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【第2章完結!】婚約破棄されたので、辺境で『なんでも喫茶店』はじめます。  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第2章 第2話 行き倒れの狼少女と、白米泥棒の豚肉生姜焼き

 『陽だまり亭』の裏口で倒れていた少女を、私たちは店の中へと運び込んだ。


「軽いな……。まるで羽毛だ」


 ジークハルト様が少女を抱き上げ、少し顔をしかめて呟く。

 彼の腕の中にすっぽりと収まってしまうほど、少女の体は小さく、そして痩せていた。

 ボロボロの服から覗く手足は枝のように細く、栄養状態が極限まで悪いことが一目でわかる。


 頭には茶色い三角の耳。お尻にはふさふさの尻尾。

 狼の獣人族だ。

 獣人は身体能力が高いことで知られているけれど、今の彼女からはそんな覇気は微塵も感じられない。


「とりあえず、一番暖かい暖炉の前のソファへ寝かせましょう」

「ああ。……レティシア、警戒は解くなよ。獣人は飢えている時ほど獰猛になる」

「わかっています。でも、この子はきっと大丈夫ですよ」


 根拠はないけれど、私の【鑑定】スキルがそう告げている気がした。

 彼女からは敵意よりも、純粋な「生存本能」と、強烈な「食への執着」を感じるのだ。


 ソファに寝かせ、毛布をかける。

 私が濡れた布巾で彼女の薄汚れた顔を拭いていると、ピクリ、と三角の耳が動いた。


「……んぅ……」

「気がついた?」


 少女がゆっくりと目を開ける。

 琥珀色の瞳が、ぼんやりと天井を彷徨い、やがて私の顔で止まった。


「……ここ、は……? 天国……?」

「いいえ、ご飯屋さんよ。天国よりも美味しいものがたくさんある場所」

「ごはん……やさん……」


 彼女は夢遊病者のように上半身を起こし、鼻をクンクンと動かした。

 そして、視線が私の隣に立つジークハルト様に向いた瞬間――。


「ヒィッ!!」


 彼女は弾かれたようにソファの隅へ飛び退き、ガタガタと震え出した。

 無理もない。

 今のジークハルト様は、不審者を警戒して少し「氷の公爵モード」の顔になっている上に、その巨躯だ。小動物から見れば天敵にしか見えないだろう。


「く、食われる……! 食べないでぇぇ!」

「誰が食うか。……俺はそこまで腹は減っていない」

「そっちの否定ですか、ジークハルト様」


 私は苦笑しつつ、少女の前にしゃがみ込んで目線を合わせた。


「大丈夫よ。この人は怖くないわ。……顔は怖いけど、とっても優しい人だから」

「……ほんと?」

「ええ。それより、お腹が空いているんでしょう? 何か食べる?」


 「食べる」という単語が出た瞬間、少女の耳がピン! と垂直に立った。

 尻尾もパタパタとソファを叩き始める。わかりやすい。


「たべる! にく! おにくたべたい!」

「ふふ、元気が出てきたわね。わかったわ、すぐに作るから待っていて」


 私は彼女の頭を一度撫でてから、厨房へと向かった。

 背後でジークハルト様が「俺の顔、怖いのか……?」とショックを受けていたけれど、今はスルーだ。


 さて、メニューはどうしよう。

