表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、辺境で『なんでも喫茶店』はじめます。  作者: 九葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/12

第10話 聖女の暴走と、鉄板でジュージュー焼ける王道ナポリタン

 王都が「北への街道封鎖」という自滅的な経済制裁を発動してから、数日が経った。

 普通なら物資が届かずに困窮するところだが、ここ辺境ベルクでは、奇妙な現象が起きていた。


「おい見ろよ、今日の市場! 北行牛の特上ロースが余ってるってよ!」

「王都へ出荷する分が全部こっちに回ってきたからな。安く買えて最高だぜ!」

「野菜も新鮮なままだし、王都の連中はこんな美味いもんを食ってたのか」


 そう。

 物流が止まったことで、本来なら王都の貴族たちが独占していた最高級の食材が、すべて地元で消費されることになったのだ。

 結果として、ベルクの食卓はかつてないほど潤っていた。


 そして、その恩恵を一番受けているのが、私の店『陽だまり亭』だ。


「いらっしゃいませー! ただいま満席となっております!」


 今日も今日とて、ランチタイムは大盛況。

 安くて質の良い食材が手に入るおかげで、私は採算度外視のメニューを提供し続けられている。

 厨房では、三つのコンロがフル稼働し、美味しい湯気を立ち上らせていた。


 平和だ。

 王太子殿下の嫌がらせが、まさかこんな形でプラスに働くなんて。

 私は心の中で「ありがとうございます殿下、おかげで商売繁盛です」と皮肉な感謝を捧げつつ、フライパンを振っていた。


 ――その時だった。


 バンッ!!


 店のドアが、蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いで開かれた。

 賑やかだった店内の空気が、一瞬で凍りつく。

 またジークハルト様が不機嫌で来たのかしら? と思ったけれど、違った。


 入り口に立っていたのは、季節外れの派手なピンク色のドレスを着た、小柄な少女。

 フリルのついた傘を振り回し、肩で息をしている。


「見つけたわよ……っ! こんなド田舎に引きこもって、のうのうと暮らしているなんて!」


 キンキンと耳に響く高い声。

 私はフライパンの手を止め、目を細めた。

 見間違えるはずもない。

 私を陥れ、王太子殿下の婚約者の座を奪った張本人。


 聖女ミリアだ。


(なんでここに!? 街道は封鎖されてるはずじゃ……)


 ミリアはズカズカと店内に入ってくると、客席を睨みつけ、最後にカウンター越しの私を指差した。


「レティシア! あなたね、私の邪魔をするのは!」

「……ミリア様。お久しぶりです。営業妨害ですので、お静かにお願いできますか?」

「うるさいっ! あなたが変な呪いをかけるから、王都のご飯が不味くなったじゃない! カイル様もイライラして私に当たってくるし、パンケーキも膨らまないし、全部あなたのせいよ!」


 支離滅裂だ。

 どうやら彼女は、自分に都合の悪いことは全て「悪役令嬢レティシアの呪い」だと脳内変換しているらしい。

 お客さんたちが「なんだあの変な女は」「頭大丈夫か?」とヒソヒソ話し始める。


 その時、店の一番奥から、絶対零度の冷気が漂ってきた。


「……騒がしいな」


 いつもの特等席で優雅にコーヒーを飲んでいたジークハルト様が、ゆらりと立ち上がった。

 その顔は、不愉快さを隠そうともしていない。

 彼はミリアの前に立ちはだかった。


「誰の許可を得て、この地に入った? 街道は封鎖されているはずだが」

「ひっ……!」


 巨躯のジークハルト様に見下ろされ、ミリアは一瞬怯んだ。

 けれど、すぐに気を取り直して胸を張る。


「わ、私は聖女よ! 検問なんて『聖女権限』で通ってきたわ! 公爵様こそ、なんでこんな女を囲っているのよ。騙されてるのよ!」


 ミリアは私を睨みつけ、勝ち誇ったように言った。


「私知ってるんだから。あなたが作ってる料理、それ『日本』の知識のパクリでしょ?」


 ドキリとした。

 やっぱり。

 薄々感づいてはいたけれど、彼女もまた「転生者」だったのだ。

 だからこそ、私の作る料理や、前世の知識を使った内政チートに過剰に反応していたのか。


「オムライスもハンバーグも、この世界にはなかったものよ。あなたが考えたわけじゃない。ズルイわ! 私も知ってるのに、どうしてあなただけチヤホヤされるの!」


 彼女の主張は、あまりに子供じみていた。

 知識があることと、それを再現できることは別だ。

 私は前世で修行し、この世界でも魔法の研究を重ねてきた。

 それを「ズルイ」の一言で片付けられるのは心外だ。


「……それで? 私にどうしろと?」

「勝負よ!」


 ミリアは高らかに宣言した。


「料理勝負で私と戦いなさい! 私が勝ったら、この店は私のものにするわ。そして公爵様も、私が貰ってあげる!」

「は?」


 私とジークハルト様の声が重なった。

 店を奪う? 公爵様を貰う?

