殿下、色目を使って来る女性にアホなフリをするのはやめてください。
私は公爵家の長女として生まれました。
王立学園に通い、常に成績は上位。周囲の方々からも高い評価を頂いております。
私には素敵な婚約者がいます。
我が国の未来を背負う王太子、アイヴァン様です。
アイヴァン様は年頃の男性の様なお茶目さを持ってはいますが、聡明なお方で剣術の腕も優れております。
そして何より、政略的な婚約から成った関係とは思えない程に私を愛してくださっています。
ただ……少々困った側面をお持ちなのです。
「シェリル様! アイヴァン殿下を解放してください!」
ある日の事。
私は男爵家の御令嬢、マドリン様からそのような事を言われました。
彼女が私を良く思っておらず、私の悪評を流している事は存じ上げておりました。
「解放、ですか?」
「シェリル様のように世間からの評判が低いお方と共にいては、アイヴァン殿下の評判も下がります!」
評判が低い、と言われましたが実はそのような事実はありません。
彼女が広めた悪評が嘘偽りである事は殆どの生徒が理解してくださっておりました。
「そもそも学園は勉学を深める為だけの場ではなく、同年代の学生と友好関係を広げる為の場です! にも拘らず、殿下の数少ない自由時間を拘束するなんて……!」
彼女の言う『自由時間の拘束』というのは、アイヴァン様が学園の休憩時間の殆どを私としか過ごさないことについて触れているのでしょうが、勿論私はそれを強制してはおりません。
既に誤った情報だらけではあるのですが、興奮している相手のお言葉に口を挟んでも良い事はありませんから、私は一先ず彼女の主張が終わるまで聞き手に徹しようとしました。
しかしそこへ
「シェリル」
いつの間にか出来ていた野次馬の中からアイヴァン殿下が姿を見せ、私の元へとやって来ます。
「お昼を君と食べようと思ったのだけれど……どうかしたのかい?」
「アイヴァン様……。いいえ。どうやら、こちらにいらっしゃるマドリン様が私の言動に思う事がおありだと」
「ふぅん」
整った甘い容姿を持つアイヴァン様がマドリン様を見つめると、彼女は頬を赤らめ、猫撫で声で言いました。
「ご機嫌よう、アイヴァン殿下。私は最近悪評の絶えないシェリル様の行いを改めるべきだと進言させていただいておりました」
「悪評? そんなものがあったのかい」
マドリン様は上目遣いで殿下へ擦り寄ろうとします。
色目を使い、好意を引こうとしているのがバレバレです。
「はい! 実は――」
アイヴァン様が聞き返せば、嬉々とした表情を見せるマドリン様。
彼女は嬉々とした様子で声を上げましたが……残念ながらその声はアイヴァン様によって遮られます。
「――ところで君は誰だい?」
「……え?」
「すまない、親身にしている者の顔しか覚えられなくてね」
ああ、始まった、と私は内心で頭を抱えます。
それからアイヴァン様にこっそり耳打ちをしました。
「マドリン男爵令嬢です。学園ですれ違う度に挨拶を頂いているではありませんか」
「……そうだっけ?」
きょとんと首を傾げるアイヴァン様。
その反応にマドリン様の顔がカッと赤くなります。
「すまないね、マドリン嬢」
「い、いえ……」
野次馬の中からプッと吹き出す声がいくつか上がり、マドリン様は肩を震わせます。
一方のアイヴァン様は更に彼女へ問い掛けました。
「それで、改めるべき行いというのは?」
「で、殿下を我儘に付き合わせている事です!」
「我儘……? 一体どんな?」
「殿下は休憩時間をシェリル様としか過ごせない環境にありますよね? それでは殿下が不自由な思いをされると思い、進言を」
「何故?」
「え?」
「何故、彼女とばかりいると不自由な思いをするんだい? ああ、そもそも何故俺がシェリルとしか過ごせないと思ったのかも気になるな」
「そ、それは……殿下のように誰からも慕われるようなお方が、悪名高いお方とばかり過ごしたがる訳がないと……。本来ならば他の方ともお話したいだろうに、それが出来ない状況というのはあまりに不自由でしょう?」
