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小望月 業火の昼、揺れる心

 満ちゆく月が沈み、業火が燃え盛り街を囲む頃。


 ウロボロス書店の2階では、2人の影人達がひたすら漫画を描いていた。 


 一人はミンタカ・ウィンタ――大人気少年漫画、『狩人オリオンの影』の作者だ。 


 そして、その横で凄まじいスピードでベタ塗りしているのは――リゲル・ウィンター。

 公にはほとんど知られていないが、ミンタカの実弟だ。 


「王候補者として忙しいのに、ありがとうね、リゲル。アシスタントが今日、珍しく皆帰っちゃって」  


 ミンタカは優しく微笑む。ペン先が紙にかすれる音の合間に、浅い息が混じる。


「......締め切りがやばいのは知ってるけど、頼むから無理しないでくれ。病み上がりだろ」


 言葉はぶっきらぼうだが、兄を気遣う視線は優しい。

 それでも、プライドの高さ故、兄が漫画家だということは候補者達には秘密にしていた。

 ……ノックスとルナには、ついこの間バレたが。


「本当に助かるよ。正直、アシスタントより上手いよ、リゲル」 


 作画スキルを褒められてもあまり嬉しくない。

 ――けれど、大好きな兄に褒められるのはやっぱり悪くない。


 驚異のスピードで背景を書き、ベタを塗り、トーンを貼るリゲル。

 王になれなかったら漫画家になれそうだ。  


 ふと、窓の外から人の声がかすかに聞こえた。

「天女様を殺すな!」

「命の恩人だぞ!」


 街の方で、何人かが声を張り上げているのが聞こえた。

 まだ小規模だが、その熱は空気を震わせていた。


「もうすぐ満月だね」  


 ミンタカがふと思い出したように言った瞬間、リゲルの手がピタリと止まった。

 インクの匂いだけが、部屋に濃く漂う。


「リゲル、君が王になりたいのは知ってるよ。そのためにずっと努力してきたのも分かってる」 


 兄は一呼吸おき、視線を紙から外す。 


「......でも、王になるために、僕の命を救ってくれた、天女様の目を奪って殺すのかい?」


 リゲルの額に汗が流れる。


 ――あの夜。

 ルナに新月のことを謝るつもりで、画集を持って月の塔に行った。

 そこで偶然、天女の目の真実を聞いてしまった。


 それからずっと罪悪感に苛まれている。


 自分が、今まで、ルナにどれだけひどいことをしてきたのか。

 新月の夜、自分の欲で勝手に触って。

 満月の夜、野心のために本気で殺そうとしてた。


 目を奪っても、何の力も得られないというのに。


 ――それなのに、ルナは兄貴を助けてくれた。


 考えるだけで、申し訳なくて、冷や汗が止まらない。

 心臓を素手で握られているような、そんな痛みが胸の奥で暴れていた。


(奪目の儀が続く限り、俺は、王になるために、あいつを殺さなきゃいけないのか……?)


 自責の念で、胸が押しつぶされそうになるから、考えないようにしてきた。

 でも、こうして兄に言葉にされてしまうと――


 沈黙を埋めるように、ペン先のカリカリという音が再び響く。

 だが、リゲルの意識は、もう紙の線には向いていなかった。


「最近は街でも囁かれてるよ」 


 兄の声が静かに続く。 


「市場の婆さんが言ってた。『あの天女様は光の使いだ。殺すなんてとんでもない』って」


 リゲルはぴたりと手を止めた。


「兄貴、俺は...…正直、もうよくわからなくなってきてる。今までは王になるために目を奪って、あいつを殺すのが当たり前だと思っていたけど...…」 


 ミンタカは、少し寂しげに笑った。


「制度上、あの天女様の目がないと王になれないんだよね。それはわかってる。でも、僕は……リゲルには、ちゃんと考えてほしいな……」 


 そう言うと、ミンタカは再び原稿に向かった。 

 リゲルは、乱された心を押し殺すように、再び手を動かした。 


 街の外の業火が、ウロボロス書店の窓を赤く染めていた。 


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