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#01 First Contact

 ジリリとけたたましい終業のベルが鳴る。


この高校に於いて授業の開始や昼休憩の終わりを知らせるのはチャイムでなく、一から十まで全てベルの役目なのだ。



 河森はそそくさと教材を纏めて退散した。彼だってこんな暑苦しい密室で、やる気の欠片もない38人もの子供達の前に晒され続ける事に、嫌気が挿していたに違いない。漸く授業という名の罰ゲームから解放された生徒達は、さっきまでの呆けきった腑抜け顔が嘘のように、皆揚々活発に動き始めた。



 その蠢きを回潜り、慎二は教室を離れた。もちろん一人で。"ある場所"へ向かうために。実は、四限の授業が開始された直後から、もう限界が来ていたのだ。


二年生の彼が今いるのは校舎の二階。昼休憩ともなれば、同学年の生徒は皆二つある校舎を繋ぐだだっ広い渡り廊下か、わざわざ下まで降りて中庭に行くか、そうでもなければ教室で昼食をとるのがセオリーだった。


だが、慎二は違う。片手に弁当を提げて、まず向かったのは反対側の校舎、A棟。生徒が一般の授業を受けるのがB棟で、職員室やら図書室、美術室などがあるのがA棟だ。渡り廊下を経由してあちら側に辿り着くと、今度は上の階へ向けて歩き始める。そうして三階に来ても、彼はまだ歩みを止めず更に上を目指した。到達した先は、屋上階。


『立ち入り禁止』とベタなプレートを提げた分厚く頑丈そうな扉。それを目の前にして彼は徐に空いた左手で制服のポケットを探った。取り出したのは、剥き出しの鍵である。それを目の前の鍵穴に差し込んやれば、重たそうな扉は従順にそこを開け放ったのだった。



 確か、一年の夏休みだった。その頃も今同様押し付けられる形で学級委員をしていた彼は、クラスの雑務で休みを返上して登校していた。今となってはその雑務が何だったのか、さっぱり思い出せないのだが。職員室にいた当時担任の和田を尋ねて、図書室の鍵を開けてほしいと頼んだ。


すると三十半ばのその数学教師は何事か作業中で、慎二が事前に用意した申請書に目も通さずに


「そこに鍵あるから」


と、鍵の在処を指で示した。それは生活指導の、名前は忘れたが体育教師の席の直ぐ後ろにあった。近寄ってみれば、『準備室』『家庭科室』『視聴覚』などなど・・鍵の上にはご丁寧に名前がふってある。その中から目当ての『図書室』の鍵を見つけ出した慎二は、その横の鍵に目を留めたのだった。



『屋上A』



殆ど無意識に近かったと思う。彼は咄嗟に、それでいて極々自然に、『図書室』、『屋上A』、二つの鍵を持ち出したのだ。


合い鍵を作るのには若干の苦労がいった。が、それでも数日後にはきちんと在るべき場所にオリジナルは返したし、拝借している間に鍵がないと問題になることも無かった。


こうして慎二は鍵を、屋上という自分だけの場所をこの学舎で手に入れたのだった。



 中にいる時はあんなに暑かった筈なのに、屋上(此処)はとても爽やかな風が吹いている。彼は、肺が破裂する程思い切り深呼吸をした。教室では決して外さなかった学ランの一番上を寛げて、それから前を全開に開けると、中から現れた白無地のワイシャツに風が当たるのがまた気持ちいい。


暫くそうして全身で風を受け止めていた彼は、満足して給水タンクの方へ移動した。


屋上の中で、更に高い場所に設置されたそのデカいボディーが作り出す、日陰に非難するためだ。



そこへ座り込むと、先ず慎二が手を付けたのは弁当。ではなく、先程同様、左のポケットであった。


徐に取り出したのは、キャビン。随分と趣味が渋いが、彼はこの時代の流れに逆らった愛煙家だ。緑の百円ライターで先に火を灯すと、目を細めて旨そうに吸った。鼻から出た煙が、気流に乗って逃げていく。


そう、慎二は限界だった、ニコチンが切れていたのだ。日に数回、此処へ来てこうして喫煙するのが彼の日課で、そして憩いの一時だった。


二年連続学級委員を勤め、成績も優秀で部活動にも積極的な西 慎二が、まさかこんな所で一人煙草を楽しんでいるなどとは、教師も生徒も含め、誰も予想だにしないだろう。



 そうして、何度目かの煙を肺に溜め込んだ時、慎二は不意に感じた気配に横を振り向いた。


「隣、いい?」


それは見かけない生徒だった。自分と同じくらいの背格好に、白く透き通る肌、色素の薄い髪を持つ少年。


「お前、誰?」


不躾な質問だったが、それぐらい慎二は驚いていたのだ。


少年はそれには答えず、ニコニコしたまま慎二の横に腰を下ろした。


「おい、誰もまだ座っていいなんて」


「シロ」


文句を言いかけた慎二の言葉を遮り、その少年は言った。


「シロだよ」


それは苗字なのか、名前なのか、はたまた徒名なのか。とにかく『シロ』というらしい。面倒臭いので、慎二はそれ以上突っ込まなかった。ただ、自分の憩いの時間を邪魔されたという事に、静かに腹を立てていただけだ。


「「・・・・・・」」


突然現れて突然彼の横に座ったシロは、某か話し掛けてでも来るのか、来たら次は無視してやろうなどと思っていたのに、一向に"だんまり"を決め込んだままだ。


「「・・・・・・・」」


まぁ、こちらとしても意味のない会話に時間を割く気なんて更々ないので、黙り続けるならそれはそれで構わないと、彼は胸ポケットにしまってあった携帯灰皿に吸い殻を突っ込み、脇に控えていた弁当に手を伸ばした。





「「・・・・・・・」」



弁当を食べきっても、食後の煙草を吸い終わっても、読みかけの文庫本の続きを読み始めても、シロはまだ慎二の横に居た。そして何も喋らなかった。腕の時計に目を遣れば、もうそろそろ昼休憩が終わる。


慎二は本にしおりを挟むと立ち上がった。次は数学Ⅰの授業、軽く予習をしようと考えていた。



タンクの設置されたこの場所から出口へ向かうには、梯子を降りなければならない。そして梯子まで行くには、シロと名乗った少年が投げ出した両足を、跨いで行かなければならない。


伸二はこの時、他人を跨ぐのに必要な最低限の礼儀として、自分からシロに話し掛けた。


「悪りぃ、跨ぐぞ」


「いいよ」


相手が了承しなくても、勿論跨ぐつもりだった慎二は、シロが『いいよ』と言い切る前にその両足を跨ぎきっていた。そして梯子を伝い降りる。静かに着地し、出口へ向かおうとタンクに背を向けた。すると、



「知ってる?」



シロの声がした。


突然の問い掛けに、慎二は反射的に振り向いてしまう。なんだかバツが悪い。


見上げた先で、シロが笑っている。彼の謎な言動や行動は、慎二を苛立たせた。



「知ってるって、何をだよ」


苛立ちは、自ずと言葉端に現れる。しかしそんなの知ったことではないというように、シロはますます微笑みを深めた。




「空の飛び方」




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