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居待月 天女の交換条件

お金を持っていないと言うルナ。さぁノックスどうする?

「……えっ? どういうこと?」 


 天女の言葉に耳を疑うノックス。


「食事も寝床も用意されていますから、物を買う必要がありません。誰もお金などくれませんし」


 ノックスは衝撃を受けた。

 言われてみれば、ルナは王族扱いではあるが、経済的価値は一切与えられていない。そしてルナは基本的に塔に引きこもって本を読むか鍛錬している。確かに、お金がなくても生きていける。 


「この本はどうしても続きが読みたくて……でもお金がないから買えないのです」 


 しょんぼりとうつむくルナ。さすがに哀れになってしまった。


「わ、わかった。俺が買ってあげるから」 


 ノックスの言葉を聞いたルナの顔は、満月のようにぱあっと明るくなる。 


「良いのですか? まぁ、あなたはいつも上質な服を着ていますし、以前から裕福そうだなとは思っていました。本の一冊など安いものですわね!」


 (俺は世話係ではなく、財布係として本屋に連れてこられたのか……?)

 ノックスは疑問に思ったが、ルナのまぶしい笑顔にやられて買ってあげた。 

 

「では塔に帰ってゆっくり読みましょう!」 


 ルナはワクワクしながら塔の方へ風のように駆けていった。

 一生懸命追いかけるノックス。 


 ◇


 月の塔でルナはふかふかの椅子に座りながら幸せそうに本を読んでいた。 

 窓から漏れる月の光に照らされて、青い伏し目がちの瞳に長いまつげが影を落としている。読んでいるのはただの少年漫画雑誌だが、読書姿は非常に絵になる。

 

 ルナは雑誌を閉じる。読み終わったようで、満足げな顔をしている。


「最高でしたわ……ふふふ……冥界で一人、敵と闘う狩人オリオン……闇に生きる者の誇りをこれほどまでに鮮烈に描写できるとは! 続きが気になりますわね……」


 (よくある設定の少年漫画だろ……)


 ふと、ルナの青い目がノックスに向く。 


「そういえば、あなたに借りを作りっぱなしというのもよくありませんね」


 本屋では当然のごとく本を買わされたので、その言葉にノックスは驚いた。 


「……まぁ、そんなに高くないから良いっすよ」


「そういうわけにはいきません。なぜならわたくしは来週も、その次の週も、続きを読みたいのです。」 


 (俺が毎週、あの週刊誌を買うことになってるのか……) 

 

「そうですね、わたくしがしてあげられること……そういえばあなたは勉学は得意ですか?」


 ぎくりとするノックス。 


「お、俺は……戦闘は得意ですけど……学問は候補者の中で最下位です……」

 

「そうでしたか。でしたら、こうするのはいかがですか。わたくしが勉学を教えてあげます。あなたがいくら知恵をつけたところで、わたくしの目を奪えるわけありませんし。その代わりに毎週、あの雑誌を買ってきてくださいな」


 ルナはフフンと鼻息を荒くし、得意げに続ける。

 

「光の民に学問を教わる機会なんて、いくら大金を積んでも手に入りませんよ! この闇の世界にはわたくししか天人がいないのですから。あなたの方に利があるくらいです。いかがですか?」 


 (狩人オリオンの影、そんなに読みたいんだ……)


 そう思いつつも、確かにすごく良い交換条件のように思えた。


――次の上弦月の試験で失敗したら、いよいよ王候補者から外されちまう。

 崖っぷちの俺には、願ったり叶ったりの取引かもしれない。 


「よろしくお願いします……」 


 ノックスはルナに軽く頭を下げた。ルナは満足げに頷く。


「よろしい。暇つぶしが一つ増えましたわ……それでは来週も忘れずに週刊コスモを買ってきてくださいね! 新刊が出たらそちらもお願いします。あと、この前拾った本は薄汚くて不潔だから、ついでに新調していただけませんか?」 


 (おいおい、さっきより条件が増えてるじゃん……) 


 ノックスは呆れながらも、思った。

 幾度となく自分たちの死闘を耐え抜いてきた天女が、感情豊かに笑っている。

 その姿を初めて目にして、心が洗われるような気がしていた。

 

 ――これが自分の運命を大きく変えるきっかけになるとは、ノックスは知る由もなかった。


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