 彼女は「肉」と所望した。

 極限の空腹状態にある獣人。ガッツリ食べたいはずだ。

 でも、いきなり脂っこすぎるステーキなんかを出したら胃がびっくりしてしまうかもしれない。


 消化を助け、疲労回復効果があり、なおかつ「肉を食った!」という満足感を最大まで高める料理。

 そして、白米を無限に吸い込む魔法のタレ。


「……これしかないわね」


 私は冷蔵庫から、薄切りの豚ロース肉を取り出した。

 今日のまかない兼、救命料理。

 『豚の生姜焼き』だ。


 まずはタレ作りから。

 ボウルに醤油、酒、みりんを黄金比率で混ぜ合わせる。

 そこへ、砂糖を少し。コクと照りを出すためだ。

 そして主役の「生姜」。

 皮ごとすりおろした生姜を、これでもかというほどたっぷりと投入する。

 チューブの生姜じゃダメだ。おろしたての、鮮烈な香りがするやつじゃないと。


「よし、タレは完成」


 次に肉の下処理。

 豚肉の筋を包丁で切り、小麦粉を薄くはたく。

 このひと手間が重要だ。

 小麦粉が肉の旨味を閉じ込め、焼いた時にタレと絡んでとろみを生んでくれる。


 付け合わせのキャベツは、極限まで細く千切りにする。

 ふわふわのキャベツの山は、濃い味のタレを受け止める最高のクッションになるからだ。


 フライパンを熱し、油をひく。

 肉を広げて並べていく。


 ジュワァァァ……ッ!


 いい音だ。

 肉の表面が白くなり、こんがりときつね色の焦げ目がつくまで焼く。

 肉の脂が溶け出し、香ばしい匂いが漂い始める。


 ソファの方を見ると、少女が鼻をヒクつかせ、目を輝かせてこちらを凝視していた。

 ジークハルト様も腕組みをして、喉を鳴らしている。

 どうやら、この匂いは種族を超えて食欲を刺激するらしい。


「ここよ!」


 肉に火が通ったタイミングで、合わせておいたタレを一気に流し込む。


 ジュワアアアアアアアアッ!!!


 爆発的な音と共に、白い蒸気が立ち上る。

 醤油が焦げる香ばしさと、生姜の爽やかで刺激的な香りが、換気扇の能力を超えて店内に充満した。

 タレが煮詰まり、とろみがついて肉に絡みつく。

 照り輝く飴色のコーティング。


「仕上げ!」


 お皿にキャベツの千切りを山盛りにし、その横にトマトを添える。

 そして、メインの生姜焼きをドサッ、ドサッと豪快に乗せる。

 フライパンに残ったタレも、一滴残らず肉とキャベツの上にかける。


 これだけでも十分だが、私はさらに悪魔的なトッピングを追加した。

 キャベツの脇に、マヨネーズをむにゅっと絞り出したのだ。

 甘辛い生姜ダレとマヨネーズ。

 この背徳の組み合わせを知ってしまったら、もう後戻りはできない。


 どんぶり飯と、豆腐とわかめの味噌汁を添えて。


「お待たせ! 『スタミナ満点・特製豚の生姜焼き定食』よ!」


 お盆に乗せて運ぶと、少女の瞳孔が開いた。


「んんーっ!! いいにおい!!」

「熱いから気をつけてね。お箸……使えるかな?」

「つかえる!」


 少女は前のめりになりながら箸を握りしめ、いただきますもそこそこに肉へと突撃した。


 タレをたっぷりと纏った豚肉を、キャベツと一緒に箸で掴む。

 そして、大きく開けた口へダイブ!