 思考回路がどうなっているのか理解不能だが、彼女は本気らしい。


「くだらん」


 ジークハルト様が吐き捨てた。


「誰が貴様などの料理を食うか。衛兵を呼べ。不法侵入で叩き出す」

「待ちっ! 逃げるの!? レティシア、自信がないのね。所詮は偽物の知識だものねー!」


 ミリアが煽る。

 安い挑発だ。乗る必要なんてない。

 でも――。


「……いいですよ。受けましょう」


 私はエプロンの紐を締め直した。

 ここで彼女を追い返しても、また王都であることないこと吹聴されるだけだ。

 ならば、料理人として完膚なきまでに叩きのめし、二度と口出しできないように「わからせる」必要がある。


「レティシア、本気か?」

「はい。ジークハルト様、審査員をお願いできますか? 舌の肥えたあなたなら、公平なジャッジができるはずです」

「……君がそう言うなら」


 彼は不承不承といった様子で頷き、席に戻った。

 店内のお客さんたちも「面白くなってきたぞ」「レティシアちゃん、負けんな!」と野次馬モード全開だ。


「ふん、後悔させてあげる。お題は『パスタ』よ! 私が王都で流行らせる予定だった、最高にお洒落なパスタを作ってあげるわ!」


 ミリアは持参した鞄から、高価そうな食材を次々と取り出した。

 トリュフ、キャビア、金箔……。

 どこから調達したのか、食材だけは一級品だ。


 対する私は、厨房の冷蔵庫を開けた。

 取り出したのは、ソーセージ、ピーマン、玉ねぎ、マッシュルーム。

 そして、自家製のトマトケチャップ。

 どこにでもある、庶民的な食材ばかり。


「あらあら、そんな貧乏くさい材料で勝てると思って? やっぱり偽物ね」

「材料の値段で味が決まるなら、料理人はいりませんよ」


 勝負開始のゴング(店員が鍋の底を叩く音)が鳴った。


 ミリアは手際が悪かった。

 包丁の使い方は危なっかしいし、パスタを茹でるお湯の塩加減も適当。

 茹で上がったパスタに、高級オリーブオイルをドボドボとかけ、刻んだトリュフとキャビアを乗せ、最後に金箔を散らす。

 所要時間十分。

 それは料理というより、ただの「高級食材の盛り合わせ」だった。


「完成よ! 『宝石箱のラグジュアリーパスタ』!」


 見た目だけはキラキラしている。

 でも、香りがしない。熱気がない。

 パスタは冷めかけで、ソースと絡んですらいない。


 私はため息をつき、自分の調理に集中した。

 私が作るのは、日本人が愛してやまない喫茶店の味。

 そう、ナポリタンだ。


 まずはパスタを茹でる。

 アルデンテ? ノンノン。

 ナポリタンに限っては、表示時間よりも長く茹でて、あえて「モチモチの太麺」にするのが正義だ。

 茹で上がった麺は、一度冷水で締めてから、サラダ油をまぶして少し寝かせる。

 これが、あの独特の食感を生む秘訣。


 フライパンを熱し、斜め切りにしたソーセージと野菜を炒める。

 玉ねぎが透き通り、ピーマンの鮮やかな緑色が油で艶めく。

 そこへ、寝かせておいた麺を投入!


 ジャァァァッ!


 強火で炒め合わせる。

 そして、ここからが一番のポイントだ。

 具材と麺をフライパンの端に寄せ、空いたスペースにケチャップを直接投入する。


 ジューーーッ!!


 ケチャップの水分を一気に飛ばす。

 「焼く」のだ。

 酸味を飛ばし、甘みと旨味を凝縮させる。

 少し焦げ目がつくくらいが丁度いい。

 香ばしいトマトの香りが立ち上り、厨房を一瞬で「懐かしい洋食屋」の空気に変える。


 焼けたケチャップを麺と具材に絡める。

 フライパンを振るたびに、麺が赤く染まっていく。

 バターと牛乳を少しだけ加え、まろやかさをプラス。

 塩、黒胡椒、そして隠し味のウスターソースで味を引き締める。


 仕上げは、器だ。

 直火でガンガンに熱した、黒い鉄板(ステーキ皿)を用意する。

 そこへ、溶き卵を流し込む。


 ジュワアアアアアアッ!!!


