②ルネとホレス
そもそも、どうしてリード一家が犯行に加担することになったのか。
最初はプレストン家の遣いに『新しい特産を考えており、実験的に他国から仕入れた新種の苗を育ててみて欲しい』と言われ、苗を育てるところから始まった。『土壌や環境が適している』と。
薬の殆どが草木で作られているからか、薬師にはこういった栽培や品種改良の仕事が回ってくることもあり、この依頼自体はそこまでおかしくもない。
言われるがままに苗を育て、種を渡していた主な理由は四つある。四つ目の理由は後のことが原因なので別として、最初の三つは『相手が貴族である』こと、『輸入品だという苗が正しく検疫を通ってきたようである』こと──そして『ホレスの薬師の資格は、祖父の遺した店を継ぐためでしかなかった』ということ。
彼が取得したのは薬屋経営のための必須資格と知識であって、元々植物自体や新薬研究に興味があったわけではない。当然大変ではあったけれど彼の地頭の良さもあり、短期集中の独学での詰め込みによってか、運良く資格試験に通ってしまっただけだ。
薬のことは素人に毛が生えた程度だが、『商売に於ける信用の大事さ』は理解しているホレスは、店を継いでも暫くの間、いくつかの特定の薬しか頑なに処方せず勉強を続けていた。アシュリーを意識する余裕がない程忙しくしていたのはこのためだ。
まだ慣れないうちにされた依頼だが、それでもホレスは最初からずっと、なにか怪しいと感じてはいた。しかし慎重に書類を確認するもおかしなところは見当たらず、断れずに受けることになってしまった。
ただ、妙な点がないことには安堵もしていた。結局のところ、どうあれ貴族の依頼を平民が断るのは難しいことなのだから。
そして経った月日が、いつの間にか5年を超え、10年を超えた頃。
「──父さん」
「ルネ」
「貴族の人との取引……やめられないの? 本当は嫌なんでしょう、アレ、なにか危険なモノなの?」
ホレスがずっとひとりで抱えていた不安は、娘による指摘というかたちで共有されることになった。
「……わからないんだ」
「わからない?」
そう、わからないのだ。
取引は春と秋年二回の収穫後のみ。やってくる遣いの男は収穫した総数を含む定期報告を纏めたものと、前年に収穫し干した実から取り出した種を引き取って帰っていく。
最初の数年は苗から移した木の成長具合を観察もしたが、もうしていない。当初は繁殖栽培をするような話だったのに、いつの間にかそれはなくなったようだった。
目的が種であるのはわかる。それ以外は不明。種から加工して作れる嗜好品などはいくつもあるが、それなりに実を付けるとはいえ所詮は一本の木からだ。『実験的に』とは言え、あまりにも量が少なすぎる。一体なににどう利用しているのか、と訝しめば怪しさは増すばかり。
振り返って考えると、話を持ち掛けられたタイミングからもう疑わしい。王都で資格を取得し西部辺境に戻ってからそう経たないうちだった。そもそも王都での試験で、ホレスは『合格できた』と思える程の手応えを感じたわけではなかったのだ。
(あの試験で、ターゲットにする者を選んでいたのでは?)
