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【第2章完結!】婚約破棄されたので、辺境で『なんでも喫茶店』はじめます。  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第2章 第6話 決戦前夜の秘策と、宝石のような野菜のテリーヌ

 「氷の女帝」ことエリーゼ様との対決が決まった翌朝。

 まだ夜も明けきらない薄暗い時間から、私とニーナは動き出していた。


「ニーナ、頼んだわよ。最高のお豆と、新鮮な春野菜が必要なの」

「まかせて! あたしの鼻にかかれば、土の中に埋まってるお芋だって見つけちゃうんだから!」


 ニーナは頼もしく胸を張り、ふさふさの尻尾をピーンと立てた。

 私たちは裏口からそっと抜け出し、朝靄の立ち込める市場へと向かった。


 今回の晩餐会のテーマは『罪悪感のない、極上のフルコース』。

 高齢で、かつ医者に食事制限をされているエリーゼ様や親族の方々を満足させるには、ただ美味しいだけじゃダメだ。

 脂っこい肉料理や、砂糖たっぷりのスイーツは、食べた瞬間の喜びはあっても、後で胃もたれや罪悪感に襲われる。

 それでは「心からの満足」とは言えない。


 だからこそ、私が選んだメイン食材は――「大豆」だ。


 市場の片隅にある穀物屋。

 開店準備中のおじさんに声をかける。


「おじさん、おはようございます! あの、この袋に入っているのは……?」

「ん? ああ、レティシアちゃんか。これは『黄色豆』だよ。家畜の餌にするか、貧乏人が煮て食うくらいしか使い道がねぇが……こんなもん、公爵夫人の晩餐会に出すのかい?」


 おじさんは怪訝そうな顔をした。

 この世界では、大豆はまだその真価を知られていない。

 でも、私にはわかる。

 ニーナが鼻をひくつかせ、「これ、すごい栄養のにおいがする!」と太鼓判を押したこの豆こそが、今回の切り札になるのだ。


「ええ、これを最高のご馳走に変えてみせます。全部ください!」


 私は大豆を大量に買い込み、さらにニーナのナビゲートで、朝採れのアスパラガス、スナップエンドウ、新玉ねぎといった春野菜を次々とカゴに入れていった。

 どれも瑞々しく、生命力に溢れている。


「よし、これで材料は揃ったわ。あとは私の腕次第ね」


 店に戻った私は、すぐに仕込みに取り掛かった。

 まずは大豆だ。

 一晩水につけておく時間はないので、【時短魔法・浸水】で一気に水を吸わせる。

 ふっくらと膨らんだ大豆を、柔らかくなるまで茹でる。

 厨房に、素朴で優しい豆の香りが漂う。


 ここからが魔法の見せ所だ。

 茹でた大豆をペースト状に潰し、小麦グルテンと混ぜ合わせる。

 そして、【変質魔法】を少しだけ付与しながら練り上げる。

 豆の繊維を、肉の繊維のように再構築していくイメージだ。


 前世の日本で流行っていた「大豆ミート」の再現。

 しかも、魔法のおかげで市販品よりも遥かに肉に近い食感と旨味を持たせることができる。


「……よし、試作第一号、完成」


 見た目は完全に挽き肉だ。

 これをハンバーグの形に整え、フライパンで焼いてみる。


 ジュウウウウッ……!


 脂身は入っていないはずなのに、なぜかジューシーな音がする。

 焼き色がつけば、もうどこからどう見ても肉汁溢れるハンバーグだ。


「レティシア、入ってもいいか?」


 そこへ、心配そうな顔をしたジークハルト様が裏口から入ってきた。

 公務前の忙しい時間なのに、様子を見に来てくれたらしい。


「ジークハルト様、おはようございます。ちょうどいいところに! 味見をお願いできますか?」

「味見? ああ、構わないが……これは、肉か? 朝から随分と重そうな……」


 彼は皿に乗ったハンバーグを見て、少し眉を寄せた。

 エリーゼ様と同じで、彼も朝から脂っこいものは苦手なのだ。


「ふふ、まあ食べてみてください。一口でいいですから」


 私が切り分けて差し出すと、彼は恐る恐る口に運んだ。

 

