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ルート25の亡霊  作者: 砂臥 環
ジョージ

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1/7

①ジョージとルネ

※ジョージ視点/三人称

 

「ああ……なんてこと……」


 全焼した家を見て崩れ落ちた母に、父が寄り添う。それをなんとも言えない様子で見ているまだ10の弟。

 ジョージは周囲を警戒しながら、そんな3人を見るでもなく眺めていた。


 ここ西部辺境と隣国の狭間では、ジョージが子供の頃から始まった戦が今も続いている。

 国外で戦っているだけに戦火に巻き込まれはしないが、その煽りから治安は徐々に悪化。村や民が襲われた、という話はかねてから耳にしていたが、ジョージの村と近隣の町もとうとう、その被害に遭ってしまった。


「私達はまだツイてる方だ。 金品はある程度持ち出せたし、なにより皆無事だ」

「そう、そうよね……」


 どこの民とも知れない兵士くずれの略奪と付け火に、多くの知り合いが亡くなった。父の言う通り、自分達はツイてる方だ。

 村の人達も自分のことで精一杯。皆平時は概ね善良だがこの状況で全員と金品が無事となると、どんな感情を向けてくるかわからない。「いなくなるなら早い方がいい」と言うジョージの言葉を父は正確に受け取り、必要最小限の荷物でひっそりと町へと向かう。

 父とジョージが町で働いていたお陰で、纏まった金は両替商に預けていた。当面の生活はなんとかなるだろう。


「これ、使ってよ。 姉さんのところまでは遠いから」

「ジョージ?」

「俺は西部(ココ)に残るよ。 皆元気で」


 嫁いだ姉のところへ行くという家族に、こそこそと引き換え為替を渡し、町の手前で別れを告げた。

 幸い、ジョージと一緒にいたおかげで愛馬(バジル)も無事だった。17の男のジョージひとりなら、居住先を変えるにしても馬があれば、然程困らない──まあ、ふたりになっても。


(ルネは大丈夫かな……)


 残るとはいっても、元々働き口が町だったジョージも、村に戻る気はなかった。

 向かうのは、町外れの森の奥にある恋人の家だ。


「ルネ? ごめん夜分遅くに」

「ジョージ! 無事で良かった……!」


 ルネとは長い友人関係を経て恋人となったばかり。だが、ジョージには積年の想いがあり、遠くへ行くつもりも別れるつもりもない。

 

 ルネの両親は町で薬屋を営んでおり、彼女の家だと思っていたのは薬草の管理小屋らしい。ただ10代も半ばになると、ルネはそこで薬草を栽培しながらひとり暮らしを始めたので、『外れの森の家=ルネの家』というのはあながち間違いでもないけれど。


「ごめんなさい。 私、ここから離れられないの」


『一緒に他の地へ移らないか』と誘ったジョージに返されたのは、この言葉。


 実質的なプロポーズだっただけに、ダメージはそれなりにあったが、ルネ曰く、両親は無事だがいつどうなるかわからない。収入源となる薬草園から離れるわけにはいかないと言う。


「じゃあ、ここに住んでいい? 俺、軍に入るから一緒に暮らそう」

「兵士になるつもり?! 駄目よ!」

「辺境伯軍は人員強化のため新兵を募ってる。正規兵じゃない、まずは補助要員として警ら隊の元で鍛錬と演習を受けながら巡回警備をするらしい。 だから然程危険じゃないよ」


 勿論、求婚するからには後の生活を何も考えていないわけではなかった。

 この募集では傭兵達と違い西部出身であることが重視され、給金は安いものの通いが可能で、前線に送られるまでは比較的安定した生活を送ることができる。


「そんなの……いつ前線に送られるかわからないじゃない」

「いつ何が起こるかも、結局わからないよ。 だからさルネ、一緒に住もう。 ここなら訓練所にも近い。 俺ルネが好きなんだ、離れたくない」

「ジョージ……」


 結局ルネは折れたが、婚姻は拒んだ。


「だって結婚したら、軍を抜けて移住するにもなにかと困るでしょう? 戦が終わって、まだ貴方の心が変わらないなら籍を入れるわ」


 補助要員の間は全額手渡しも可能だが、結婚し前線に送られた場合、その間の給金は両替商に振り込まれ、一部は現金で家族の元へ届けられる。

 ルネはジョージを受け入れはしても入隊には賛成しない立場を貫くらしく、そんな自分がお金を受け取るつもりはないそう。受け取るのはここで暮らす分の生活費のみで、子供は決して作らないと言う。


