満月 民たちの暴動
雲ひとつない夜空に、満月が鈍く輝いていた。
王の広間に集められた候補者たちは、それぞれ武器を手にしている。
だが、今夜の空気は違った。
四人とも、かつて胸にしていた、天女の目を絶対に奪ってやるという矜持は失せていた。
漂っているのは、言葉にできないざわめき――
――「制度のためだけに、ルナの目を奪って殺すべきなのか?」という疑念だった。
ノックスは大剣を握りしめながら、汗ばむ掌をこっそり拭った。
(多分三人とも、今までみたいに本気で戦わないとは思うけど……もし誰かがルナを殺そうとしたら……俺が絶対に阻止する)
隣で鞭を磨くカペラがため息をつく。
「……なぁ、ノックス。やっぱ戦いたくないよな」
「……ああ」
リゲルは黙って弓を番えたが、目の奥には困惑の色があった。
アルトは冷静に見えたが、組んだ腕の指先はわずかに震えていた。
誰も口にしないだけで、全員が同じ迷いを抱えているのが分かった。
――その時だった。
遠くからざわめきが聞こえてきた。
最初はかすかだった声が、次第に大きく、はっきりと聞き取れるようになる。
「天女様は闇の病を治してくれた!」
「王を決めるために、命の恩人を殺すのか!?」
「私の息子の命を救ってくれた!!」
広間の外から押し寄せる声は、ただの叫びではなかった。
嗚咽に混じる祈り、拳を掲げる若者たち、涙を流しながら名を呼ぶ老人。
それは怨嗟でも恐怖でもなく――「天女を生かしてほしい」という切実な願いだった。
「……これ、民が……」
カペラは窓から民衆を見ながら目を丸くして驚く。
リゲルの拳は震えていた。苦々しい表情の裏に、揺らぐ心が透けて見える。
「民を味方にしたか……あの女……やるじゃないか……」
アルトは目を細め、沈黙したまま考えていたが、耳を塞ぐことはしなかった。
ノックスは無言でその声を聞きながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(ルナが月の花で、闇の病を治療したからだ……! 俺は間違ってなかった!!)
見張りが慌てて駆け込み、王の前で膝をつく。
「……民衆が王宮前に押し寄せています! 奪目の儀、反対の声が多数……」
その時、重い足音が広間を揺らす。
窓の外で民衆が揺れ動き、今にも王宮へ雪崩れ込もうとする気配があった。
アストライオスは静かに目を閉じ、覚悟を決めた。
かつて愛した天女の面影が、胸の奥で痛みを呼び覚ます。
「……これ以上、無意味な犠牲を重ねるわけにはいかぬ」
静かな声だったが、鋼のような響きを帯びていた。
王が言葉を発した瞬間、候補者たちは誰ひとり反論しなかった。
それは敗北ではなく、安堵の沈黙だった。
玉座を離れ、広間を抜け、外に立つ王は群衆を見下ろした。
月明かりに照らされるアストライオスは、かすかに空を仰いでから声を張り上げる。
「……よいか、皆の者。――本日の奪目の儀は、中止とする!」
次の瞬間、民衆の歓声が爆発した。涙と笑いと祈りが入り混じり、夜空へと響き渡る。
ノックスはほっとして、拳を握りしめる。
(……民衆の声が……制度を……)
月の塔からその光景を見下ろすルナの瞳に、熱い雫が光った。
(――アンバー姉さま、アストライオス王……あなた方の願いが、ようやく動き始めましたわ)
ここまで読んでくださりありがとうございます。
いろいろ考えた結果、構成を見直すことにしました。
この作品は草稿版のため、物語の途中ですが、いったん区切ります。
現在、正式版の構成を作成中です。
完成版は別のページで公開予定です。