 ハムッ、モグッ。


「んッ……!?」


 少女の動きが止まった。

 三角耳がピーンと立ち、尻尾がババババッと背もたれを叩く。


 口の中に広がるのは、醤油のしょっぱさと砂糖の甘み、そして生姜のピリッとした辛味。

 それが、豚肉の脂の甘みと混ざり合い、強烈な旨味のパンチとなって脳を揺らす。

 小麦粉をまぶしたおかげで、肉は驚くほど柔らかく、タレがねっとりと絡みついている。


「おいひぃ……ッ! なにこれ、おいひぃぃぃ!!」


 彼女は叫び、すぐに白米をかきこんだ。

 濃い味付けの肉が、白いご飯を呼ぶ。呼びすぎる。

 肉、ご飯、肉、ご飯。

 無限機関の完成だ。


 さらに、タレの染みた千切りキャベツ。

 シャキシャキとした食感が、口の中をリフレッシュさせつつ、新たな食欲を呼び起こす。

 そして、禁断のマヨネーズゾーンへ。

 肉にマヨネーズをちょんとつけて食べれば、酸味とコクが加わり、暴力的なまでの美味しさに進化する。


「うぅ……うまい……いきかえるぅ……」


 少女の目から涙がこぼれた。

 泣きながら、それでも箸を止めずに食べ続ける姿は、見ていて気持ちがいいほどだ。


 ジークハルト様が、呆れたように、でも少し微笑ましそうに見ている。


「……見ていて気持ちいい食いっぷりだな」

「ええ。作り甲斐があります」

「俺も腹が減ってきた。……レティシア、あとで俺にも同じものを頼む」

「はいはい、まかない分もあるので大丈夫ですよ」


 あっという間に、少女は山盛りの肉とご飯を平らげた。

 お味噌汁もズズッと飲み干し、最後にふぅーっ、と長い息を吐く。

 その顔は、先ほどの死相が嘘のように血色が良く、緩みきっていた。


「ごちそうさまでした! ……はぁ、しあわせ……」


 彼女は満足げにお腹をさすり、キラキラした目で私を見上げた。


「おねえちゃん、これつくったの?」

「ええ、そうよ。お口に合った?」

「あった! こんなおいしいおにく、はじめてたべた! おねえちゃん、りょうりのかみさま?」

「ふふ、ただの人間よ。名前はレティシア。こっちはジークハルト様」


 私が紹介すると、少女はソファからぴょんと飛び降り、私たちの前でビシッと土下座――ではなく、獣人式の挨拶なのか、四つん這いになって頭を下げた。


「たすけてくれてありがとう! おいしいごはんもありがとう! あたし、ニーナっていうの!」

「ニーナちゃんね。どうしてこんなところに行き倒れていたの?」


 私が尋ねると、ニーナは少し言い淀んでから、もじもじと答えた。


「えっと……あたし、北の山奥の村からきたんだけど……村のごはんがあんまりおいしくなくて……もっとおいしいものをさがしに、いえでしてきたの」

「家出!?」


 まさかのグルメ家出だった。

 食への執着が強すぎる。


「でも、まちへの行き方わからなくて、まいごになって……おなかすいて死にそうだった時に、すごい『いいにおい』が風に乗ってきたの!」

「いい匂い?」

「うん! あまいような、香ばしいような……ぜったいにおいしいものがあるにおい!」


 ニーナは自分の鼻を指差して、得意げに胸を張った。


「あたし、はながすごいいいの! おいしいしょくざいとか、りょうりのにおいなら、山の向こうからでもわかるんだから!」


 なるほど。

 昨日の苺のフルーツサンドの香りを、遠く離れた山の中で嗅ぎつけたということか。

 恐るべき嗅覚だ。

 ……待てよ?


 私はハッとして、ジークハルト様と顔を見合わせた。

 彼も同じことを考えていたようで、小さく頷く。


 美味しい食材がわかる嗅覚。

 獣人特有の体力と、この身軽さ。

 そして何より、私の料理をこれだけ美味しそうに食べてくれる素直さ。


 これは、探していた人材そのものではないだろうか。


「ねえ、ニーナちゃん」

「なに?」

「あなた、行く当てはあるの?」

「ない! ……また山にかえって、木の実さがす……」


 ニーナはシュンと耳を垂れた。

 生姜焼きの味を知ってしまった今、木の実生活に戻るのは辛かろう。


「なら、うちで働かない? 美味しいまかない付きで、お給料も出すわよ」

「えっ!?」


 ニーナの耳が再びピン! と立つ。


「まかないって……さっきの、またたべられる?」

「ええ。生姜焼きだけじゃなくて、ハンバーグもオムライスも、毎日違うメニューが食べられるわよ」

「やる!! やります!! ニーナ、ここで働く!!」


 食い気味に即答だった。

 尻尾が千切れんばかりに振られている。


「あたし、なんでもする! おそうじも、おさらはこびも、食材さがしも! おねえちゃんのためなら、火の中水の中だよ!」

「あはは、火の中には飛び込まなくていいから、お店を手伝ってくれると嬉しいわ」


 こうして、『陽だまり亭』に新しい家族が増えることになった。

 元気いっぱいの狼少女、ニーナ。

 彼女の加入が、この店をさらに賑やかに、そして美味しくしてくれることを、私は確信していた。


 ……まあ、彼女がドジっ子属性を発揮して、初日に皿を三枚割ることになるのは、もう少し後の話だけれど。


 今はただ、お腹いっぱい食べて幸せそうな寝顔を見せる彼女を、温かく見守ることにしよう。

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