「うん? 何故、彼女が悪名高い事になっているんだ?」
ああ、これもまたいつものだと私は二人のやり取りを見守ります。
「そ、それは、誰もがそう言っていますから」
「具体的には誰が?」
「わ、私の友人ですとか」
「君の友人は何人だい?」
問われて咄嗟に出た名は三名ほど。
アイヴァン様はきょとんとしたまま更に問います。
「何故たった三名を指して誰もがと言うんだい?」
「そ、それは彼女達も他から聞いたと」
「何故自分が見た訳でもない情報を簡単に信じるんだい?」
「か、彼女達は……っ、絶対に信頼できる友ですから……!」
「何故信頼できるんだい? 絶対の根拠は一体何なのかな」
その後も、アイヴァン様は彼女をとにかく質問攻めにしました。
私はこれを通称『なんでなんで』攻撃と呼んでいます。
彼女の言い分を否定せず、攻撃するわけでもありません。
ただ何故? と問い、相手の返答に対してまた何故? と問うだけ。
すると気が付けば、話が矛盾し、また自身の発言の浅ましさを自ら告白してしまう事となるのです。
彼はこうして、わかり切った事に対し敢えて分からないふり――自身が無知であるかのような振る舞いをするのだ。
そしてアイヴァン様が問い続ける内、シェリル様の返答の速度は落ちていき……やがて彼女は何も答えられなくなってしまった。
漸く訪れた話の間を見つけた私は一つ咳払いをしてからシェリル様に告げる。
「私の悪評につきましては……誰も学園側へ告発しておらず、私が罰せられていない事のみが真実でございます。その上で申し上げますが、シェリル様が仰った私がアイヴァン様と釣り合わないと言った類の発言については――国王陛下の決定による王太子の婚約者の選定……こちらに異議や不満があると捉えられてもおかしくはありません」
「な……ッ!」
「うーん。王族に否定的な意見を持つ者はどうなるんだっけ?」
「理に適っていない批判や事実無根な悪意ある発言については言及され、相応の処罰が下されてもおかしくはないでしょう。少なくとも社交界での信頼は落ち、回復する事はないでしょうね」
「では父上に報告すべきかな?」
「……すれば迅速に対応いただけるでしょう」
「そ、そんな……ッ!」
アイヴァン様が私を見ます。
全てわかっている癖に、と私は静かに肩を竦めました。
それから一つ咳払いをして。
「まぁ……今回は情状酌量の余地ありとして、学園側に事実を報告の上停学処分でも促しましょう。今後はご自身の発言に責任を持つよう、お気を付けくださいね? ――シェリル様」
こうして、今回の騒動は幕を閉じました。
「……アイヴァン様。無知のふりをするのはどうかおやめください」
一段落し、二人きりになったところで私は息を吐きます。
「なかなかいい手だろう? 最近訪問した孤児院の三歳児が神父を困らせていた手でね。これは使えると思ったんだ」
私は注意しているのに、アイヴァン様は何故か得意げです。
「王太子ともあろうお方が、三歳児の真似など……」
「まあまあ。俺は常に注目される立場だから、多少阿呆のフリをしてもすぐに挽回できるさ。それよりも俺は」
アイヴァン様は私の頬に触れながら甘く微笑みました。
「……君の優秀さを周りにわからせたい」
だから俺は無知でいいんだ、と笑う彼の言葉を聞けば……強くは言えなくなってしまいます。
「機嫌は直ったかい?」
「初めから、悪くなってはいませんわ」
「そうかい」
不服そうに口を尖らせると、アイヴァン様の顔が迫ります。
これから起こる事を理解し、私は素直に目を伏せました。
優しい感触が唇に触れます。
アイヴァン様は私の頭を優しく撫で、抱き寄せながら口づけをしました。
そして
「これからもよろしく頼むよ。……阿呆な王太子の事を」
「い、今だけですからね……!」
満足そうに笑みを深めるアイヴァン様。
そんな彼へ釘を刺す私の声は、恥ずかしさから裏返ってしまい――大きく響き渡るのでした。
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