「信用されてない……」

「ええ。 必ず明日が来るという未来を、だけど。 あなただってさっき言ったじゃない」

「そうだよ、だったら尚のこと……!」

「嫌よ! 遺すことを前提にされるだなんて……だから、ちゃんと生き残って。 逃げてもいいから」

「ルネ……」


 そんな風に言われては仕方ない。

 そもそもルネは非常に弁が立ち、ジョージは昔から口で勝てたことなどないのだ。

 ルネは親しい人としかあまり喋らないし、口数が多いわけでも論理的に詰めてくるわけでもないが、周囲の反応を見て的確に相手が動くことを口にする。

 ルネは温和であり争い事を嫌うだけで、とても芯が強い。そして賢く機転が利き、忍耐力がある。


 そんな彼女が好きだった。



 ふたりが出会ったのは町の学校だ。

 学校が遠い村の子供達は、集団で荷馬車などに揺られながら町まで通う。ふたりの幼い頃の辺境はまだ平和なもので、子供達は荷台でふざけ合いながらのんびり通ったものだった。


 ルネはパッと見、冴えない少女だった。

 だが上手く立ち回り、悪目立ちすることなく溶け込むように周囲に馴染んでいた。

 そんなルネにジョージが興味を抱いたのがふたりの始まり。


 当時のジョージは明るい皆の人気者だったが、実のところ少し斜に構えた傲慢な子供で。彼女の態度は他の子供達よりもずっと大人びて見え、それが魅力的に感じたのだ。

 

 ジョージは彼女に嫌われないようそっと近付き、話し掛けるようになった。


 男女の関係ではなかったが、目立つジョージとの距離感を気にするルネとこっそり仲を深めるのにはどこか背徳感があり、また『自分は特別だ』という高揚感があった。心を開いたルネが屈託なく笑うと花が咲いたように愛らしく、それが恋心に変わるのは当然のことだった。


 自分以外は彼女の魅力に気付いていない。それを誇らしく思っていたが、ある時ジョージは自身の恋心だけでなく、ルネの厚い前髪に隠されたそばかすの散った顔は客観的に見ても整っていることに気付く。冴えない格好は、おそらく『危険な目に遭わないように』という両親の配慮なのだろう、と思った。

 幸いルネはお洒落にそこまでの関心をむけることはなかったけれど、誰かが気が付くのでは、という心配理由は増えた。


 元々人気者だったジョージは年齢が上がるとわかりやすくモテたけれど、どの娘にも優しくそつなく躱し、誰とも付き合ったりしなかった。

 周囲に可愛いと言われる娘などルネに比べたら皆空っぽに見え、正直煩わしいだけだった。女の子への態度はルネを参考にしただけのこと。それでも幼い頃のまま育っていたら、手酷くフッたり、或いは来る者拒まずで遊んだりしていたかもしれない。ルネとの出会いはいい影響をジョージに与えていたようだ。


 肝心のルネはというと、やはり見た目の美しさに気付き惹かれた男に嫌な思いでもさせられたのか、地味さには磨きがかかり、以前より顕著に人──特に男との関わりを避けるようになっていた。

 女の子達のやっかみが向かうことも懸念され、ジョージが密かに森の家へと通うばかりでデートにも誘えず。ふたりきりで会いながらも友人関係が長く続いた理由は、迂闊に距離を縮めるのが憚られたことによる。



 それでもようやく恋人になれ、こうして同棲も許して貰えた。

 西部辺境に不穏な空気が漂う中でのおままごとのようなふたりの生活だったが、ふたりで過ごす時間、ジョージは幸せで。しかも、軍に入った彼は『意外にも自分は剣を振るうことが好きだ』と知った。


 とはいえ戦は全く違うもので。前線での殺し合いは心身共にジョージの身体を蝕んだけれど、運良く生き延び、戦は終結した。


(これでようやくルネと結婚できる)


 ジョージはこの時、ルネとの幸せな未来を思い描いていた。


 ──そうなる筈だった。



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