 パクッ。


「……ん?」


 咀嚼し、飲み込み、そして首を傾げる。


「……美味い。肉の旨味がしっかりあるのに、不思議と脂っこくない。食べた後、胃に重さが残らないな」

「でしょう? それ、お肉じゃないんです」

「なっ……!?」


 彼は目を丸くして、食べかけのハンバーグを凝視した。


「肉じゃない? だが、この弾力、噛み締めた時の肉汁……どう考えても上質な赤身肉だろう」

「正体は『大豆』です。畑のお肉ですよ」

「豆……だと?」


 驚愕する彼を見て、私はガッツポーズをした。

 味覚の鋭いジークハルト様さえも騙せたなら、成功だ。

 これなら、お肉を控えているエリーゼ様にも、心置きなく「肉料理」を楽しんでもらえる。


「すごいな、レティシア。魔法の使い方が常識外れだ」

「愛の力ですよ。……あの方にも、美味しいものを食べて長生きしてほしいですから」


 ジークハルト様は優しく微笑み、私の頭を撫でてくれた。

 その温かい手のひらが、決戦前の緊張をほぐしてくれる。


「ありがとう。君がいてくれて本当によかった。……明日は俺も全力でサポートする」

「はい、頼りにしています!」


 こうして準備は整った。

 あとは、本番で実力を出し切るだけだ。


 ◇


 そして迎えた決戦の日。

 会場となるのは、ベルクの街外れにあるオルステッド家の別邸だ。

 森の中に佇む静かな館だが、今日ばかりは重苦しい緊張感に包まれていた。


 厨房に通された私は、白いコックコートに身を包み、気合を入れて髪を結い上げた。

 隣には、助手のニーナ。彼女も特製のミニコックコートを着て、やる気満々だ。


「おねえちゃん、敵はいっぱいいる?」

「ええ、手強いわよ。でも、料理で黙らせるだけ」


 別邸の料理人や使用人たちは、私たちを遠巻きに見ながらヒソヒソと話している。

 「あの娘が噂の……」「平民上がりの料理で公爵様を満足させられるわけがない」といった冷ややかな視線が突き刺さる。

 完全なるアウェーだ。

 でも、関係ない。私の戦場は、このまな板の上だけだ。


 夕刻。

 晩餐会の開始を告げる鐘が鳴った。


 ダイニングルームには、エリーゼ様を中心に、オルステッド家の親族たちがずらりと並んでいる。

 叔父様、叔母様、従兄弟たち。

 全員が貴族特有の気位の高さを持ち、私を見る目は値踏みそのものだ。


 ジークハルト様も同席しているが、今日はあくまで「主催者側」として座っており、私を手助けすることはできない。

 彼は心配そうに私を見つめ、小さく頷いてくれた。


「では、始めましょうか」


 上座に座るエリーゼ様が、氷のように冷たい声で宣言した。


「レティシア。本日のメニューについて説明を」

「はい」


 私は一歩前に進み出た。

 声が震えないように、腹に力を入れる。


「本日のテーマは『春の芽吹きと、大地の恵み』です。脂や砂糖を極力控え、素材本来の力を引き出した、お体に優しいコースをご用意いたしました」

「ほう、体に優しい、ねぇ」


 恰幅の良い叔父様が、鼻で笑った。


「どうせ平民の食べるような、味の薄い病院食のようなものだろう。酒が進まない料理など、料理とは言えんよ」

「まあまあ、食べてあげましょうよ。ジークハルトが選んだ女性なのですから」


 扇で口元を隠した叔母様が、皮肉っぽく笑う。

 敵意むき出しだ。


 私は何も言い返さず、ニーナに合図を送った。

 まずは一皿目。ここで全員の度肝を抜く。


「前菜でございます。『7種の春野菜とコンソメジュレのテリーヌ~菜園仕立て~』」


 ニーナと給仕たちが、白い大きなお皿を配っていく。

 皿が置かれた瞬間、ダイニングルームの空気が変わった。


「……なんだ、これは」

「宝石……?」


 ざわめきが広がる。

 皿の中央に鎮座しているのは、長方形に切り出されたテリーヌ。

 透明度の高い黄金色のコンソメジュレの中に、色とりどりの野菜が閉じ込められている。


 鮮やかな緑のアスパラガスとスナップエンドウ。

 可愛らしいピンク色のラディッシュ。

 鮮烈な黄色のパプリカ。

 紫キャベツのコントラスト。

 それらが計算された配置で層を成し、まるで教会のステンドグラスのような美しさを放っていた。

 

