第14話 本当の休息
しばらく、重たい沈黙が場を支配した。
言葉を探す余裕もなく、時間だけが無駄に流れていく。
やがて、痺れを切らしたようにクレアが小さく息を吐き、口を開いた。
「……この際だ。お前が何者なのかは、今はどうでもいい」
その言葉に、わずかに肩の力が抜ける。
「今回の事件を解決する。そのために――お前たちの力を貸してほしい」
回りくどさは一切なかった。
だからこそ、断る理由も見つからない。
「……分かった」
俺は、それだけ答えた。
余計な言葉は必要なかった。
するとクレアは、ふっと視線を逸らし、次の問題へと思考を切り替える。
「それで……この後始末を、どうする?」
そう言いながら、彼女はライラの方を見る。
まだどこかぼんやりとした様子で、状況を完全には理解していないようだった。
俺は一度、建物の周囲に漂う嫌な空気を感じ取り、口を開く。
「とりあえず、この建物から出れば影響はなくなるんですよね。なら、まず外に出ませんか」
クレアは少し考え、静かに頷いた。
「あぁ……そうだな」
そうして俺たちは、重苦しい空気を背負ったまま、出口へと足を向けた。
外に出た瞬間、胸の奥にまとわりついていた重たい感覚が、すっと霧散した。
空気が違う。ただそれだけで、頭が驚くほど冴えていく。
クレアが一歩前に出て、口を開いた。
「お前たちが休む宿は、私が手配しておく。少し時間をもらえないか」
「助かるよ。そうしてくれるとありがたい」
素直にそう返しながら、俺の意識は別のところに向いていた。
――ライラは、大丈夫なのか?
建物の外に出た以上、あの魔力の影響は受けていないはずだ。
そう思いながら、俺は彼女の方へ視線を向ける。
ライラは、きょろきょろと周囲を見回しながら、首をわずかに傾げていた。
まるで、今起きた出来事を頭の中で必死に並べ替えているような表情だ。
……どうやら、まだ完全には状況を理解できていないらしい。
まあ、無理もない。
そう心の中で呟きながら、俺はライラの様子を静かに見守ることにした。
俺たちは、クレアが手配した宿に泊まることになった。
ーーー宿の中での出来事ーーー
クレアが手配してくれた宿は、冒険者向けらしく簡素だが清潔だった。
木造の建物に入った瞬間、鼻をくすぐるのは木の匂いと、夕食の名残のような温かい香り。
さっきまでの出来事が嘘だったかのように、穏やかな空気が流れている。
部屋に通され、ようやく一息ついたところで、ライラが不思議そうに首を傾げた。
「……あの、悠斗」
ベッドの端に腰掛けたまま、彼女はおずおずと俺を見る。
「さっきの建物の中で……私、何か変なこと、してませんでしたか?」
その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。
覚えていないのか……。その方が都合はいいが。
俺は軽く笑って、なるべく気にしていない風を装う。
「いや、別に何もなかったよ」
「本当ですか?」
「本当。本当に、ちょっと疲れてただけだと思う」
嘘ではない。
少なくとも、彼女を不安にさせる必要はなかった。
ライラはしばらく俺の顔をじっと見つめていたが、やがて小さく息を吐いて、安心したように微笑んだ。
「……よかったです。私、記憶がところどころ曖昧で……」
「無理もないよ。今日は色々あったしな」
そう言いながら、俺は思い出したように続ける。
「そうだ。クレアから伝言がある」
「伝言、ですか?」
「ああ。『明日はよろしく頼む』ってさ」
その一言に、ライラは少し背筋を伸ばした。
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
真面目に頷く彼女を見て、俺は内心ほっとする。
少なくとも今は、もうあの不可解な魔力の影響はない。
宿の部屋には、ランプの柔らかな光が灯っていた。
その静けさの中で、俺たちは明日に備えて、ようやく本当の意味で休息を取ることができた。




