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ルート25の亡霊  作者: 砂臥 環
ルネ

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11/20

③ルネとクレール

※暴力・性的な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

 

「明日は収穫ね。 私、今夜から準備をしておくわ」

「ああ、頼むよ」


 ルネとホレスは何度も話し合った結果、『現状、どうにもならない』という共通認識により、長いスパンで考え、遣いの男と一定の信頼関係を築くことにしていた。


 こちらがなにも考えずただ従っているように見せるのに、年端もいかない娘であるルネの存在は与える心象として有効であると見て、数年前から収穫を手伝っている。

 ルネがいることでホレスの不安や懸念を『貴族家との取引への不安』でしかなかったと印象付けると共に、向こうを信用している様子を示すことができるのでは……と考えたのだ。


 折を見てホレスは『賃金の増加の希望』を匂わせ『種の取り出し以降の加工も担えないか』と打診する予定でいる。

 成功すればいくぶん加工法がわかるとともに、種の中の部位や任される加工によっては一部収集し、成分の分析なども可能になるかもしれない。


『木の焼失』による処分の方も、タイミングなど先の検討をしてはいる。だが、それが上手くいかないことも当然視野に入れるべき。よしんば上手くいったとしても、また苗を持ち込まれないとも限らないのだ。

 地味でまどろっこしくともやれることはやっておくべきだろう。



「やあお嬢さん、お久しぶりです」

「あっこんにちは」


 森へ向かう前、明日のために少しいい茶葉と菓子を買いに出たルネは、それを振る舞う予定の貴族家の遣いの男とバッタリ出会(でくわ)した。


「 遠くから御足労様です、もういらしてたんですね」

「ええ、少し早くに着いたので今日は一日ゆっくりするつもりです」


 遣いの男はいつも同じで、クレールという名のやや小柄で中性的な男。一見そうとはわからないが異国の出身らしい。貴族というよりは貴族を相手にする商人のようで、おそらく彼が苗を持ち込んだのだろう。物腰は穏やかなものの、どこか油断ならない雰囲気を感じる。

 反面、ルネはクレールに生理的な嫌悪感を感じたことはないし、ホレスもまた、圧を抱いたことはあれど当然のように押し付けてくるような傲慢さを感じたことはない。


 彼は貴族家に雇われているだけで、繋がりは浅いのでは──と父娘は考えている。

 そうであれ警戒は必要だが、ルネは年相応の無垢さと好奇心を装い、彼によく話し掛けるようにしていた。もう大分仲は良い。


「あとで時間があれば、散歩がてらミントに会いに行くかもしれません。 その際はどうぞお気遣いなく」


 ミントは昨年から飼い始めた犬であり、森の家の傍に犬小屋と柵を建てて飼っている。あまり有用な情報でもないが、彼は犬が好きらしい。


「あら、私だってお茶くらい出せるんですよ?」

「ふふ。 お気持ちは嬉しいですが、お嬢さんももう歳頃ですからね。 ひとりの時に気軽に他人を部屋に入れてはいけませんよ」


 ルネは彼のこういうところが好ましく、人として言えば決して嫌いな相手ではなかった。

 ふたりはお勧めのレストランなど、少しばかり他愛ない話をして、一旦そこで別れた。





 事件が起こったのはそれから数時間後。

 買い物を済ませ管理小屋に向かうルネは、その途中から不愉快な視線と足音を感じるようになった。


(……追けられてる?)


 ルネは焦り、自身の迂闊さを後悔した。治安が多少悪くなったにせよ、まだ昼間。なのであまり気にしていなかったが、既に人はまばらで民家も少なくなっている。

 多少賢く機転が利くとは言え、ルネは投げられた卑猥な言葉や視線に恐怖するような、たかが13の少女──気取られないように足を早め、さり気なく小走りに移行というのが精一杯。


 森に入るタイミングで一気に走る。

 自分の足音と動悸に、実際に追われているのかなどもうわからなかった。


「……ッミント!」

「ワン! ワンワンッ!!」


 恐怖と息切れに詰まる喉から無理矢理ひり出すように愛犬の名を叫ぶと、それを聞き付けたミントが柵を跳び超えてあっという間にやってきた。ルネはホッと息を吐く。ようやく落ち着いて周囲を見回すも、特に人影はない。


(気にし過ぎかしら……)


「……行こう、ミント」

「ワン!」


 一息吐いたことで気付いた、じっとりと汗ばんだ肌に貼り付くブラウスの感触を不快に思いつつ、足早に家に向かう。玄関扉の鍵を開け、ミントを連れて家に入ろうとノブを回し開いた──その時だった。


「ワンッワンワン! ……ギャンッ!!」

「!?」


 突然ミントが吠え出し走ったかと思うと、叫び声と共に家の中へ(・・・・)放り込まれたのだ。


 それはあまりに突然で、短い時間だった。

 まるで突進するかのようにこちらに向かってきた男に、ミントが飛びかかり噛み付いた。しかし男はそのままの勢いで扉の方へ向かい、ミントを叩き付けるように放り、そのまま扉を閉めた(・・・・・)のだ。曲がりなりにも猟犬のミントは噛み付いたら離さないが、噛み付かれた筈の腕はなにもない。一連の流れを想定して上着を巻き、上着ごと放り込んだようだ。