 周りには、ハーブとエディブルフラワー(食用花)が散りばめられ、皿全体がひとつの春の庭園のようだ。


「見た目は悪くないわね。……でも、肝心なのは味よ」


 エリーゼ様は表情を崩さず、ナイフとフォークを手に取った。

 テリーヌに刃を入れる。

 プルン、とした弾力のあるジュレが、崩れることなく野菜ごと綺麗に切れる。

 

 彼女はそれを口へと運んだ。


 ひんやりとした感触。

 そして――。


「…………ッ」


 エリーゼ様の眉が、ピクリと跳ねた。


 口の中で、体温によってジュレがスゥッと溶け出したのだ。

 固めるためのゼラチンを極限まで減らし、口溶けの良さを追求した成果だ。

 溶け出したジュレからは、鶏ガラと香味野菜を三日間煮込んで凝縮させた、濃厚で奥深いコンソメの旨味が溢れ出す。


 そして、野菜たち。

 それぞれ別々の鍋で、最適な固さに茹で上げ、下味を含ませた野菜たちは、噛むたびに個性を爆発させる。

 アスパラの甘みとほろ苦さ。

 スナップエンドウのパキッとした食感と青い香り。

 パプリカのフルーティーな酸味。

 

 それらがコンソメの旨味という指揮者のもとで、完璧なハーモニーを奏でている。

 ただの茹で野菜ではない。

 これは、野菜を一番美味しく食べるための芸術品だ。


「……野菜が、こんなに味が濃いなんて」


 先ほどバカにしていた叔父様が、目を見開いて呟いた。

 彼は無言で次の一口を切り取り、口へ運ぶ。

 酒好きの彼にとっても、このコンソメの濃厚な旨味は、白ワインのつまみとして最高だったようだ。


「美味しい……! さっぱりしているのに、満足感があるわ」

「この透明なソースは何? すごく香りがいい」


 親族たちの嫌味が消え、代わりに純粋な感嘆の声が漏れ始める。

 カチャカチャと食器の音だけが響く。

 誰もが夢中で食べている証拠だ。


 エリーゼ様は無言で食べ進め、最後の一口を飲み込むと、ナプキンで口元を拭った。

 そして、鋭い視線を私に向けた。


「……見た目だけの料理かと思いましたが、裏切られましたね」


 その言葉はトゲを含んでいるようだが、声色は柔らかい。


「野菜一つ一つの火入れ加減が絶妙です。硬すぎず、柔らかすぎず、素材の味が生きている。……コンソメも、丁寧に脂を取り除いてあり、雑味が一切ない。手間を惜しんでいませんね」

「はい。皆様の健康を考え、脂分は極力取り除きました。ですが、旨味だけは残るように」

「ふん……悪くない滑り出しです」


 合格点だ。

 私は心の中で小さくガッツポーズをした。

 ジークハルト様が、こっそりと私にウィンクをしてくる。


 だが、これはまだ序章に過ぎない。

 前菜で心を掴んだところで、次はスープ、そしてメインディッシュが待っている。

 特にメインは、あの「偽物の肉」だ。

 舌の肥えた彼らが、大豆だと気づかずに「美味しい肉料理」として受け入れてくれるかどうか。

 そこが最大の勝負所となる。


「では、次はスープをお持ちします」


 私は一礼して厨房へと下がった。

 背中には、もう冷ややかな視線はない。

 あるのは、「次はどんな料理が出てくるんだ?」という、期待を含んだ熱い視線だけだった。


 厨房に戻った私は、大鍋の蓋を開けた。

 ふわぁっ、と甘い湯気が立ち上る。

 新玉ねぎを、水を一切使わずに、じっくりと蒸し煮にして作ったポタージュ。

 砂糖など一粒も入れていないのに、驚くほど甘い。


「ニーナ、行くわよ。ここからが本番」

「うん! おねえちゃん、あのおばあちゃん、ちょっと笑ってたよ!」

「ええ、見てたわ。……もっと笑わせてあげるんだから」


 私はお玉を握りしめた。

 氷の女帝の心が、少しずつ溶け始めている。

 このまま一気に、春の陽だまりのような暖かさで包み込んでみせる。

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