮がちに尋ねる。


「いいえ。 相手が製法を知らない以上は大丈夫でしょうし、そうならないように努めます。 ただ私の力であなた方にできる最善は、この仕事を下ろされずにやり過ごすことかと。 これ以上はもう、互いに足を取られます……具体的ななにかを話せるのは、今回が最後になるでしょう」

「そうですか……」

「力が足らず、申し訳ない」


 辛うじて栽培場所(ここ)の情報は秘匿されたままのようだが、バレるのは時間の問題だと言う彼に、ルネは尽力してくれた礼を述べると話を先に進めた。


「ねぇ父さん……今は必要なことを聞きましょう、なるべく多く。 クレールさん、ネブリシンの抽出と薬の精製方法は教えて頂けるんでしょうか」

「……お望みとあらば」


 その言葉に不安げに瞳を揺らし、ルネは父に答えを求めるように視線を移した。暫し娘と見詰め合うと、ホレスは覚悟をしたように僅かに目を瞑った後で答える。


「──いえ、教えてください。 クレールさん、薬屋の方へ。 ルネ、お前はここにいなさい」

「私も……!」

「いいえ、お嬢さん。 お父さんの言う通りです。 秘密を握るのは少ない方がいい」

「…………わかりました」


 ルネは肩を落とした様子で、それでも一旦立ち上がり、ふたりを玄関先で見送った。

 




 ──パタン


 静かに閉まった扉の内側。取り残されたかたちでひとりになったルネは、悔しさを滲ませるかわりに無表情で椅子に座り直す。


 生き残りをかけて、父娘はクレールの情報に縋った──だがその一方、父娘の遣り取りにはふたりにしかわからない明確な合図があった。以前から、用意していたものだ。


 実のところ、ホレスとルネはクレールを信頼していない。父娘はあの事件の後、何度となく彼について話し合ってきている。

 ホレスは慎重で疑り深いぶん、重要な情報を開示され、言葉通りに鎮痛剤が精製されたことで安堵してしまったようだった。そんな父に対し『ある程度信用はしても、完全にはすべきでない』とルネは訴え、『今まで通り』──つまり『信用してるフリ(・・)』をし続け、様子を見ながら都度彼について話し合おうと提案したのだ。

 偏屈なようでいて情と恩義に厚いホレスとは言い合いになったこともあるが、最早これはルネだけの意見ではなかった。


 協力者であっても彼は仲間ではなく、それぞれの目的ありきの共闘関係にある。

 ふたりは大分前から既にそういう認識でいた。もっとも『共闘関係』は『良い言い方をすれば』……の話だが、それを含めて父娘の認識に然程の差はない。


 なので『やはり』、と言うべきか。

 今回慎重にクレールの話を聞いていたルネには、いくつか判断しかねる部分があった。おそらくは誘導されている。嘘は吐いていないにせよ、彼に都合のいい解釈になるように。

 こちらのことを考えて『助かる道筋を』と色々してくれるのも事実だが、そこには前提として彼自身の目的が存在する。事柄は小さいが、それは日常的にルネもよく使う手だった。気付かないわけがない。


 クレールは必要とあらば容赦なく、こちらを切り捨てるだろう。あの木ごと。


(『なにも気付いていないフリ』ね……言う通りにさせて貰うわ。 あなたに対しても)


 今回明確に感じ取ったクレールの思惑は、いっそ清々しいくらいだった。これでこちらも罪悪感を抱くことなく彼を利用し、安否を考えず動くことができる。

 勿論、『できれば(・・・・)無事で』とは多少祈るにしても。


(だけど、なんとか早くどうにかしないと)


 具体的にはいくつもあるが、その全てを引っ括めて言うなら『辺境伯への密告』──今回の話がきっかけではなく、以前から考えていたことだ。

 当然、後に『ルート25の亡霊』と言われる薬の狙いを知った上でのことではない。この薬は既に、この頃西部に頻出しルート25を逃走経路にしていた賊などに実験的に使用されていたが、この時点での父娘はそれは勿論、具体的な使用方法すらまだ知らないのだから。


 この木の種からできる鎮痛剤は軍を抱える西部辺境にとって有益。結局のところクレールはいつ裏切るかわからず、情報を伏せられたままいいように利用されているのが不安なのだ。ならばこの薬を対価とし、辺境伯家の庇護下に入るべき──とルネは何度目かの話し合いでホレスに言った。

 だがクレールへの認識は揃っても、ルネとホレスの考えが同じなわけではない。

 ホレスはルネのこの意見を『いい案だ』としながらも『あまり現実的ではなく、リスクが高い』と反対したのだ。


 ただでさえ戦のさなかなだけでなく、トゥイガー辺境伯家自体もゴタゴタしていた。この戦が長引いたいくつかの要因のうちの、ひとつでもある。

 そんな中で、一平民の訴えが聞き入れられるとは思えない。そもそも届くかも怪しい。また証拠として献上する鎮痛剤を新たに精製することは難しく、薬瓶に移したものが数本あるのみ。


 悟られたら終わりなのでチャンスは一度切りと考えるべきであり、少なくともその一度で確実に辺境伯閣下の元へ訴えが届くように手筈を整え、証拠を揃える必要があった。


しかし状況は悪くなり、それが更に難しくなりそうだ。父が上手く有用な話を聞き出すのを祈りながら、ルネは今後なにをすべきかを考えていた。


(伝手が欲しいわ……いえ、焦っちゃダメよね。 あくまでも日常を装える範疇でないと)





 それから半年もしないうちに、森の家にジョージがやってきた。『軍に入る』と言いながら。



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― 新着の感想 ―
ジョージは自分が思ってるよりも遥かに、ルネの人生に影響を与えてるんですね( ˘ω˘ )
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