例えば……田舎に土地を持ち知識の浅い、取引に適した相手を。
(考え過ぎだろうか)
冷静になると荒唐無稽な話にも思える。だがそれは、目的やそのためにかかるであろう費用を含めた労力を考えるからで、不正自体はあっても然程不思議な話ではない。
もしなにかの薬だとして──ホレスの知識も大分深くなっており、種のいくつかの加工法も想定はできている。だが収穫した総数も事細かに数えられていることから、成分の分析をすることは難しい。
「なにかいい方法がないか、父さんも考えてる。 今は滅多なことを口にしてはいけないよ」
ルネに諭した通り、怪しいと感じながらも何に使われているか不明なまま、ただ従うよりない、という状況だった。
「……なにも裏などない、ただの割のいい仕事かもしれないしな」
そうホレスは苦笑するが、『貴族はまだるっこい汚い手を使う』と母のことで知っているだけに、その言葉が本心からではないのはわかった。
「父さん、秘密は守るから一緒に考えさせて」
「ルネ」
「不安がりそうな母さんに言えないのはわかるわ、でも私は黙っていられる方が不安なの。 なにも知らないことは怖いから……父さんと一緒よ」
「そうか……そうだな、ありがとう」
この時から、ルネはホレスから色々教わるようになり、他有用そうな知識を得るためにあらゆる本を読み学んだ。また父娘ふたりであれこれ相談するようになった。実際それでどうなるわけでもなかったが、それでもホレスの不安は大分軽くなっていた。
そして更に数年。戦の影響から治安は徐々に悪化していき、付け火などの話も耳に入るようになった。
(これはチャンスだ)
ホレスは西部辺境の混乱に乗じ、木を処分できるのでは、と考え始めていた。
「ルネ、お待たせ」
「待ってないわ。 あなたが勝手に来るだけよ」
「つれない!」
「うふふ、冗談よ。 見えるでしょ? ふたりぶんお茶を用意してるの」
12歳。ルネとジョージは学校を卒業すると、森の管理小屋で会うようになっていた。
ジョージが自分に近付くようになり最初は困惑したルネだったが、彼は思っていたよりも気遣いのできる少年で、場所や時間を選んで話し掛けてきた。
元々争い事は好まない質だ。自分に配慮してくれる人を粗雑に扱うような不調法な真似をする気もないが、当初のルネは『人気者の気紛れ』程度に様子を見ながら慎重に相手をしていた。けれどすぐ飽きるだろうと思っていたジョージは、呆れる程に真摯にしつこかった。
学校でのルネの興味関心は概ね本と敷地内の花壇や畑で育てている植物だったが、ジョージはルネの話を聞きながら彼自身もそこへの関心を向けてくれ、一緒にいるのが楽しいと思うまでそう時間はかからなかった。
『卒業しても仲良くして欲しい』と言われた時は素直に嬉しかったものの、目立つのは嫌なので会う場所には困った。するとジョージが勝手に薬屋で働いている父に挨拶しに行き、管理小屋で会う権利をもぎ取ってきたのだ。
どんな遣り取りがあったのかは不明だが、管理小屋では代わりに犬を飼うことになった。ジョージに懐いているのであまり意味はない気はするけれど。
「あなたって変わってる」
「へえ? 君程じゃないと思うけど」
森の家では一緒に薬草の世話をしたり、カードやボードゲームに興じたりと、ふたりの付き合いはとても健全で微笑ましいものだった。
相変わらず冴えない装いをしているルネだが、幼い頃とは少し違う。歳頃になってくると体型の変化が著しかったことで、隠すようにオーバーサイズの服をわざと着るようになっていた。
きっかけとなったのは母と買い出しに出た時に投げつけられた、下卑た言葉と視線。
ルネの住む町は『町』というだけあり、周辺で一番栄えていて人が集まる場所。そのぶん、他より猥雑でもあった。
知識だけしかない男女の交わりは、母の経験もありまだ幼い子供の頃から多少恐ろしく思っていたが、それだけだった。だがあからさまな言葉をぶつけられ舐め回されるように見られるようになったことで、ルネは男性や自身の特徴を含めた性的なことを嫌悪するようになっていた。
ただ、ジョージは違う。
『難しいことを考えなくてもいいよ。 嫌なことはしないし、うっかり俺が君の嫌なことをしそうになったら言ってくれたらいい……友達ってそういうものだろ』
なにも言わなくとも距離感には配慮してくれただけでなく、会話の中でさり気なくそう言ってくれた。
(ジョージは私のことを好きだと思うんだけど……)
無理矢理連れ出したりは勿論、お洒落も強要しない。『そのままでいい』と言ってくれる。モテるし誰にでも優しいが一線引き、『他の女の子とは話が合わない』とさり気なくルネを優先するなど。ルネが嫌がるような仕草を決してしないジョージの行動を鑑みれば、それが自惚れだとは思えない。だがわざわざ自分から『友達』と強調してくれたことが嬉しい。
実際は自分をそういう目で見ていると感じることが全くないわけではないが、それでも少し他とは違う。大事にされている実感があった。だからいつも素直に『尊重してくれている』と思えるのだ。
──戦の影響が色濃くなる中でも、割と平穏に過ごしていたルネとジョージだったが。
翌年、ルネ13の歳の秋。
彼女の人生を大きく変える事件が起き、そのことでホレスの考えていた『木の処分』は不可能になってしまう。
この事件こそルネが『離れられない』と言った重要な理由であり、原材料を卸し続けるに至った四つ目の理由でもある。