 卵が鉄板に触れた瞬間、半熟の薄焼き卵になっていく。

 その上に、熱々のナポリタンを山盛りにドーン!

 粉チーズとタバスコ(自家製辛味ソース)を添えれば――


「お待たせしました! 『熱血! 鉄板焼きナポリタン』です!」


 審査の時間だ。

 ジークハルト様の前には、二つの皿が並べられた。

 一つは、冷めて脂が浮き始めたミリアのパスタ。

 もう一つは、今もバチバチと音を立て、香ばしい湯気を噴き上げている私のナポリタン。


 勝負は、食べる前から決まっていた。


 ジークハルト様はまず、ミリアのパスタを一口食べた。

 無表情で咀嚼し、飲み込む。


「……冷たい。油っぽい。トリュフの香りが強すぎて、何を食べているのかわからん。ただのエサだ」


 バッサリと切り捨てた。

 ミリアが「そ、そんなはずないわ!」と叫ぶが、彼は無視して私のナポリタンへフォークを伸ばした。


 鉄板の上で、まだソースが沸騰している。

 フォークで麺を巻き取ると、下の半熟卵も一緒に絡みついてきた。

 

 フーフーと息を吹きかけ、パクリ。


「――――ッ」


 彼の目が、幸福に細められた。


 口いっぱいに広がる、焼けたケチャップの香ばしさと甘み。

 モチモチの太麺が、濃厚なソースをしっかりと受け止めている。

 シャキシャキのピーマンの苦味が、甘めの味付けに対する絶妙なアクセント。

 そして、底で固まりかけた卵と一緒に食べれば、マイルドなコクが加わり、味が劇的に変化する。


 熱い。でも、止まらない。

 口の周りを赤くしながら、彼は無心で食べた。

 ソーセージの塩気、玉ねぎの甘み、全てが渾然一体となって、「美味しい」という感情だけを脳に送り込んでくる。


 これぞ、B級グルメの王様。

 気取った料理には出せない、魂を揺さぶる味だ。


「……美味い」


 完食したジークハルト様は、満足げに息を吐いた。

 そして、ミリアに向き直り、冷徹に告げた。


「勝負にならんな。レティシアの料理には『愛』がある。食べる者の体を気遣い、温めようという意志がある。だが貴様の料理にあるのは、自己顕示欲だけだ」

「なっ……愛ですって!? そんな精神論!」

「精神論ではない。技術だ。素材の良さを殺し、冷めたものを客に出すなど、料理人失格だ」


 ジークハルト様の言葉に、周りのお客さんたちも一斉に頷いた。


「帰れ! ここは美味い飯を食う場所だ!」

「お呼びじゃないんだよ!」


 四面楚歌。

 ミリアは顔を真っ赤にして、地団駄を踏んだ。


「キィィィッ! 覚えてなさいよ! カイル様に言いつけて、こんな店潰してやるんだからぁ!」


 捨て台詞を吐いて逃げ出そうとした彼女の首根っこを、ジークハルト様がガシッと掴んだ。


「逃がすか。不法侵入と、領主への暴言、そして私の大切な料理人への侮辱罪だ。……たっぷりと絞って、王都の情報を吐かせてもらう」


 その時の彼の笑顔は、間違いなく「氷の公爵」のものだった。

 ミリアは「ひいぃっ」と白目を剥いて気絶した。

 哀れ、聖女様。

 美味しいご飯の敵になったのが運の尽きだ。


 ミリアが騎士たちに連行されていった後、店には平和が戻った。

 私は鉄板を片付けながら、ジークハルト様に苦笑いした。


「容赦ないですね」

「私の店を守るためだ。……それに」


 彼はナプキンで口元を拭いながら、少しだけ照れくさそうに言った。


「君を誰かに渡すつもりはないと言っただろう。たとえ聖女だろうと、王太子だろうと、邪魔する者は排除する」

「……はいはい。頼もしい限りです」


 顔が熱くなるのを誤魔化すために、私は洗い場に向かった。

 でも、背中で感じる彼の視線は、鉄板よりも熱かった。


 こうして、聖女ミリアの襲来イベントは、ナポリタンの熱気と共に幕を閉じた。

 王都側の切り札(?)を失ったカイル殿下が、次にどんな手に出るのか。

 そして、ミリアから得られる情報によって、事態はどう動くのか。


 まだ予断は許さないけれど、とりあえず今日のところは。

 

「お代わり、あるぞ」

「はい、ただいま!」


 目の前の大切な人に、美味しいご飯をお腹いっぱい食べてもらう。

 それだけで、私は最強になれる気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