 ルネはなにが起きたのかわからないまま右腕を掴まれ、あっという間に扉と男の間に押し潰されるように捕らわれた。家からはひっきりなしに激しく吠える、ミントの声。


「躾の悪い犬だなァ、ルネちゃん。 これは飼い主に責任をとって貰わないと」

「……ッ!」


 頭上から降る男の声は『顔はいいが、女にだらしない』と評判の、町の肉屋の息子のもの。

 母にもルネにも卑猥な意味を孕む口説き文句を囁いては、釣り銭や商品の受け渡しの時に撫でるように手に触れてくる、とりわけ嫌悪する中のひとりだった。


 予てから狙いをつけ、周到に計画していたのだろう。


 身体を押し付けて拘束したまま胸を乱暴にまさぐり、男は満足そうに息を吐く。


「……いいねぇ、13でコレとはやっぱり母娘だ。 お前の母ちゃんは薬屋の野郎には勿体ねぇと思ってたんだよ」


 相手がわかったからと言って恐怖が消えるわけでもなく、「ヒッ」と小さくしか出ない声。それでも肌が粟立つような嫌悪感に助けられるかたちで必死に抵抗する。男はそれも愉しげな様子で「どれ、顔はどうかな」と毟るようにルネの前髪を掴み、無理矢理顔を上げさせた。


「おっと、こりゃ想像以上だ」

「……っこ、こんなことしてただで済むと──ぐゥッ?!」


 男は躊躇なくルネの腹目掛けて一発、拳を打ち込んだ。衝撃と痛みに彼女の膝が崩れるのを見ながら、男は拘束を解く。ルネはズルズルと扉沿いに蹲りつつも、縺れる足でつんのめるようにその場を逃げ出した。

 男は追わなかった。すぐ捕まえられると思っているのもあるが、最初の目的は鍵を取り施錠すること──ミントを閉じ込めることにあったようで、ルネが落とした鍵を拾い施錠を済ますとゆっくり後を追う。


(助けて! 父さん母さん! ……ジョージ!!)


 13の少女と大人の男の足では勝負にならない。まして痛む腹を抱え、恐怖でままならない足ではどこへも行けなかった。


「おらッ鬼ごっこはもう()まいだ!」

「きゃあッ! イヤッ離して!!」


 家の裏で捕まってしまったルネは、それでも抵抗し揉み合った末、農具入れなどにぶつかりながら引き倒された。一度叫ぶと声は出たが、聞きつけてくれる人などいない。


「急に元気よくなったじゃねぇか、いいねェ、その方が()りがいがある」

「触らないで! いやぁっ! ジョージ、ジョージ!!」


「流石にうるせぇわ」と軽く言いながら、男はルネの頬をバチンと音が出る程の強さでひっ叩いた。明かりに照らされた埃に似た金の粒が、視界の中に飛ぶ。


「……」

「お、大人しくなったな」


 のしかかることでルネの身体の自由を奪い肌をまさぐっていた男の手は、ルネが叩かれ横を向いたまま抵抗しないことで、いくぶん丁寧なものに変わる。


「いい子にはゆっくり、()くしてやるよ……一緒に愉しもうぜ」

「ッ……!」


 様子を見るようにゆっくりと、ブラウスのボタンに手を掛けていく。

 直接肌を撫で回す手の気持ちの悪さに耐えながら、ルネは倒され叩かれて横を向かされたことで気付いた、反撃の糸を密かに手繰り寄せていた。


 無抵抗なのを確認するように、暫くゆっくりルネの身体を撫で回していた男だったが。


「はぁ……ああもう我慢できねぇ」


 自身の下半身を露出しようと、ベルトに手を掛けながら身体を離した。


「がっ……?!」


 瞬間──男は呻き声を上げる。

 ルネはようやく自由になった手で道具箱から落ちた剪定バサミを素早く掴むと、男に突き刺したのだ。


「て、てめぇ」


 油断していた男がまだ呆然としているうちに剪定バサミを抜き、再び突き刺す。

 今度は男が抵抗する番だったがあまりに想定外だったのか、上手く反応できないまま。落ちたズボンに足を取られ再びルネに覆い被さるように倒れ込むと、咄嗟に手を土に付けてしまう。ルネはその間も素早く執拗に、男の身体へ掴んだハサミの先を抜いては突き刺した。何度も何度も何度も何度も。その度男から小さく短い呻き声が漏れる。


「くっ……そガキがァ!!」


 男はかなりの傷を負ったものの、所詮はハサミでましてや少女の力だ。殺傷能力は低い。

 どうにか体勢を立て直した男が右腕で思い切り払うと、ルネの身体は簡単に弾かれ土に叩きつけられた。衝撃で目を瞑る。


 ──ゴッ


 耳に入ってきたのは、鈍い音。

 瞼を開いたルネの目にスローモーションのように入ってきたのは、頭から血を流し横に倒れ込む男の姿だった。



 すんでのところでルネを助けてくれたのは、貴族家の遣いの男──クレールだった。


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吐き気を催す邪悪( ˘ω˘ )
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